日加商工会議所 年次総会・懇親会
設立 10 周年という節目の 年を迎えた日加商工会議所 は、日系で唯一、連邦政府に 登録されているビジネス団 体だ。2003年に発足し て以来、さまざまな団体と 協力関係を築き、日系ビジ ネスの活性化と日本とカナ ダの経済関係の強化に貢献 してきた。2011年度及び 2012年度に会長を務め た上遠野和彦氏は挨拶の中 で、これまでの商工会の歩み を振り返るとともに、多文 化が共存するカナダだから こそ、日本とカナダの二国間 関係に加えて、今後はさら に多国間の関係の構築に貢 献する団体となることが重 要だと語った。年次総会の 後には懇親会が開かれ、和 やかな雰囲気の中、参加者 はビュッフェ形式のディナー と会話を楽しんだ。

古賀義章さん講演会 〜クールジャパンの新 たな挑戦、「巨人の星」 を世界に売り込め!〜
ディナー終了後に開かれ た古賀義章さんの講演会に 対する関心は非常に高く、 約100人の参加者が集まっ た。「巨人の星」主題歌が 響き渡る会場は開演前から 熱気に包まれていた。なぜ 今この熱血アニメがインドで甦ることになったのか。話 は 25 年前にさかのぼる。学 生だった古賀さんは、イン ドの広大な大地をバックパッ カーとして 4 カ月間放浪し、 この国の底知れないパワーに 魅せられた。「いつかこの地 で事業をしたい」そ の思いは、日本で雑 誌の記者や編集者と して働く間も消える ことはなく、ついにイ ンド版アニメ「 巨人 の星」の企画・制作 というかたちで実を 結んだのだ。
新たな挑戦
「巨人の星」のリメーク版「スーラジ ザ・ライジングスター」はあらゆる意味で新たな挑戦だ。まずこれは、海外で現地化した初のアニメ作品。日本のアニメの吹き替え版が海外で放送されることは多いが、放送する国に合わせて完全なリメーク版が制作されるのは初めてのことだ。また、この事業はインドに進出する日本企業とのコラボという側面を持つ。作中ではスポンサーであるスズキの自動車が走り、全日空の飛行機が飛ぶ。日本とインドが共同で本格的なアニメを制作するのも初めてのことだ。それに加えて、日本文化を海外に発信するこの事業は「クール・ジャパン戦略」を推進する経済産業省に支援されており、国家プロジェクトの一環となっている。

「スーラジ ザ・ライジングスター」
「スーラジ ザ・ライジングスター」はどのようなアニメ作品なのだろう。古賀氏は映像や写真を使いながら紹介した。2012年12月からインドの娯楽総合チャンネル「カラーズ」で放送が始まったこのアニメ番組は、一話30分、全26話。ムンバイを舞台に、太陽という意味の名を持つ主人公スーラジが、たゆまぬ努力を重ね、クリケットのスター選手に成長していく物語だ。原作は、1960年代から1970年代にかけて人気を集めた梶原一騎氏原作、川崎のぼる氏作画による漫画作品「巨人の星」。インドの人々には馴染みのない野球をインドの国民的スポーツであるクリケットに変更してはいるが、星飛雄馬が使った「大リーグボール養成ギプス」や、厳しい父親星一徹の怒りを表現する「ちゃぶ台返し」も出てくる。主人公にとって母代わりの優しい姉・星明子や、ライバルの花形満、友人の伴宙太にあたるキャラクターも登場し、ストーリーを盛り上げる。視聴率は0・2%と一見低いようだが、チャンネル数が700あるインドでは良い数字だ。今後は吹き替え版を制作し、さらに広い地域で放送していく。 

仲間を見つけて、アイデアを形にすること
 アニメの放送に辿り着くまでには多くの困難があった。雑誌「クーリエ・ジャポン」の編集長を退任後、久しぶりにインドを訪れた古賀氏は「巨人の星」をリメークするというアイデアを思いついたが、講談社内で相談した相手全員が反対。「夢物語だ」と言われた。人は一人では何もできない。古賀氏は「アイデアは形にしなければならない」と痛感する。その後、仲間が一人見つかった。博報堂の宇都宮毅氏だ。「仲間がもう一人いると、全然違います」と古賀氏は強調する。大手広告代理店から資金提供を受け、300万円かけて20秒のパイロットフィルムを作ると、二人はそれを手にスポンサー集めに奔走する。

大切なのはタイミング
しかし「面白い」とは言ってもらえても、実際に資金を提供してくれる企業はなかなか見つからない。インドのアニメ制作会社も、放送局も決まらない。そんな中、唯一あったのがタイミングだった。2012年は、日印国交樹立60周年という節目の年。これに合わせて「日印クリエイティブ産業協力」を立ち上げようとしていた経済産業省から連絡が入った。古賀氏は、2012年1月に枝野幸男経済産業大臣が調印式のために訪印するタイミングで、インド版「巨人の星」の製作を発表しようと決める。しかし、この調印式が直前に中止されてしまう。これがなければ、もうこの企画をあきらめなければならないところまで来ていた。「背水の陣」を乗り切るには、大きな決断が必要だ。

「僕は思いました。『やるしかない』と」

まだ何も決まっていないにもかかわらず、親しい日本の報道関係者らに働きかけ、インド版アニメ「巨人の星」の製作をメディアを使って大々的に発表した。暗いニュースが多い中で、この明るいニュースはひときわ目立った。スポンサーになりたいという企業からの問い合わせが殺到する。企画が「既成事実」になり、講談社もやるしかなくなった。夫人にも、講談社の取締役にも大反対された古賀氏の作戦が功を奏したのだ。

試行錯誤の制作過程
 インドのアニメ制作会社との共同制作も困難の連続だった。日本とインドではアニメ制作の仕方が違う。文化の違いも大きい。しかし、根気よく話し合いを重ね、その過程で結束力が生まれた。「大リーグボール養成ギプス」は最初は児童虐待にあたると言われたが、そのうちに「バネではなく自転車のチューブならばいい」という話に。「ちゃぶ台返し」は食べ物を祖末にする点が問題になったが、最終的には「食べ物ではなく水ならば良い」ということになった。古賀氏は共同制作の日々をユーモアたっぷりに話し、聴衆を何度も笑いの渦に巻き込んだ。

大きな可能性を持つインド
インドの人口は約12億人。その半数が、25歳以下だ。この巨大市場に広がるビジネスチャンスを掴むため、多くの日本企業がインドに進出している。「スーラジ ザ・ライジングスター」のスポンサーには、スズキ、全日空、コクヨ、日清食品、ダイキンなどが名を連ねる。また、急成長するインド市場はバンクーバーとも深い関わりがある。BC州には多くのインド系移民と在外インド人が暮らしており、バンクーバー近郊の都市サレーには、特に大きなインド人社会が存在する。古賀氏は、親日的なことでも知られるインドの人々と、より深い関係を築いていってほしいと語った。

古賀氏はインドでプレゼンテーションを行う時、勉強中のヒンディー語で面白いことを言って、聞く人を笑わせるという。その明るくユーモアのある人柄が、古賀氏の成功の秘訣ではないだろうか。講演が行われた日はちょうど49歳の誕生日。イベントの最後にはNAVコーラスのメンバーが、「巨人の星」の主題歌に加えてサプライズでバースデーソングも披露し、参加者全員で古賀氏の誕生日を祝福した。

(取材 船山祐衣)

古賀義章さんプロフィール
講談社 国際事業局担当部長(インドプロジェクト・ディレクター)。
1964年佐賀県生まれ。89 年、講談社入社。
「週刊現代」や「フライデー」の編集者・ 記者として数多くの社会事件や災害を担当。
2005年に「クーリエ・ジャポン」を立ち上げ、 創刊編集長に就任。2010年に編集長を退任し、現在、講談社の国際事業局にてインド
事業開発を担当。初の日印共同制作アニメとして注目を集めたインド版アニメ「巨人の星」 こと「スーラジ ザ・ライジングスターを企画・制作し、チーフ・プロデューサーを務める。

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