2018年6月21日 第25号

 アトピーという名称の語源は、「特定されていない」「奇妙な」という意味のギリシャ語「アトポス」である。「アトピー性皮膚炎」が医学用語として登場したのは、1933年。アメリカ人のザルツバーガー皮膚科医が、「原因不明の皮膚の炎症」と「アトポス」を合体させてアトピー性皮膚炎 (atopic dermatitis)という病名を最初に医学界に紹介した。具体的には、痒みの強い慢性化になりやすい湿疹が顔面や体の関節部など軟らかいところに出やすく、増悪や軽快を繰り返す。アトピー素因を持つ人達に発症することが多い。アトピー素因とは、家系にアトピー性皮膚炎や気管支喘息、花粉症、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、食物アレルギー等の病気を患う人がいて、その体質を受け継いで、同様にアレルギーの問題を容易く起こす傾向になること。また実際にご本人がアレルギーと関連する病気を罹患した既往歴がある場合も、アレルギーを生じやすい体質と考えられる。主に小児期に発症し、成人では軽快することが多い。成人になって再発したり、重症になることもある。

 アトピー性皮膚炎の原因は未だに不明な点が多く、一般的に環境中のダニや食べ物などの成分がアレルゲン(アレルギーの原因物質)となり、それらに対する免疫グロブリンE(IgE)抗体が体中に異常に大量産出されて、皮膚にアレルギー性の炎症を誘発する。小児では、卵、牛乳、小麦などの食物が原因で湿疹としての形で発症されることが少なくない。他に、イヌ、ネコなどのペットのフケや毛、体内や皮膚の表面に棲んでいる真菌(カビ)などの成分もアレルゲンになり得る。

 また、皮膚のバリア機能障害や免疫調節機能の障害など遺伝的な要因と環境的な要因が重要視されている。よく知られるのは、アトピー性皮膚炎の患者の皮膚は炎症のない時でも、皮膚の最上層である角層内の天然保湿因子や細胞間物質(セラミドなど)が欠乏、不足している。それゆえに、細胞の間に隙間ができて、いわゆる皮膚バリア機能が損なわれると同時に細胞内の水分が流失され、冬の乾燥や夏の発汗、衣類などの刺激に対して皮膚が耐えられなく、炎症を起こしやすい状態に陥る。炎症を発生した皮膚の表面には細菌の増殖も増して、更に症状を悪化させる要因になる。なお、病気全過程を通して、ストレスなどの精神的要因も考慮しなければならない。

 西洋医学による治療では、ステロイド剤外用で痒みや湿疹の生じる部位を抑え、保湿目的で非ステロイド系消炎剤や保湿クリーム、ワセリンなどを併用する対症療法がよく使われる。ステロイド剤は即効性を期待できるが、副作用の問題もあり、長期使用の場合は使用量に注意したほうが望ましい。担当医師の得意不得意領域にも差が出るかもしれないが、一般的に漢方治療を導入することで、ステロイド剤の減量を図れる。西洋医学的な治療も併用しながら、漢方治療の効果が出て来たところで徐々にステロイド剤をテーパーリングしていき、最終的に使用を中止できる場合もある。もちろん、根気よく最初から東洋医学一本で治療を受けるケースもある。

 東洋医学の理論に基づいて、アトピー性皮膚炎の内因として、「気」、「血」、「水」の乱れがよく問題提起される。例えば、「気虚」や「瘀血」、「水毒」など「証」の診断が肝心である。普通、アトピー性皮膚炎の患者さんを診察する際、まず考えられるのは、先天的な「気」(エネルギー)の不足によるものがどうか。遺伝的な素因も絡んでいるので、対処することがやや難しいだろう。次に、後天的な「気」の不足によるものかの詮索が東洋医学の得意分野とも言えよう。後天的な「気」の不足を招く大きな原因として挙げられるのが胃腸機能の弱りである。胃腸機能が弱ると飲食物から栄養が作れず、つまり、外部より「気」の補給がうまくできず、結局、全身への「血」や「水」の運行が悪くなることで、皮膚にも悪影響を及ぼす。簡単に言えば、食事の食べる量が少なかったり、また消化・吸収に問題があるために、上手にエネルギーを作ることができなくなる。従って、臨床的に鍼灸施術にしても漢方処方にしても、常に患者の胃腸状況や消化機能全般を意識しながらアプローチして行くことが大事である。

 西洋医学的には、アトピー性皮膚炎の外因として、花粉やハウスダスト、高温・多湿、紫外線など、さらには、不摂生や生活環境、細菌感染まで色々言われている。これも全て東洋医学の外からの邪気、いわゆる六淫(風・寒・暑・湿・熱・燥邪)に当てはめられる。よく比較してみると、実は東洋医学は遠い昔から現代の西洋医学と類似した治療方法を応用していた。例えば、東洋医学皮膚科では、湿疹で皮膚に赤みがある場合は、炎症として考えて炎症を抑える方法「清熱法」や化膿している場合は解毒する目的で「解毒法」を用いる。これは現代医学の抗炎症薬や抗生物質に等しい効果を持っている。最近も抗菌作用や抗炎症作用などの実験データをもとに新しい漢方外用薬が開発されて、より科学的な根拠に伴う東洋医学治療法ができつつある。アトピー性皮膚炎は「気、血、水」や「六淫」などにあてはめて考えて、まとまった経験法則と「証」の診断体系がきちんと確立できれば、東洋医学的な治療も可能になる。

(次回に続く)

 


医学博士 杜 一原(もりいちげん)
日本皮膚科・漢方科医師
BC州東洋医学専門医
BC Registered Dr. TCM. 
日本医科大学付属病院皮膚科医師
東京大学医学部漢方薬理学研究
東京ソフィアクリニック皮膚科医院院長、同漢方研究所所長
現在バンクーバーにて診療中。
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