2018年5月24日 第21号

 慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome)とは、はっきりした原因を特定できず、各種医学検査をしても器質的な病変を認められない、かつ半年以上繰り返して続いた極度な疲労を主症状とした症候群。もう少し詳しく言えば、これまで健康に生活していた人がある日突然、原因不明の激しい全身倦怠感に襲われ、それ以降強度の疲労感と共に、微熱、頭痛、筋肉痛、脱力感や思考力の障害、憂鬱などの精神神経症状が長期に渡って継続するため、健全な社会生活が送れなくなるという病気。

 臨床症状は多彩であり、大まかに神経系疲労、心血管系疲労、骨格筋系疲労に分類され、様々の症状で現れ、しかも持続時間は半年以上に達するもの。なお、腫瘍、自己免疫性疾患、局所感染症、慢性精神疾患、神経筋肉疾患、内分泌系疾患など原因詮索の可能な疾患を除外しなければならない。よく見られるのは軽度の発熱、めまい、筋肉疲労、脱力感あるいは疼痛、咽頭痛、頸部前後リンパ節の疼痛、不眠、健忘、動悸、精神抑鬱、情緒不安定傾向、焦り、注意力集中障害などの不定愁訴。これらの症状はたとえ臥床休息しても軽減せず、日常生活及び仕事に悪影響を及ぼす。

 明確な原因は明らかではない故に、臨床上アプローチ困難な場合もあり、仮病と誤解され、精神科に送り込まれるケースも稀ではない。消化吸収機能の低下による栄養不良や内分泌機能の低下、ウイルス感染など多様な原因が複合していると推測されるが、西洋医学的な本症候群に関する治療方法は、未だに有効な手段を模索している段階。但し、日々の生活活動、ストレス、症状を管理、改善していく認知行動療法と、症状に合わせて有酸素運動を段階的に負荷していく運動療法が一般的に応用されている。薬物療法は主に、抗鬱薬や抗不安薬、睡眠薬、更にステロイド薬を症状によって投与される。また、患者それぞれ、セルフメディケーションのために、ニンニクや人参などのビタミンB群や、抗過酸化作用のあるビタミンC や血行を良くするビタミンEを配合した滋養強壮薬を用いることが多いようである。

 東洋医学的に、本症候群は肝系(肝臓機能の他に情緒関連の調整機能)、脾系(消化機能全般を指す)、腎系(泌尿器系の他に生体の免疫機能も含める)との病変に関係があると考える。その病理は過労、情緒障害やその他外的邪気(ウイルス、細菌など)の生体への侵入によって肝系、脾系と腎系の機能が損なわれたと認識されている。「肝は疏泄を主る」、疎通、発散を司る肝の機能が悪くなると「肝気鬱結」、情緒障害になりがちで、自律神経の崩れにもつながる。「肝は筋を主る、血を蔵す」、肝系の働きが怠ると血の巡りが滞り、筋力低下になり、些細な動きで疲労を感じ、ひどいときは、神経系、心血管系、運動筋肉系に関連する各種予測できない症状が現れてくる可能性もある。「脾は運化、四肢筋肉を主る」「脾は後天の本」、脾系(消化機能全般)の機能失調と共に、水分を含む各種栄養物質の運びがスムーズに行われず、水液が体内に停滞しやすく、「湿、痰、飲」などの病理産物が蓄積し、諸々の病気の根本となる。そして、筋肉組織に充足な栄養供給が中断されると筋肉疲憊、四肢倦怠無力も生じる。「腎は先天の本」「腎は精を蔵す、骨を主る、髄を生ずる」腎中の精気(エネルギー)は生命活動の本であり、 不足すると骨軟無力、精神萎靡に陥ることになる。

 以上の貴重な古典理論に基づいて鍼灸治療を施す場合、まず、「肝を疎通、脾を調整した上、腎を補益すること」を基本原則とし、太沖、三陰交、足三里、太渓、腎兪など有名なツボを用いて、「疎肝理気、健脾益腎、体力回復」を目標とする。

 漢方薬を処方する際、疲労に伴う多彩な症状群から病理病態を先に見極め、治療計画を立案するとよい。疲労感は、元気を失った気虚(ききょ)とそれに伴う栄養不足になった血虚(けっきょ)が主な病理で、加齢に伴う新陳代謝の低下は腎虚(じんきょ)が関与していると思われる。また、ストレスによる気滞(きたい)や気逆(きぎゃく)も視野に入れ、気虚や気滞がもたらした心身不安感、無力感、動悸、息切れ、不眠などの症状も対処したほうが望ましい。補中益気湯、十全大補湯、加味帰脾湯などの名方剤がよく使われる。ここで慢性疲労症候群に用いられる主な生薬を簡単に紹介すると、消化吸収力が低下し意欲に乏しい気虚を補う人参(にんじん)や、栄養不良傾向の血虚に対する熟地黄(じゅくじおう)や当帰(とうき)が主体になり、更に、加齢による生体機能の低下や低体温傾向の腎虚に対する附子(ぶし)も加わる必要がある。気鬱傾向の気滞や心神不安には柴胡(さいこ)や酸棗仁(さんそうにん)が加味される場合も少なくない。なお、慢性疲労症候群が感染後の病態であると考えれば、古典「傷寒論」に提示された少陽病期症状を軽減する柴胡(さいこ)を主薬とする和解剤(わかいざい)が適応となる。

 大事なのは、慢性疲労症候群に患った場合、むやみに自己診断や投薬をせずに、是非とも専門医の所で相談をすること。免疫増強剤、抗うつ薬やビタミン剤だけで軽快するケースもあるし、鍼灸治療を受けて、疲労の自覚症状をより早く軽減させる可能性もある。漢方薬の投与も一つの選択肢で、医師の指導の下に行われるのが好ましい。いずれにしても、楽観的に前向きな姿勢で病気と向き合い、情緒の起伏や精神への刺激を減らし、適宜に運動や社交活動への参加、規則正しい生活を送ることが肝心。

 


医学博士 杜 一原(もりいちげん)
日本皮膚科・漢方科医師
BC州東洋医学専門医
BC Registered Dr. TCM. 
日本医科大学付属病院皮膚科医師
東京大学医学部漢方薬理学研究
東京ソフィアクリニック皮膚科医院院長、同漢方研究所所長
現在バンクーバーにて診療中。
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