2017年3月23日 第12号

 人生の遠い過去をたどれば、穏やかな海にパーカ船(漁師が水揚げした鮭などを沖で集め漁港に運ぶ船)のエンジンの音が心地よく響く。

 新緑の明るい緑に州花ドッグウッドの白い花が眩しく咲き誇る初夏の頃である。

 スタンレー公園を過ぎるとゆっくりと舵を右にきり、日系人の町の先にある漁港を目指す。船先で、だれかが鮮やかな赤と青に「大漁」の字が入った大漁旗を大きく振るのはいかにも日本風である。船長がホイッスル(霧笛)「ポー、ポー」と鳴らす。双眼鏡を見ていた船長が「おい!おめえのかわいい、かあチャンが手を振ってるぜ」。

 港では、家族や漁港の人たちが激しく手をふっている。ホーマン(監督)が「大漁だ!さあ、忙しくなるぞ」と、皆に声をかける。

 港で待つ人々は忙しく荷揚げの準備に動き出すのである。

 時は1930年後半のころ、まだ、日本とアメリカの太平洋戦争は始まってはいなかった。

 このバンクーバーのメイン通りに近いところにあった漁港から、少し坂道を上ったところに日本語学校があった。今も現存するアレキサンダー日本語学校である。

 朝の早い漁港の女の人たちは幼い子供たちを一時的に、ここの学校にあずけて昼過ぎまで働いたのかもしれない。臨時の保育園であろうか。それが日本語学校の始まりかと僕は勝手な解釈をしたりする。中には、親と一緒に日本へ帰る子供もいるかもしれない。また、英語が不十分で英語の学校についてゆけない子供もいたかもしれない。そのために日本的教育を子供たちに教えることも必要であったのかもしれない。

 日本とアメリカとの太平洋戦争が始まり、日系人の内陸への強制収容が強行されると、この日本語学校も閉鎖されて、政府に接収されるのである。

 カナダ西部に住む日系人にとって、つらく悲しい歴史である。

 カナダ日系人の教育私記である『感謝の一生(佐藤伝、英子著)』によれば、当時「英語国にありながら、全く他人様との交際を離れ、異なったグループを作り、自らを隔離して立派な市民教育を受けることもせず、不完全な学校で特殊的の教育を受けるということは、個人にとっても同胞社会のためにも、今後の発展のために得策ではないであう。こうした考え方は、一部の識者にもようやく唱えられてきたが、一般同胞の多数は稼ぎの考え方から日本国民教育が強く主張され、カナダ市民としての教育などは、無視されるという有様であった。———」とある。

 さらに「1940年頃には、カナダ内に日本語学校が五十余もあって、日本語学校黄金時代を招来したのであった。1941年、太平洋戦争勃発と同時に、それらの日本語学校閉鎖を命じられた。(中略)従って五十余もあった日本語学校のほとんどが、戦後再び学校を開くことができず、今では学校の建物はおろか、学校のあった所さえも、はっきりとはわからなくなってしまった。———」

 「そうした混乱の中にあって、バンクーバー日本語学校のみは、その当時の学校長ならびに維持会責任者の遠い慮りと先見の明、責任感と熱意、絶えざる努力によって、学校の建物も土地もそのままに残され、戦後再び学校を開くことができたのであった。」

 戦後、1970年代になると、日本経済の成長にともない多くの若者がカナダに新天地を求め技術移民として入って来るようになり、その子供たちのために、また、日本語教育が見直されはじめるのである。80年代に入り戦前の日系人の強制収容所の問題と保障が解決されると、旧日本語学校校舎の保存および講堂兼体育館の増改築が企画され実行されてゆき、現在の新しい校舎となったのである。しかし、その資金は足りなくて、日本からも寄付をつのることになり、日本サイドに代理事務所の立ち上げや、企業との連絡に当時、苦労されたYさんのお話を伺う機会があり、この(日本語学校)こと、改めて記憶に留めたく思ったものである。

 


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