2017年6月29日 第26号

 2015年1月に、厚生労働省は、「難聴になると、認知症のリスクが高くなる」という発表をしました。日本政府が引き続き取り組んでいる、認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)では、よく知られている「加齢、遺伝的要因、高血圧、糖尿病、喫煙」に加え、「難聴」を認知症発症のリスク要因のひとつに挙げています。そして、難聴の早期診断と早期発見、補聴器による聴力の補助が、認知症発症の予防にはつながる可能性があるとしています。

 人間の聴力は、一般的に30歳頃から少しずつ低下し、60代に入ると、聴力の低下が顕著になるといわれています。しかし、聴力は加齢によりゆっくりと衰えていくため、大半の場合、本人に自覚のないまま難聴が進んでいます。加齢による難聴を「老人性難聴」といいます。

 「老人性難聴」は、耳介(外側に張り出ている部分)から入った音が鼓膜を通り、蝸牛(内耳にある聴覚を司る感覚器官)で電気信号に変換される時に、上手く変換されないまま脳幹へ送られることで生じると言われています。①)高音域(高い音)から聞こえづらくなる、②)両耳の聴力が同時に低下する、③)音自体は聞き取れるが、何を話しているかわからない、という主な特徴があります。ただし、加齢に伴う脳の機能低下も関係しているため、補聴器を使うと聞こえる音が増えることはありますが、元の聴力には戻せません。

 聴力が衰えてくると、次第に会話も難しくなってきます。聞き間違えや、聞き返しが増えるにつれて、人と話すことが億劫になり、どうしても家族や友人と話すことが少なくなります。話す機会が減ると、脳への刺激も減ってしまいます。また、周りとのコミュニケーションが減ることで、疎外感を感じたり、抑うつ状態になったり、聞こえづらくなることで会話をする意欲がなくなり、ひきこもりがちになる可能性もあります。このような悪循環が、認知症を発症しやすい環境を作ってしまいます。そんな環境を作らないためにも、周りの人が状況に配慮してコミュニケーションをとることが大切です。できるだけ静かなところで話す、お互いの口元が見える位置で話す、はっきりと話す、何度も聞き返されたら言い方を変える、話す内容は簡潔にまとめるなど、具体的にできることはたくさんあります。

 認知症の予防と進行の抑制には、「社会参加」と「活発な精神活動」が有効とされています。社会参加をするためには、まず会話ができることが重要です。難聴と認知症発症の関連が注目され、研究が進むにつれて、補聴器を使って聴力を補助することの重要性も明らかになってきました。ただ単に耳で音を「聞く」だけではなく、脳の聴覚中枢で「聴く」ために、補聴器が、今ある聴力を最大限に引き出すための道具となります。

 少し耳が遠くなったと軽く考えるのではなく、それを自覚し、生活習慣の改善を試みたり、補聴器装用を検討したり、何らかの対応をすることには、認知症発症を予防する可能性があるだけでなく、「生活の質」の改善にもつながります。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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