VII 子ども時代の記憶 ―潜在意識と身体の記憶―

非日常的な意識
意識には、私たちが現在ここに生きているという実感をもつ「日常的な意識」と、その意識の下にある個人の深層レベルの潜在意識と、他者の体験あるいは普遍的な存在(ひいては宇宙)と繋がるとされる集合的無意識という「非日常的な意識」とがあります。トランスパーソナルの分野に金字塔を打ち立てたアメリカの精神科医スタニラフ・グロフ1)は、人間のこの「非日常的な意識」には、①幼年時代や子ども時代の記憶からなる「個人的無意識」、②個人の誕生前後の記憶(母親の子宮内での体験〜産道を抜けてこの世に誕生する瞬間)、③宇宙全体と繋がるレベル(個人の意識を超えた意識、ユングの集合的無意識)という、3つのレベルがあると説明しています。
この章では、先ず、この①の個人的無意識について取り上げ、子ども時代の記憶の身体的・潜在的意識の統合について説明しましょう。

 

年齢退行のセッションにより、子ども時代の記憶に繋がる
私が現在主に行っている筋反射テスト(Applied Kinesiology)による年齢退行による心理療法は、この個人の深層レベル潜在意識と繋がることを容易にします。
私たちの子ども時代の記憶というのは、それが辛い体験である場合、実は意識的なバイヤスによって歪められていたり、意識の記憶から葬り去られている場合が多いのですが、しかし潜在意識、身体は正確に記憶をとどめているのです。
例えば、こんな例(註1)があります。思春期頃から人と食事をすることが全くできなくなり、友人から食事を誘われる度に、苦しい言い訳をして断っていた女性がいました。本人の意識としては友人と楽しく食事をしたいのに、実際の状況になると息苦しくなりその場にいられない不安に襲われてしまうのです。その理由がわからず、長い間苦しんでいました。セッションで筋反射テスト(Applied Kinesiology)による年齢退行で見出されたのは、5歳の頃、家族との食事のテーブルの場面でした。筋反射テストから一つづつ見つけ出したその時の筋肉の動きから、テーブルで少し伸び上がって両手を差し出し、自分の食べ物を受け取ろうとする姿勢が再現されたとき、彼女は異常な不安感と恐怖ともとれる感情が沸き起こってきて、忘れ去っていた悲しい体験の全てを一挙に思い出したのです。幼い頃より、感情的な父親がいつ怒鳴り出すのか、いつもびくびくしていました。この時の彼女が半ば立ち上がろうとした姿勢は、左側からスープを受け取ろうとした時に、右側にいた父親から理由なくいきなり怒鳴られ、同時に彼女のボールが吹っ飛ばされてしまった瞬間だったのです。その時の、温かい感覚を手に残してスープボールの砕け散る音、飛び散ったスープ、その匂いなど、彼女の5感と、大胸筋鎖骨部、大腿四頭筋などその姿勢を保っていた筋肉全ては記憶をとどめていました。そのため、その身体記憶が、人と食事をするときっと何か怖いことが起きる、止めた方がよいという潜在意識への警戒警報となっていたのです。
BodyTalkという身体を用いた療法では、この5歳のころの危機的な瞬間の姿勢(全ての筋肉の状態)、視線、耳の位置、などを再現し、中国医学の経絡のツボを総動員し、ネガティブなエネルギーと感情の解放を行います。起きたことは、5歳の遠い過去のことで、現在はもうその恐れはないことを、脳と身体に伝えるのです。このセッションのあと、彼女は友人と本当に心から楽しいディナーを楽しむことができました。
どのような人にとっても、封じ込めていた自分の子ども時代の記憶を取り戻し、現在の自分の状況について公正な判断をし直すことは、自分の人生の意義と理解を深めるためにとても重要です。意識と潜在意識が繋がることで、人は自分自身と一つになることができるのです。
これは、「個人の過去の記憶」を遡るプロセスですが、個人の潜在意識を超える「前世の過去の記憶」を、前世療法ではどのようなプロセスをたどるのかについて、次回で述べたいと思います。

註1:この例は、個人のプライバシーの保護のため、その要旨を損なわない程度に、内容の変更を加えてあります。

 

参考文献
1)Stanislav Grof & Hal Zina Bennett:
“The Holotropic Mind (The Three Levels of Human Consciousness and How They Shape Our Lives)”, HarperSanFrancisco, 1990
(管靖彦・吉田豊訳「深層からの回帰」、  青土社、1994)

 

2012年1月26日号(#4)にて掲載

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