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実は、この映画の最後のシーンにはいわくがあり、そのことがモンティー・ロバーツを怒らせ、結果的に彼はこの映画のアドバイザーの役を降りることになり、さらにモデルとして彼の名前を使用する事を許さないという結果になったのです。一体何が、「ホース・ウィスパラー」モンティー・ロバーツを怒らせることになったのか、それを私なりに皆さんにお伝えしていくプロセスは、私が何故こんなにも馬に魅了されているのかを語る事になり、それがこの連載の目的となります。 なぜなら、私にとって馬との出会いがなかったなら、このカナダに永住することはなかったとさえ思うからです。さらに、私のめざす新しい心理療法―クライエントの心と身体に聴いていくアプローチ―に向かって目を開かせてくれたのも、馬との出会いがあったからなのです。 暴力で馬を支配する 父親は生まれながらのカウボーイで、馬の調教師として地方では有名な人物でした。当時の(まだ現在でもアメリカの中西部では行われている方法なのですが)馬の調教は非常に残酷なものでした。野生の馬を初めとして人に全く慣れていない馬は、鞍をつけて人を乗せるまでに大きな抵抗をします。当時のカウボーイ達は、「馬たちは危険な動物だ。だから、先ず、痛めつけろ。でないと、お前が痛い目にあわされる」という考えに基づいていたので、非常に荒々しい方法を用いて馬を「仕込んで」いました。杭にロープで馬を縛り付け、馬が恐怖と疲労で動けなくなるまで重しをつけた袋や鞭・チェーンで打って痛めつけ、あるいは蹴って懲らしめ、力でねじふせて、馬を調教していたのです。苦痛と恐怖という暴力的な方法で、馬を支配して来たのです。しかしそれでも、野生の馬をこのような形で調教するのに、ベテランのカウボーイでも最低3週間はかかっていたと言います。 モンティーは幼い頃からこの光景をみるにつけ、耐えられない程の辛く悲しい気持ちを味わい、7歳になった頃には、「痛めつけることをしないで、馬の気持ちをちゃんと聴いてやってお話すればいいのに。馬はきっと喜んで人間を乗せてくれるのに……」と漠然と思い始めていました。そしてついにロープも鞭も全く使う事なく、一人でこっそりそれを実行するのです。全く人間に馴れていない馬に、最初はそっと、近づいていいかどうか聞きながら、やさしく言葉をかけて馬場の中を歩き回りました。それだけをただ続けて3日目のこと、何と馬が彼の後について歩き始めたのです。二人でダンスをするかのように馬場の中を一緒に歩き回り、馬がついには静かに彼の隣にとまり、彼がその背に鞍を載せることさえ許してくれたのです。荒野の荒くれ男たちが何週間もかけてやっと馬を思い りにできていたことを、7歳の男の子が全く暴力を用いず、何とたった3日で成し遂げたのです。これで、パパは僕のことをもっと誇りに思ってくれるかな、と思いながら。そして、嬉しそうに父親の前でそれを披露します。モンティーは馬と二人で馬場の中を一緒に歩いた後、最後に静かに馬の傍らに立ち、小さい体で精一杯背伸びしてつま先立ちながら、馬の背にそっと鞍を置いたのです。それを見ていた父親は、ただあんぐりと口を開けて驚き、言葉を失っていました。しかし、次には「一体、俺の息子は何ものなんだ?」とつぶやきながら、いきなり彼を捕まえ馬に使うチェーンで思いきり彼の体を打ち続けたのです。 この衝撃的な悲しい体験から、彼はそれ以降、父親の前ではその新しい独創的な方法は決して披露すまいと固く決意する事になるのです。 馬に鞭はいらない これらの経験から彼は一つの結論に達します。それは、「馬に鞭はいらない」ということです。なぜなら、「馬たちは走りたがっている。これは、馬にとって生来の欲求なので、うまく訓練さえしてやれば、馬たちは自分の意志で走り、持ちうる力を最大限に発揮するようになる。そうすれば、わたしたちが馬が走るのを見て楽しむように、馬たちも楽しんで走ることができる」(2)からです。 このような一つの固い信条で馬と生きて来た彼にとっては、映画「モンタナの風に抱かれて」で、ロバート・レッドフォード演ずるホース・ウィスパラーが馬の脚をロープで縛って抑え込んだ最後のシーンは、許し難いことだったに違いありません。 では、ホース・ウィスパラーとは、あるいは言い方を変えると、馬とコミュニケーションをとるとは具体的にどのようなことをするのでしょうか?次回から、それについて、私と馬との関係、そして私自身の乗馬の体験、そして馬のトレーニングの体験(多くの恥ずかしい失敗から学んだ数少ない幾つかの成功と言っていいでしょう)を交えてお話してゆきたいと考えます。 モンティー・ロバーツについてのストーリーは、下記の文献を参考にまとめました。
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