
交流会に参加した選手達
3月11日、パラリンピック開幕に向けて、ウィスラーのCSBA(カナディアン・スポーツ・ビジネス・アカデミー)という学校でパラリンピック選手との交流会がもたれた。
この交流会は、2006年春にCSBAを卒業して現在パラリンピック日本選手団のアルペンコーチとして来加した山森信子さんの縁もあり、CSBA校長の中島氏の尽力により実現した。
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左から狩野亮、鈴木猛史、森井大輝、山本光文、夏目堅司、谷口彰の各選手 |
選手は公式練習の都合、全員の参加ではなかったが、選手に対し和やかながら、活発な生徒からの質問が相次いだ。
今回交流会に出席したのは夏目堅司選手、山本光文選手、谷口彰選手、横澤高徳選手、森井大輝選手、鈴木猛史選手、狩野亮選手の7名の選手と松井貞彦監督らであった。
パラリンピック・アルペンの見所はという質問では、「滑降競技ではチェアーにのりながら120キロのスピードになることもあります」
滑降競技ではジャンプがつきものだが、ゴール直前のホットエアーという大ジャンプは怖くないんですか?という質問には「もちろん怖いですよ。チェアーでは、健常者の選手がするようなジャンプ直前の吸収動作ができないので、そのまま飛ばされてしまう。でも思い切り行くしかない」など、なかなか知ることのできない選手の本音を含めた言葉が相次いだ。もちろん競技種目が違えばいろいろ違った見所があるが、チェアーで120キロも出ることもあるという事実にはみんな驚きの表情だった。
またスキーをやっていて嬉しかったことは何ですか?という質問に対して、アルペンスキーの選手として18歳の時、カナダのカナナスキス合宿にきて事故で背骨を骨折。そのため車椅子生活になった谷口選手は「スキーで救われた人生です。もう一回スキーができる事によって気持ちが持ち直った」と語り、またモトクロスの国際A級の選手だった横沢選手は、「モトクロスのジャンプで背骨の圧迫骨折という大怪我をした。そのときに子供がまだ生まれたばかりだった。でもチェアースキーに出会って、家族でスキーをすることができるようになった。またこういう大きな舞台にたててよかった」と語った。
アルペンの選手はもともと運動神経がよくて、スキーや他のスポーツ経験者が何らかの事故や交通事故などによって身体障害者になってしまったという例が多い。
松井貞彦監督は「バイクやスキーの事故でケガをしたことには、本人の何らかの不注意があったのかもしれない。でも今またこういう舞台で日の丸を揚げることが出来る。そのためには皆さんの応援がものすごく力になる」と挨拶の中で語っていたが、スポーツは言葉も障害も越えた共通語であり、選手の生き様の中により多くの奇跡を見出し、逆に選手のみんなから多くの力をもらったような交流会だった。
(取材 野口英雄)

交流会後も活発な質問が相次いでいた
(取材 野口英雄)
この記事掲載は2010年3月18日第12号です
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