(前回より続く)
カナダサンシャインコースト一帯はヒラメとカレイの宝庫である。それも北へ行くほどそのサイズが大きいような気がするし、当りはずれが無いと云ってもよいほど確実に釣果を上げることができる。子供の座ブトン程の大物もいる。どうしてこうヒラメ、カレイが沢山いるのかわからないが産卵時期と思われる春先などは、エサが海底に着いたか着かない内に竿先がしなる。まるで木の葉が積み重ねられたように彼等が並んで、あのやぶにらみのような目でエサが落ちてくるのを待っているのではないかとすら思われる。

エサは生イカの8センチ大の短冊である。イカのエサはそうは簡単にハリからはずれない。だから一つのエサで5枚も6枚もカレイが釣れる。一日のカレイ、ヒラメの制限は8匹。あっと云う間に8匹釣ってしまう。そうしたら、今度は海図と小さな魚探をニラミながら、ボートを岸に近い岩礁地帯に移動させる。次はアイナメとメバル狙いである。日本で云うアイナメはこちらではグリーンリング。首の下あたりがうすい緑色をしている。メバルやカサゴの類はロックコッドと呼ばれているようだ。それぞれの制限捕獲数を満たすと、又次の獲物を狙う。ヒラメは日本では高級魚だが、これだけ釣れるとその実感がなくなる。でも50cmもあるヒラメはやっぱり煮付けにはできず薄造りの刺身にして「もみじおろし」で味わう。ロックコッドやグリーンリングは煮付けか塩焼きとなる。新鮮だから上手に焼かないと身がホロホロとくずれてしまう。遠火の強火で焼く。

ある時、自分が住むビーバーアイランドの南側深さ メートルの海底に少し大きめのエサをたらして探っている時、根がかりで竿が上がらなくなった。根魚釣りは地球を釣るつもりで・・・と教えられたから、エサを海底までおとしてモゾモゾと魚をさそっている。当然、岩や藻にハリが引っかかる。そんな時は仕方がなく竿を船べりに置いて、道糸を手で引っぱりどこかに引っかかったハリを切って犠牲にしなくてはならない。「あーあ、やっちゃった・・・」と一人ごとを云いながら糸を引っぱろうとしたがビクともしない。その内手に持つ道糸がズズッと引っぱられた。何かがエサを飲み込んでいる。それもかなりの大物だと云うことが感触でわかる。鮭はこんな下の方にはいない筈だから、考えられるのはドッグフィッシュ(サメ)か何等かの根魚、もしくは蛸・・・。

幸いその時は干潮と満潮の間の潮止まりでボートが動かない。そろそろと手に持つ道糸に力を入れて引っぱる。すると引っぱった分だけ相手も引き戻す。その引き具合から見てあまり動作が機敏な相手ではなさそうだ。サメではない。サメはあばれる。道糸、ハリスも太いのを使っているから簡単には切れそうもないので今度は方針を切りかえて、だましだましの力比べに移る。相手もこちらの意図を感じとったらしく、逃げの体勢をとった。その引きは強烈で今迄感じたことのない力だ。「何だろうこれは!」口の中がカラカラになって脇の下に汗がでてくる。道糸を船べりにしばりつけてキャビンからタモ網を引っぱり出す。

再びツナ引きが始まる。蛸でもなさそうだ。蛸は、ボロ布が引っかかったようにずっしりした重みはあるもののあばれない。残るは根魚。引いたり引かれたりしながらジワジワと道糸をたぐる。こうなったらもう絶対にヘマは許されない。頭の中に白身の魚の鍋がチラチラするが急いで打ち消す。「捕らぬ狸の・・・」にはなりたくない。

サンシャインコーストの海はプランクトンが多いそうで透明度はせいぜい海面から2メートル下まで見える程度。20分かかって相手の姿がうっすらと見えた。魚である。それも回遊魚のようなスマートな形ではなく、今迄見たことのないズングリした体形。これは経験から考えるとどうやら白身の魚らしい。鍋が俄然現実味をおびて来た。サイズはどう見ても センチはありそうで大きなサンショウウオを思わせる姿に一瞬背スジが寒くなるが、何とかタモ網にさそい込まなくてはならない。最後のひとあばれがあってようやく勝負がついた。デッキでどたりどたりとあばれる魚をそのままにしてキャビンから図鑑をとり出した。図鑑をめくる手が久しぶりの大底物に震えている。

似たような根魚が多い中から、どうやら「スカルピン」と云う魚であることがわかった。まるでイグアナのような形相で口はへの字。頭のテッペンに大きなアンテナのような突起物がある。ギョロッとした目でにらんでいる。首の廻りにも何やら鎧のようなトゲトゲがあって「食えるのかなあ・・・」と思ったがこう云う姿の恐しい魚に限ってうまいことは何となく経験からわかる。肌の色は黒っぽい。お世辞にも美しい姿とは云えない。

その晩は、鍋。間違いなく白身で黒ムツのような油もある。身はホクホクしてタラのようでもあるが油がある分コクがあって久しぶりのおいしい鍋に日本の冬を思いだす晩であった。

さて、テレビで見た読者も数多くいることだろうが、ここカナダのサンシャイン・コーストは大蛸が棲息することで名高い。それも3メートル近い蛸である。バンクーバーの魚屋でも見たことがあり、その足の太さは子供の太モモ程もある。私の次の狙い目はこの大蛸。今迄木更津で飯蛸しか釣った経験がないので、先ずはその仕掛けをどうするか。そしてどこがポイントなのか調べなければならない。人に聴いてゆく内に意外にそのポイントが近いことがわかった。私のボートで 分走ったところにハーフムーンベイと云う湾がある。そこでダイバーが巨大な蛸を何度も目撃しているらしい。そう云えば、その湾に面した公園に蛸が頭を上にして立っているような大きな彫刻があったのをおもいだした。ラテン系の人達は蛸を食べるものの、一般的にこの土地の人は蛸など見向きもしない。「海の魔物」なのだ。更に人に聴いてゆく内にどうやら飯蛸釣りの仕掛けの巨大なものを作る必要があることがわかった。そしてそれにくくりつけるエサは、こちらの大きなキュウリ(イングリッシュキューカンバ)で良さそうだと云うことがわかった。

太い蛸の腕を輪切りにして「おでん」で煮込んでいる光景が目にチラつきだした。しかし3メートルもある蛸にからみつかれたらどうしよう?物置小屋で巨大な蛸釣りの仕掛けをつくりながら、魚食民族の悩みはつきない。でもグズグズしてはいられない。大蛸の次の目標、タタミ一枚ほどもあるヒラメの親玉のような「おひょう」が近くにいる筈なのだ。ああ、忙しい。

 

2007年5月31日号(#22)にて掲載

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