昔、東京の銀座通りを歩いていた夕暮れ時、新橋方面から日本橋に向って靴を手に持った若い女性が私のソバを疾風のように走ってゆくのを見た。ハダシだった。
どう見てもシラフには見えなかったが、どうしたのだろうと思っている内に人混みの中に消えていった。
会社づとめをして間がない頃、何かの為に早朝出勤をした私が鳴った電話を取った。落ちついた中年女性の声だった、業務に関係のない電話だとスグにわかったけれど、どうも要領を得ない話し振りだ。
アノそちらさまにYさんと云う方がいらっしゃいますか。もしおられたらチョットお話ししたいことが…。
Y君は営業畑の私の親友だったが、まだ出勤していない旨を話した。何しろ朝の七時半である。
では恐れ入りますがお伝えいたゞけますか…。
実に話しづらそうで次の句が仲々でてこない。
ようやく話し出したその女性の言葉を聞いているうちに自分の顔が赤くなってくるのを感じた。話をまとめてみると次のようなことだった。
板橋区に住むその女性が朝起きて庭に出てみると庭のスミに男物のズボンが落ちていた。そのズボンのそばにUNKOがあり、ズポンのポケットから財布が出て来たので中を見たら名刺が入っていた。ご不自由だろうと思ってこんな朝早くお電話差し上げました…とのことだった。
Y君は親友であり、自分が責められているような気持になって私はテーブルにオデコをぶつける程、何度も頭を下げたものだった。
住所と電話番号を教えてもらって、のちほどお詫びに行かせます…と云って電話を切った。実はその前の晩私はY君と酒を飲んでいたのである。
やがて眠そうな顔で出社したY君にこの電話の件を伝えた。大きな声では話せない。
何しろ事はUNKOの話である。聴けば今朝起きて見たらメガネの玉が一ヶ無いと云う。それに彼の住居は目黒で板橋はまるで方向が違う。
どうもタクシーで家に帰ったような記憶があると云う。多分ステテコ姿の筈だし財布も無いのに…。
これからスグお詫びに行くと云う。何かお詫びの品を持ってゆきたいけど何がいゝだろう…と私に聴くので、自分で考えろと云った。
確かに酒を飲んだ上での失敗談は数限りなく聴いたことがある。そう云う自分にも思い出せば沢山ある。私の場合は特に忘れ物が多くて、幸い人様にご迷惑をおかけするような失敗がなかったのがラッキーだった。
とは云うものの下戸の方からみれば、あるいは自分では気がつかない眉をひそめるような言動が無かったとは云い切れない。
父親の酒を盗み飲みした中学生時代から酒とのツキ合いは長い。
どうして上戸は酒を飲むのか時々酒を飲みながら考える。私にとって酒自体は特別うまい飲物とは思えないのだ。
じゃあ、どうして酒を飲むのかと云われるとアルコールが体内を巡って十分後あたりから感じ始めるあの開放感が何よりの魅力なのである。
特に酒をたしなむ人と飲む酒は格段に楽しいし話がはずむ。何故そんなに楽しいかと云うと、その相手との間にある垣根が次第に無くなってくる。つまり胸襟をひらく…とは正にこのことである。
人との会話は相手がどんな人とも知れないで身構えて話していたら面白くもなければ楽しくもない。楽しいのは相手がどんな人かわかってからの話である。
話し相手の腹の中を探りながら話していたら、いくら時間があっても足りない。
だから酒は一滴もダメ…と云う人と長時間しゃべるのは正直なところ辛い。飲めば、こちらは次第に酔ってくる。勝手に胸襟を大きく開いて口数が多くなり、次第に自分の全てをさらけ出すのに相手は黙って冷静にそれを見ている。
だからと云って酒が無ければ話ができないと云う事ではない。昼間はどうしても酒を飲む気にはなれないし、やはり酒は私の場合リラックスの延長線上にある。
誰もいない時に一人で飲む酒は自問自答しながら深く考える時間を与えてくれる。
未来に考えが及んで、とんだ発想が飛びだしたりするものの将来のことは煎じつめれば誰にもわからない。
一人でグラスの氷をカラカラ音を立てながら、想いは次第に過ぎ去った過去を逆昇ってゆく。「回想」である。
記憶に残っている楽しかったこと苦しかったことが酒を口にする程に走馬灯のようにかなりのスピードで駆けめぐる。
その内にどうしても忘れることができない悲しい想い出につき当って逃げられなくなる。一人酒は、そんな時思いきり涙を流して心を洗うしかない。酒は眠るまで律儀につき合ってくれる。

 

2010年6月17日号(#25)にて掲載

 

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