バンクーバーに住んでいた頃、釣りの先輩Uさんに誘われて、イングリッシュ・ベイのUBCに近い浜辺へ、スメルトを獲りに行った。
夏の陽が西に沈むころ、テニスのネットのような網を浅瀬に張って、網にかかったスメルトを海に入って外す。
バンクーバーの夏の風物詩で沢山の人がネットを張って魚獲を競う。

その日は大漁で、確か二人で六百匹を超す獲物があった。
スメルトは、ししゃもに似た天ぷら、塩焼きにおいしい魚である。
その日は網を畳む頃は陽も落ちて暗くなってしまい、海岸を時間をかけて歩くのをやめて、浜辺からUBCの崖を登って最短距離で帰ろうという事になった。

しかし真っ暗になった殆ど道らしい道もない急な坂を登るのは簡単ではなかった。
おまけに樹が鬱蒼と繁るブッシュを、懐中電灯もなしでスメルトや網が入ったリュックを背によじ登る。
案の定、十分も登ったらUさんの呼吸が苦しくなり、手探りで少し平らな所をみつけて一休みせざるを得なくなる。
Uさんは暗闇の中で持病の心臓の薬を口にした。

Uさんの苦しい呼吸が治まるのを待っている時、私は周囲の闇のところどころに何か小さく光る点のようなものが沢山動いているのに気がついた。
同時に動物が発する、せわし気な鼻息のようなものが周りからきこえる。
直感でコヨーテだと気がついた。それも十数匹はいると思われ、群で行動する彼等の習性を人からきいていた私は身の危険を感じて身構えた。武器になるものは何もない。
ことさら大きな声でUさんを促しやっとのことで崖の上の道に出た。冷汗で身体はビッショリだった。

ある時、バンクーバーのUBCに近い交差点を歩いて渡る為に信号待ちをしていた。
その時、信号が青になるのを待つ何人かの人の中に、犬のようだけれど、しかし犬ではない動物が一匹いた。

よく見たら図鑑で見た通りのコヨーテだった。
人と一緒に信号を渡るつもりらしい。小型の犬と云う風情だけれど、毛並みはバサバサ。
どうやら間違って町中に迷い出た感じで、周囲をキョロキョロ観察しながら「シマッタ…」というような目付きで耳をうしろに倒し、尻尾を股の間に入れて、オドオドしているのが手にとるようにわかる。信号を渡ったら繁みの方に向って一目散に走って行った。バンクーバー周辺にはコヨーテが沢山いるとは聞いていたものの、いくらソソッカシイとは云え、人と信号待ちする奴がいるのには驚いた。
それほど自然が豊かで人の生活と野生がきわめて近いことを証明しているようなもので多少危険はあるかも知れないけれど、この都市の在り方には共感するところが多い。

私が住んでいる、サンシャイン・コーストのペンダー・ハーバー。
半島のように見える周囲八キロの島はビーバー・アイランドとも云う。島全体が森のような土地で、野生動物と顔を合わせることが多い。
小さな木造二階建ての郵便局があって、その裏に少し大き目の沼地がある。
この沼に住むビーバー一家がいて、昨年子供が生まれ、村の人達がその成長を見守っている。オヤジビーバーは木を齧り倒して、ダム作りに余念がない。働き者だ。

森の起伏の中にポツリポツリと住宅を作ったような土地なので、鹿をはじめとする野生の動物が多くて、彼等はこれが当然…と云わんばかりにのし歩いている。
中には人の家の中にまで上り込んで何か喰べ物をもらって帰る鹿までいる。

深夜、近くの森を群れを作って走り廻るコヨーテがいる。夜中の二時頃、フト目が覚めて寝られず外に出る。
小島の南端は車も走らず、風もなく深閑と静まり返って動くものもない。
そんな時、はるか遠くに「ケーン!」ととか「ヒャー!」と云う複数の声がきこえる時がある。
その声が次第に近づき、家の裏の高い樹が繁った牧場のあたりに差しかかると、二十頭ほどの走る群であることがわかる。すぐ家に入る。
ペンダー・ハーバーでは鶏を飼っている家も多く、時々このコヨーテに鶏小屋の鶏が襲われて全滅する。しかも彼等は行きずりの悪業と云わんばかりに鶏は全滅させても食べないから鶏は哀れである。

コヨーテは鶏や羊を襲う時に群を作るらしい。兎、ネズミなども狙う。中央アメリカからアラスカまで広く棲息していて、一時間に七十二キロ以上も走るそうだ。メキシコの民謡にコヨーテの声を擬音で表した美しい曲がある。隣の奥さんはコヨーテの鳴き声が上手。少し危ないこの野生が永遠に続いて欲しいと思う。


2013年2月21日号(#8)にて掲載

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