My Business

パシフィック・ウェスタン・ブリューイング 社長
小松 和子氏

 実地でビジネスを学ぶ

  20代半ばだった小松和子氏は、渡加後すぐに郵便局で私書箱を開いた。何をするかは未定で資本金もなかったが、とにかく会社を興すことにした。

 最初にガス会社の代理店業を始め、物やお金の流れなどを輸送業者や銀行などに聞きながら実地で学んでいった。

 商材には、カナダ独自の特長をもち高品質で価格が見合った他国との競争力のある物を探し、木材、カナダの皮製ハンドバッグ、ピートモス、飼料、魚類の輸出業や土地開発、ビールの醸造などを手がけた。

社員の熱意が小松氏を動かした

 1991年当時、小松氏が輸出するビールの1メーカーだったPrince Georgeのパシフィック・ウェスタン・ブリューイング社( PWB )は倒産寸前。経営陣が会社閉鎖の動きをとるなか、従業員は会社の存続を切望して近隣住人にビラを配り、政府にも助けを求めたが、どこからも援助は得られなかった。

 その後、PWB 社の社員は小松氏を訪ね「この会社を救いたい。仕事を失いたくない。どうか助けてほしい」と懇願した。

小松氏はPWB社の買収を決めた時の気持ちをこう語る。

 「会社にとって大切なものの順序は人・物・金であると思っています。 PWBには会社を継続させたいという熱心な従業員がいました。

 そのうえ会社には、北米で1、2の大きさと言われている、カルシウム、マグネシウムなどのミネラルバランスの良い純粋な天然水を有した地底湖がありました。

 このため、効率の良い組織と自主的規制のできるシステムを作り上げれば、高品質で良い製品が作れると見通しをつけました」

高品質の創造・維持を徹底

 経営建て直しの重点は、会社のイメージと商品の品質を一致させ、両方を平行して高めていくことと定めた。なかでも品質向上が要と考えた小松氏は、社長への着任直後に国際標準品質基準であるISOの獲得に着手した。

 ドイツから有名なブリューマスターを呼び寄せて技術指導を受け、作業システムの検討と向上を図った。

 品質への徹底した姿勢は過去の経営者にはないものだった。小松氏は、製造されたビールの中に一缶でもISO基準に通らないものが見つかったら、1コンテナ(約3万5000缶分)すべてのビールを出荷させなかった。

 あいまいさを容認しない小松氏の厳しいやり方に、社員は「もったいない。そこまで厳しくしなくても」と反発する態度を見せた。しかし百パーセントの確信がもてない限り、市場には出さないことを小松氏は徹底した。

 改革着手から3年でISO900-2をクリア。その8年後に世界最高水準のISO900-1を達成した。これは北米のビール会社で初の快挙だった。

 ISOや有機農作物改良協会 (OCIA)およびカナダのオーガニック認定工場等の達成は、内外に質の高さを証明すると同時に、社員自身の誇りとなり、自ら小松氏の方針に賛同するきっかけともなった。

 小松氏はあいまいな方針に慣れきっていた組織を動かすために、時間はかかるが確実で強力な方法を用いたのである。

感動を生み出す仕事を

 ISO達成に安住せず、さらに高品質な消費者の求める製品作りを追及するシステムを、小松氏は社員の心のなかに求める。キーワードは「感動-感じて動くこと」。小松氏は社員に語った。

 「あなたたちの会社を救いたいという熱意がわたしを動かして会社を買わせました。だからあなたたちが持つ、人を動かせる熱意や誠実さを忘れず、あなたが感じたことから人が良いと感じるものをどんどん作っていってほしい。その行動の結果には喜びがあるはずです」

 何かに強制されるのではなく、自分が心から良いと感じたことを行動に移そう、それが周りに喜びと明るさを与えていく-個人も企業も、仕事も人生も。小松氏の生み出す感動の輪は、企業から地域社会、そして世界へと広がり続けている。

Pacific Western Brewing Company
住 所:8535 Eastlake Dr, Burnaby, V5A 4T7
電 話:604-421-2119
F a x:604-421-0090
小松 和子
(こまつ かずこ)
 学生時代から海外を旅するなか自然な流れでカナダへ。商業や経済を学んだ事も無くまた会社員としての経験は皆無で、経営者としての社会人生活がすべてである。