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Japan Tech Motors 社長
安達 正嗣氏
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「無理をせず、楽に生きること」これが安達正嗣氏の人生に対する指針だ。簡単そうに見えて、実はむずかしいこの姿勢を保ち続けることが、氏が北米文化の中で成功していくひとつのカギになっていた。
カナダに行ってみよう
大学卒業後、東洋ゴム工業に入社。そして3年目に出版関係の仕事をしていた昭子さんと結婚。ここから安達氏の人生は大きく変化していく。
彼女が海外に出てみようと提案したのである。特に会社で出世しようという考えもなかった安達氏は、すぐに賛同。予定ではカナダを皮切りにヨーロッパなどをまわるはずだったが、最初に降り立ったバンクーバーが気に入り、1年の予定を2年まで延長。
その間に語学学校に通うなど、海外生活のための準備をすすめた。その際に永住権の申請も試みたが、移民システムが変わったこともあり、それまでのように簡単には取得できなくなっていた。1975年のことである。
そこでいったん日本に帰国、技術を身につけて再度申請することにする。もともと物いじりが好きだったので、自動車整備工を選ぶ。ガソリンスタンド、修理工場で働きながら2級自動車整備士免許を取得。そして再度移民を申請して受理される。
新天地での希望を胸に抱き、最初は以前知り合った友人がカルガリーで経営していた自動車修理工場で働き始める。
ここで3年間勤めたのち、バンクーバーに移る。実はこの時、仕事は決まっていなかったのだが、知り合いの多さなど、自分たちの将来のためにはバンクーバーのほうが有利だろうとの読みからの引越しだった。
結局、カナディアンタイヤなどで働き、並行して独立のための店舗物件を探す。
そして1986年、メイン・ストリート沿いで5thと6thの間に店舗を借りて営業開始。Japan Tech Motorsが誕生した。
自動車修理を通して見る
北米文化と日本文化
ビジネスは順調だったが、1995年にちょっとした店舗リースの契約上の手違いから場所を移転しなければならなくなり、現在の場所に。
実はこの時は2ヵ月以内にあけ渡さなければならなかったのだが、「無理をせずに」いたらあっという間に1ヵ月が過ぎ、期限ぎりぎりにようやく引越し先の物件が見つかったというエピソードがある。
ほかにもエピソードは多く、波乱万丈の人生を歩んで来たように見えるが、本人は「いや、楽なほうを選んだだけや」と京都弁で涼しい顔。
人生を達観している氏の洞察力は、自動車を通して日本と北米の文化的背景の違いにも迫る。「自動車のデザインひとつをとっても、日本と北米の違いが見える。
統括部門が全体をまとめ、それに従って設計される日本車は、将来修理する人のことまで考慮されている。
北米車は、各部分のデザインが自由になされ、それをひとつの車に突っ込んだ感じ」結局、チーム(全体)が初めにあって、その中で個人が仕事をするという日本と、まわりにとらわれない個人主義に基づく北米との仕事のスタイルの違いに起因するものだが、これは自動車にとどまらず、日常生活、商習慣などの背景にもなっている。
日本人としての長所(誠実・丁寧さなど)を仕事に生かすのも重要だが、商売というものはお客様、部品会社など相手があってはじめて成り立つ。
その商売の輪が北米文化のスタイルで成り立っている中では、流れに逆らうほどに日本を強調すると様々なギャップに悩まされたり、行き詰ったりしてしまう。
ビジネスとして成功するためには、そのあたりのバランス感覚が必要なのではと安達氏は語る。(取材 平野直樹)
Japan Teck Motors
自動車修理一般。全メーカーを取り扱う。中古車等の売買は行っていない。
住 所:323 Victoria Dr., Vancouver V5L 4C8
電話・Fax:604-255-3553