やり遂げなきゃいけないと思ったら
人間て出来ちゃうんだね

『千日回峰行』とは、比叡山の山中や京都市内を7年がかりで千日間歩く荒行である。総距離は地球一周に相当する約4万キロ。途中で辞めると自害しなければいけないという厳しい掟があり、行者は常に首吊り用の紐と切腹用の短刀を持ち、死出の旅路を意味する白装束に草鞋姿で歩く。
お勤めを終えた深夜に出発。小田原ちょうちんを手に、260か所をお参りしながら1日約40キロを歩き、戻ってくるのは午前9時過ぎ。睡眠は約4時間弱。700日までは行者自身を磨く利自行で、701日めからは人びとの幸せと国家の安泰を祈って歩き続ける利他行となり、歩く距離も1日80キロに増える。
「雨の日はそれなりに勇気づけられたね。しとしと降る日は人生や自然について考えたり、土砂降りの日は勇ましい気持ちになったり」。『阿闍梨』とはサンスクリット語が語源で、他を導く高僧という意味。『大阿闍梨』である酒井師は僧界の最高位、大僧正であるが、そんなことはおくびにも出さず、きさくに話してくれる。
49歳という年齢で『千日回峰行』を決意したときには、周囲から反対の声が多かった。「出来るか出来ないかなんて思ってる人はまだ甘い。余裕があるんだな。これをしなきゃご飯が食べられないとなったらみんなやるでしょ。やり遂げなきゃいけないと思ったら人間て出来ちゃうんだね。頭で考えるより、やってみるのが一番いい」

 

9日間、堂にこもり
 断食、断水、不眠、不臥(が)

『千日回峰行』の中での最大の難関が、700日めの『堂入り』。お堂に籠り、食物も水も断ち、不眠不臥で9日間ひたすらお経を唱え続ける。人間の限界に挑む苦しい修業は“生き葬式”とも呼ばれ、医学的には死を意味する。
 酒井師は『堂入り』1週間前から流動食一杯で体調を整えながら、40キロの山道を歩く難行に耐えていた。体力を消耗しないよう口を小さく開け、鼻で息をする。次第に脱水状態で唇が割れ、手には死斑のようなものが現れ、死臭さえ漂う。5日めからは1日に1度、口をすすがせてもらえるが、その水は一滴も飲んではならず、空の器に出さなければならない。
 毎日、午前2時にお堂から出て200メートル先へ不動明王に供える水を汲みに行く(取水)。第9日めの深夜、300人余りの信者らに見守れ、最後の取水を終えた酒井師は新しく生まれ変わり『阿闍梨』となった。
1973年から開始した千日回峰行は1980年10月に満行した。さらに半年後に再び千日回峰行に入り、1987年7月、60歳という最高齢で2度めの満行を達成した。「始めはあるけどおしまいはないんだな。ずっと続いてるわけだから」

 

39歳で出家。自分を見つめて自分を知る

学校では落第児だったけど、そんなことは気にしなかったと話す酒井師は、学業に身が入らず10代で予科練へ。仕事を転々としたあと、戦後開いたラーメン屋が全焼。妻は新婚1か月で自殺した。
人生の半分を過ぎてから、比叡山で異例の出家。小僧修業に励み、若者たちに混じって一生懸命勉強し、叡山学院を首席で卒業した。「今やっていることに失敗しても、どこかで必ずお役に立てることがあるはず。自分を見つめて、自分を知ることが大切なんですよ」
 “行”とは、徹底的に己れを痛めつけてただひたすら修業に励みながら、人間とは、仏とは、慈悲とは何かを問うもので、酒井師は「人生の落伍者である私が、仏の加護によりここまでこれた。縁あってお世話になった比叡山には大変なご恩がある。応援してくれた皆さんにお返ししたい」とさらに行に励んだ。

 

無我無心の状態で知った
 心の中にある仏
酒井師は回峰行の途中、夜明けに自らの心の中にある仏を体感したという。「琵琶湖の見えるところに行ったら茜色に空が明らんできて、そのうちに太陽が上がってきて、なんともいえない明かりが出てすごいなと思ってたら、それが自分のところに戻ってくるわけ。今度は反対側に白夜というのかな、お月さまの明かりが差しててね(中略)。そのとき真ん中にいるのが自分だったんだね。これはちょうど、日光菩薩と月光菩薩を従えた薬師如来のお姿と同じで、仏さまは自分の心の中にあるものだというけど、自分自身が仏であって、自然の中で生きているということを教えてくれたんじゃないかな」

 

腹八分め。
 食べたら働く

85歳の現在も早朝、滝に打たれることから1日を始める。比叡山飯室谷不動堂長寿院で住職を勤め、政財界から芸能スポーツ界まで多くの人々の相談に乗る。毎月1回はひとりで東京へも出向き、信者らと接見もする。「やっぱりね、いろんな人と会って話すことが一番若返りにいいんじゃないかな。相談されてるというより、こっちが相談しに行くようなもんだな(笑)」
食事は1日2回。腹八分めにして、食べたらその分、動いたり働くこと。
 酒井師の顔を拝見すると、つやつやの肌に驚かされる。腕にはしみひとつない。手の甲も、しわとは縁がないほどハリがある。「毎朝滝に打たれてるのがいいんじゃないかな。ミネラルとかいろんないいものが入っている水が、悪いものを流してくれるんだね」
正しい姿勢で座ることを心がけているそうで、腰痛、肩こりといったものにも縁がないという、うらやましいほどの健康体だ。「病気の方が遠慮してくれてるんじゃないの?」と笑う。

 

今を大切にする。なるようにしか、ならない
日本では震災後、特に癒しや霊感、スピリチュアルなものに心の安らぎを求める傾向が強いが、カルト的な教義には気をつけないと、と警告する。「自然の現象は止められないから、なるようにしかならない。起こった現象に対して前向きに人間らしく、今を大切に生きること」
酒井師がよく口にするのは“1日が一生”という言葉だ。今日のことは今日でおしまい。明日また生まれ変わって、新たな気持ちで前に進んでいけばいいのだと。

 

『堂入り』9日め、午前2時に取水のためにお堂を出た酒井師の画像を見せてもらった。顔の肉がそげ落ち、くぼんだ目は大きく見開かれたままで、右手に杖を持ち左手に天秤棒を担ぎ、僧侶らに支えられながら歩いている。多くの信者がお経を唱えたり涙をながしながら「生き仏さまを見ているよう」「頭の下がる思いです」と手を合わせている。まさに死とすれすれのところでの修業。涙なくしては見られない光景は、その後何日も頭から離れなかった。
(取材 ルイーズ阿久沢)

 

酒井雄哉(さかい・ゆうさい):1926年(大正15年)大阪府生まれ。天台宗大阿闍梨。大僧正。比叡山飯室谷不動堂長寿院住職。39歳で得度。約7年かけて約4万キロを歩く荒行『千日回峰行』を80年、87年の2度満行。著書は『一日一生』)『賢(かしこ)バカになっちゃいけないよ』ほか多数。新作『この世で大切なものってなんですか』は酒井雄哉・池上彰共書。

 

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