在バンクーバー日本国総領事館領事 生田目尚美氏
「総領事館経済班の仕事あれこれ」

 

 

EPA(経済連携協定)について

BC州における日本企業の活動を支援することは、在バンクーバー日本国総領事館の主要な業務の一つだ。同総領事館で日本企業支援担当官を務める生田目氏はその経験を生かして、ビジネス活動の参考になるさまざまな情報を紹介した。外務省による最も伝統的な日本企業支援の方法は国際ルール交渉であり、現在日本とカナダは経済連携協定(EPA)交渉を進めている。関税の削減や撤廃、投資に関する規制の撤廃や透明性の向上などを含むEPAは、カナダにおける日系ビジネスに大きな影響を与えるだろう。生田目氏は、2005年に発効した日本・メキシコEPAの例を用いて、EPAの効果について具体的に解説した。例えば、メキシコに進出している飲料メーカーは、資材にかかる関税の削減・撤廃により大幅なコスト削減を達成。また、メキシコ産のカボチャやアボカドにかかる関税が撤廃されたことで、日本ではこれらの食品をより安価に購入できるようになり、消費者も恩恵を受けた。

 

ビジネス環境整備の小委員会

また、日本のほとんどのEPAには、ビジネス環境の整備に関する小委員会の設置が盛り込まれている。これは、進出先の相手国で企業が直面する問題について、企業代表者と両国政府関係者が直接議論する場だ。日本企業は進出先で問題に直面した時、裁判を起こすのではなく、相手国と話し合って解決し、その国との関係を深めたいと思っていることが多い。そのために役立つのがこの小委員会だ。日メキシコEPAの小委員会では、この場を活用したメキシコ政府への働きかけの結果、日本で認可を得た医療機器についてはメキシコでの登録手続が簡素化されることが決まった。成果を出すためには、まず要望を出すことが重要。生田目氏は、自らが要望に対応していた経験から、「正確に案件を積み上げることが大切。それを具体的に提示することで、より説得的な内容になると思います」と参加者にアドバイスした。

 

サービス業の海外進出が増加

日本企業の近年の動向に目を向けてみると、サービス業の海外事業展開が目立つ。バンクーバーでも、現地顧客を対象とした飲食業や医療業に加えて、学習塾「公文」のフランチャイズなど、幅広い業種で日本企業が事業を展開している。その背景としては、国内市場が頭打ちとなる中、企業にとっての海外市場獲得の重要性が高まっていることが挙げられる。また、サービスを提供するだけでなく、現地の技術を取り入れ、さらなる発展を目指す企業も出てきており、今年はバンダイナムコゲームスがバンクーバーに新スタジオを開設したことも話題となった。

 

日本の魅力をビジネスチャンスに 「ジャパン・ブランド」

日本は世界の国々の中でも特にユニークな文化を持つ国だ。その魅力を生かした日本の製品やサービスを「ジャパン・ブランド」として海外市場で売り出すことに、企業だけでなく日本政府も力を入れている。政府の「クール・ジャパン戦略」はアニメやゲームなどのコンテンツを中心としている印象があるかもしれないが、最近では、食やファッションなど、幅広い分野で日本というブランドをビジネスに役立てることを目指している。日本産農産物・食品の輸出促進の観点から、日本からBC州への酒類の輸出の支援も検討しているところだ。「ジャパン・ブランド」の強化は、カナダにおける日系ビジネスの成長のためにも重要な役割を果たすだろう。

 

JOGMECバンクーバー事務局所長 辻本圭助氏
「カナダの天然ガス開発とLNG事業の動向」

 

 

カナダ経済が直面する状況 米国一極依存からの脱却

現在カナダ経済が直面している最大の問題は、米国一極依存だ。日本の26.4倍という広大な国土を持つカナダの人口は、日本の四分の一。その経済は貿易により成り立っており、総輸出額がGDPの約3割を占める。それに加えて対米依存度が非常に高く、輸出の約7割が米国への輸出だ。天然ガスに関しても、供給量が国内での消費量を大きく上回るカナダは、米国市場の需要に支えられてきた。しかし、シェール革命で米国における天然ガスの供給量が急増し、カナダからの輸入は減少を続けている。その上、アルバータ州のオイルサンド原油を米国に輸送するためのキーストーンXLパイプラインの建設計画に対して、米国は承認を先送りしている状態だ。このような背景からカナダでは今、米国一極依存から脱却し、市場の多様性確保を目指す動きが加速している。

 

日本のエネルギー事情 天然ガスは救世主になり得るか

日本では東日本大震災後、全国の原発が停止する中で、代替エネルギーの確保が喫緊の課題となっている。特に、環境負荷が低く、供給が安定している天然ガスの需要は急速に拡大している。その中で注目すべきは、今後予想される世界市場環境の変化だ。現在の天然ガスの世界市場は大きく、北米、欧州、極東の三つに分断されている。天然ガスは気体であるため、それを液化して運送するコストがかかることもあり、極東では最も価格が高い。しかし世界市場が統合する中で、市場の分断は次第になくなり、競争が激化することが予想される。同時に、世界のエネルギー需要の増加見込みを見てみると、中国、インド、ブラジルなどの新興国で今後猛烈に需要が増えていくと予測されている。この需要をどうやって賄うかが、世界市場の安定を左右する大きな課題だ。こうした中で、長期的に安定した安価のガスを必要としている日本にとっては、北米が特に重要な調達先だと言える。

 

カナダの天然ガス/LNGプロジェクト

現在、BC州のキティマット、プリンスルパート、グラッシーポイント、キソーなどでは大規模な天然ガス開発事業が進められており、外国企業による開発投資も急増している。昨年は三菱商事を含む四社が、キティマット港周辺におけるLNG輸出基地の共同建設を発表した。投資に対する税率が低く、政治的に安定しているカナダは、投資先として非常に魅力的だ。しかし、カナダの天然ガスに成功が約束されているわけではない。米国、豪州、ロシア、中東などライバルは多く、グローバル競争は今後激化するだろう。環境許認可プロセスをスムーズに進めることができるかどうか、開発に必要な労働力を確保できるかどうかなどに加えて、ファースト・ネーション問題も懸念される。ファースト・ネーションまたはアボリジナルとして知られる先住民は、生まれ育った土地に関する法的権利を持っており、その土地を利用した開発には先住民との協議が必要だ。これは難しい問題だが、アプローチ次第で結果は変わる。辻本氏は自らがあるファースト・ネーションの部族の酋長と交流した際のエピソードをユーモアを交えて紹介しながら、ファースト・ネーション問題をわかりやすく説明した。

 

新たなビジネスチャンスをどう活かすか

日本が必要とするエネルギーの安定供給確保の役割を担うJOGMECは、世界における日系企業の上流ビジネスを支援している。その中でも、カナダにおける天然ガス開発は有望な供給先の一つであり、今後確実に進んでいく。そしてエネルギー産業の発展は、BC州における雇用拡大や他の産業の急速な発展にもつながるだろう。今後、大規模プロジェクトの進展に伴い、あらゆる物品やサービスに対する需要も生まれる。この巨大なビジネスチャンスをどう活かすかは、日系ビジネスの力量にかかっている。

 

 

広範な内容を盛り込んだ生田目氏と辻本氏の講演を通して、変化し続ける世界経済への理解を深め、ビジネスに役立つ知識を得ることができた。

 

取材 船山祐衣

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。