あなたの働く権利、犯されていませんか?
−職場環境改善を訴えるワーホリ労働者の声−



 ワーキングホリデービザは若者の相互交流を図り、文化的な理解を深めようと1986年日本とカナダ政府の間で結ばれた制度で、毎年5千人の若者がカナダを訪れる。その多くはバンクーバー近郊に滞在、主に飲食業や旅行業など日本語を必要とする職場で働いている。最長でも1年という短期間しか就労できないワーホリ労働者と流暢な日本語を必要とする雇用者側との需要供給条件がうまくかみ合っている場合が多い。

 しかし、中には短期就労期間や言語的不利を逆手にとって、ワーホリ労働者に違法な労働条件の下で労働を強いているケースがある。日系コミュニティをあらゆる面からサポートしている非営利団体「隣組」には、こうした悪い労働環境に耐えかね、助けを求めて訴えてくる問い合わせが、1ヵ月で平均約15件はあるという。

 そこで、今回は隣組の林晶子さんに、こうした悪条件で労働を強いられているワーホリ労働者が、環境改善のために何ができるかをこれまでのケースを参考に紹介してもらった。


●相談をする


 ワーキングホリデービザ就労者が不利な点として、英語でうまく主張できない、カナダの労働基準法に詳しくないという二つの大きな問題がある。そこでまず一人で悩んでいないで相談をすること。隣組では、電話で相談を受け付け、必要な場合は訪問してもらい問題に対処するという方法をとっている。

相談内容は、実務的なことから精神的なことまでさまざま。

1. 金銭的なトラブルが最も多く、残業代を払ってくれない、祝日手当を払ってもらえない、給料を支給日にもらえない、トレーニング中は無給、カナダでの就労経験がないことを理由に時給6ドルを強制されるなどがある。

2. 実務的なことでは、5時間以上働いても休憩がもらえない、給与明細がない、シフト制にもかかわらず、突然時間をカットされるなど。

3. 精神的なダメージとしては、レジのお金を盗んだ疑いをかけられその支払いを強制されたり、嫌がらせをして自ら辞めさせるようにし向けられるなど。


●違反事項の把握と解決への行動

 こうした相談を受けた後、一定の手順を踏み、それでも解決しない場合はBC州労働基準局(The Employment Standard Branch)に訴える。

その手順は、

1. 相談内容が労働基準法に実際に違反しているのか、違反しているとすればどこが違反となっているのかを、BC州政府が発行している労働基準法資料 “Working in British Columbia”をもとに一緒に調べる。

2. 違反している箇所がある場合、政府機関に訴える前に、労働局が提供している “Self-Help Kit”に沿って、労働者側と雇用者側が自らで問題を解決する道を探る。“Self-Help Kit”とは、労働者側が職場環境に問題があると感じた場合に、自ら解決方法を探る手順が解説されている自己診断解説書である。ウェブサイトに掲載されている。
www.labour.gov.bc.ca/esb/self-help/sh-start.htm

3. 第2段階となる“Self-Help Kit”の提出後、14日経過しても、解決が見られなかった場合、BC州労働基準局(ESB)発行の所定用紙に記入し、提出する。

4. 労働基準局から連絡があり、仲介者が入り三者間ミーティングが行われる。その結果、判断が下される。

 しかし、多くの場合第3段階まで行くことはないという。それというのも、ワーホリ労働者は短期間しかBC州に滞在できないため、最終結果を待たずして帰国することが多いというのが、理由に挙げられるという。ここでは、いくつかのケースの中から実際にESBに訴えた実例をもとにその実情を紹介しよう。


●あるワーホリ労働者のESBに訴えるという決断


 結果的に「訴える」という決断に至るまでに、いくつもの分岐点があった。こうすることが自分にとって最善策か何度も自問自答したと言う。しかし、今後ワーキングホリデー制度を利用してバンクーバーで働きたいと思っている人たちのためにも何か第一歩となる形跡を残しておきたかったと言うのが正直な気持ちだった。「こういった状況で泣き寝入りしている人たちはこれまでたくさんいると思うんです」とバンクーバーに来て1年未満の滞在で帰国する人たちがこういう言葉を発するほど現状はひどいのかもしれない。

 きっかけは些細なことだった。しかし、そのことが原因で完全に雇用主に対する信頼感が崩壊してしまったのである。自分だけでなくワーホリ労働者全員に対する扱いと信頼度があまりにもひどかったと訴える。それまでも悪条件に我慢してきた。そして耐えきれずに隣組に相談に来た。

 雇用主と正面から対立するという精神的な圧迫感、何か嫌がらせがあるのではないかという言葉では言い表せない恐怖感、果たしてこれで全てが解決するのかという先の見えない不安感が繰り返し襲ってきた。雇用主と話し合いを持ったが、逆に全く身に覚えのないことに対して返金請求を受けた。さまざまな手段でESBへの訴えを阻止しようという意図が見えた。しかし、訴えることを決断、書類を提出するまでの間、その精神的な疲労は自分でも想像を絶したという。

 それでも訴えずにはいられないほど、労働環境はひどかった。書類を提出してあとは結果を待つのみとなり少しは落ち着いたというが、もちろん不安は消えない。「結果がどうなるのか」、帰国も迫り、やりきれない思いで結果を待った。


●早期解決
 その後この件は、訴えられた内容があまりにも深刻であったため、労働局側も事態を重く受け止め、帰国が迫っている労働者側の事情を考慮して、通常であれば約2か月かかるところを特別に全ての過程を約1週間で終了、解決に至った。結果は、労働者側の訴えがほぼ全面的に認められた形となった。

 この件が早期解決を見た要因は、同じ職場の従業員がグループとして訴えたこと、仲間として共に苦しみを分かち合い、団結して行動できたことが大きかったと振り返る。
今回のことを通して同じような境遇にある人達へ、「これって、おかしい?」と思ったら、労働基準法を調べること。そのまま働き続けずに一度立ち止まってどうするか考えること。同僚や元働いていた人と連絡を取り、人数を集め、一緒に行動することを、経験者のアドバイスとして残してくれた。


● これから来る人たちへのアドバイス

 ワーホリでカナダに来る若者は就労が目的ではなく、異文化の中でさまざまな体験をしたいというのが大半である。そのため、少々不利な労働条件であっても、短期間のことだから、カナダだから、この町なりの常識があるだろうから、英語を少しでも勉強できればそれでいいからなど、さまざまな理由からわざわざ労働環境の悪条件を訴え出る日本人はほとんどいないのが現状であるという。
では悪い労働条件を強制される環境から自分を守るにはどうしたらいいのか、そのいくつかのヒントを紹介しよう。

1. カナダの労働基準法を知っておく。BC州の場合は州政府のウェブサイトに掲載されている。www.labour.gov.bc.ca/esb/esaguide/

2. 何かあった場合に相談できる先を調べておく。隣組、その他のヘルプラインを利用する。

3. 雇用契約を結ぶ時、契約書があること、その内容を確認する。

4. 実際に就労している時、給与明細、就労時間など自分で記録・保管できる資料を管理しておく。これは、ESBに訴えるときに、非常に重要な資料になる。

(取材 三島直美)

隣組
隣組では、労働環境に関する問題解決への手助けを以前から行っている。今回話しを伺った林さんは、訴えるという行為は大変精神的な負担がかかるもので、もし一人で行うのにためらいや不安を感じる場合は、グループで訴えることもできるし、隣組に相談してくれれば、その人にあった方法をアドバイスできるということだった。
連絡先:隣組 511 E. Broadway, Vancouver/604-687-2172

BC州の労働に関するホームページ:
Ministry of Skills Development and Labour, Employment Standard
www.labour.gov.bc.ca/esb/