ロング・ビーチのトレイル
 サンフランシスコでは、従妹の家から車で数分のビーチサイドに牧場があり、そこでは太平洋に面した海岸をトレールさせてくれると聞き、パートナーと二人で 出かけました。その牧場のゲートに着いた途端、馬糞のすえた臭いがただよい、汚れて散らかった馬小屋の柵に、鞍をつけられたままの状態の馬が10数頭つな がれていました。オフィスから、メキシコ人の中年の男性が出て来て、私たちに「乗るのか?カードはだめだ、現金しか受け取らないからな」といきなり言い、 クォーターホース2頭の馬を引っ張って来て、あごで乗れと合図。乗る前に、私が「この馬の名前は?」と聞くと、「ハァ?」と無視。もう一度、名前を教えて ほしいと頼むと、うるさいやつだなと言わんばかりに、「スノーボールだ」そして、「こいつが、ガイドだから」と若いメキシコ人が連れて来られました。

素晴らしい快晴。そのガイドと、私とパートナーの3人でトレイルに出発。学生時代に少し乗馬の体験はあってもずっと乗っていないパートナーは、シニアの 馬をあてがわれ、ゆっくりのんびり遅れ気味。ガイドに「少し待って」と声をかけたところ、何と彼は全く英語を解しないのです! 私たちはスペイン語ができ ない、私は愕然としました。しかも、ガイドの乗っている馬は、明らかにいらいらして神経が高ぶっている様子がみてとれましが、その若いガイドは、気がつい ていないようで、まったく無頓着な様子。心の底で、少し後悔し、私自身の馬に細心の注意を払いながら、崖っぷちを海岸に向って降りていきました。崖ぎわの 潅木の間から、広大な大平洋の波打ち際が見えます。素晴らしい景色に見とれながら進んでいると、私の前を歩いていたガイドの馬が突然、何かに驚き興奮して 飛び退きました!さらに、私たちの方に後ずさりして来ます。ガイドは足で馬の腹を蹴りながら、一生懸命前に行かせようとするので、馬はますます嫌がり、ト レールから外れて潅木の間に後ろ脚がずり落ちていって、そのまま崖から落ちそうになってもがいています。私の乗っていたスノーボールも怖がって興奮し出し ました。

馬の不安を理解する
その瞬間、数メートル先のトレール脇に捨て置かれた黒いビニールのゴミ袋が、私の目に飛び込んで来ました。「これだ!」と確信し、後ろを振り返ると、幸 いなことに少し遅れてついて来ているパートナーの馬は経験豊かなシニアなので、落ち着いている様子。彼にすぐ降りるように言って、私も馬をなだめながら降 りて、ガイドに「馬からすぐに降りて」と言ったのですが、英語が伝わらない! さらに馬を前に行かせようとして馬を怒鳴っているので、馬はいっそう抵抗し て、前脚がひっかかった状態のまま、ガイドの体の重みでずるずると崖ぎわを下がっていって、最悪の状態です。

私は「降りなさい!」ともう一度強く言って、彼の馬の手綱をひっぱり、ともかく彼を降ろさせ、私があなたの馬を見ているから、あの黒いゴミ袋を馬の見え ない所に捨てて来てと身ぶり手ぶりで必死で伝え、やっとその黒いゴミ袋を捨てて来てもらいました。その結果ガイドの馬の恐怖と興奮は冷めましたが、イライ ラは治まらず、潅木の葉をやたらにむしゃむしゃ食べ続けています。乗馬のコーチからトレーニングを受けた方法で少しなだめようとしても、全く聞く耳もた ぬ、といった風で、耳を後ろに逆立て、食べ続けています。人間とのコミュニケーションは全くブロックされていて何も伝わらないのだと感じました。この馬は まだ若い馬でしたが、ほめられたり可愛がられりした体験がほとんどない馬なんだと、私には理解できたのです。しかし、ともかくも、彼にとって恐怖のまと、 黒く光る不気味は物体は取り除かれたのです。その馬は再びようやくその場を通過することができました。太平洋に面したロングビーチのトレールの体験は素晴 らしいものでしたが、約2時間後、無事に牧場に戻って来られたときには、実を言ってほっとしました。

馬が乗り手の言うことを聞かないときにとる方法は、大きく分けて二つあります。一つは、このシリーズ「第1回ホース・ウィスパラー」(バンクーバー新 報、7月19日掲載)でも述べましたが、怒って力で押さえつけて強制的に従わせる方法です。しかし、この方法を用いようとした場合、この若いガイドもでき なかったように、最終的に、人間は、体重350~400Kgの大きな身体と強靭な筋肉を持った馬に対抗できるはずがありません。二つ目の方法は、馬がなぜ 興奮しているのかを理解し(ほとんどの場合、不安と恐怖から来ていることが多いのですが)、不安の元を取り除くことです。この方法の方が、ずっと早く安全 で、しかも簡単です。

相手を尊重することの難しさ
しかし、私たちはストレス状況になると、自動的にこの第一の方法、「力で抑え込んで、相手を思い通りにする」というパターンに陥ります。すると、相手は 必ず、「思い通りにされるものか!」と強く抵抗してくるので、そこで二人の戦い、大きな葛藤状況が増幅されていきます。これは、馬と人間との関係だけでな く、私たち自身の身近な人間関係にしばしばよく起こることです。私は馬との付き合いを通して、この力で抑え込むという方法が、如何に無効か、それどころか 如何に危険なものか、そして如何にお互いを傷つけあうものかを、何度も失敗を重ねながら、学んだのです。

その体験が、私に新しいカウンセリングの方法との出会いをもたらしてくれたと思っています。ただ、この方法は、その第一の方法を何度も試してもやっぱり だめで、万策つき、困り果てた結果、もっと解決に結びつく建設的な方法はないかと模索している、必死で求めている人にしか通用しないかもしれない、と思う のです。何故なら、力で抑え込んで何とか成功している人は、この二つ目の方法は必要がないと考えているからです。

乗馬の先生が、新しい馬のトレーニング法を学んでからは、ひどい扱いを受けている馬を見るのが、つらいと言っていました。しかし、その馬のオーナーが教 えてほしいと言ってこない限りは、どうすることもできないと。というのは、オーナーとその馬との関係は絶対的なもので、他者が立ち入ることのできない「聖 域」だからです。これは、馬だけでなく、ペットとそのオーナーにも言えることです。他人から見て、たとえ不当だと思われる扱いをしているオーナーであって も、ペットにとっては、絶対唯一の「ぼくの、私のオーナー」なのです。

サンフランシスコの牧場で目にした馬たちの扱われ方は、私をつらい憂鬱な気持ちにさせました。私に何かできることはないのかと、眠れない思いで、自分に できることの限界を思い知らされました。しかし一方で、私が学んでいる馬とのコミュニケーションの方法が唯一正しい方法だと信じて、相手を批判し、相手を 弾劾すれば、自分も結局相手を力で抑え込む、戦いを挑むという、第一の方法をとろうとしているわけで、自己矛盾に陥ります。これについての答えを、私自身 見つけられないまま、サンフランシスコから、戻って来ました。

自宅に帰ると、電話のボイス・メッセージに、ビルの伝言が残っていまし た。「ナオコ、いろいろありがとう。ルナは、安らかに永眠した」と。私たちは、ビルが新しい生活を求めてアメリカに発ったことを知りました。その時心から 感じたのはなぜか哀しみではなく、ルナはビルが本当にやさしくしてくれた、幸せな晩年をきっと感謝しているという実感でした。今でも、私の本当の友だち だったルナの笑顔が、そこに見えるからです。(「さようなら、ルナ(1)」は12月6日号に掲載)



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太平洋を望む、素晴らしい海岸沿いのトレール

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読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。