はじめに
馬と深いコミュニケーションがとれる人を「ホース・ウィスパラー」と称することは、おそらく多くの方が既に御存じだと思います。これは余談ですが、私の 友人の一人に、私が「ホース・ウィスパラー」について話をすると、「僕はウーマン・ウィスパラーだ」などと悪ふざけして私をからかう人がいますが、 この冗談からも、馬にあまり関心のない一般の人々の中にも、とても広くこの言葉が行き渡っていることを実感させられます。さらに、初対 で私が馬好きと知ると、人々は(カナディアンにしろ、日本人にしろ)必ずと言って良い程、ロバート・レッドフォード主演の映画「モンタナの風に抱かれ て」(原題「ホース・ウィスパラー」)を話題にし、非常に多くの方がこの映画を観ていることに逆に驚かされます。しかし、一方で、この映画の主人公のモデ ルになった本物の「ホース・ウィスパラー」モンティー・ロバーツの名を知る人は少ないのではないのでしょうか?

実は、この映画の最後のシーンにはいわくがあり、そのことがモンティー・ロバーツを怒ら せ、結果的に彼はこの映画のアドバイザーの役を降りることになり、さらにモデルとして彼の名前を使用する事を許さないという結果になったのです。一体何 が、「ホース・ウィスパラー」モンティー・ロバーツを怒らせることになったのか、それを私なりに皆さんにお伝えしていくプロセスは、私が何故こんなにも馬 に魅了されているのかを語る事になり、それがこの連載の目的となります。

なぜなら、私にとって馬との出会いがなかったなら、このカナダに永住することはなかったとさえ思うからです。さらに、私のめざす新しい心理療法―クライエントの心と身体に聴いていくアプローチ―に向かって目を開かせてくれたのも、馬との出会いがあったからなのです。

暴力で馬を支配する
モンティー・ロバーツは、1935年アメリカ・カリフォルニアの大きな牧場(800頭もの馬と、2万人もの観客を収容できる競技アリーナを持つ)に生ま れます。1歳にもならない頃から、乗馬のレッスンを指導する母親の鞍の上に乗って1日の大半を馬の背で過ごし、既に2歳になる頃には、一人で馬を乗りこな していたといいます。さらに、4歳でカリフォルニアの地方のジュニア部門馬術競技で優勝を たし、父親をはじめ周囲の大人は彼の馬術の人並みはずれた才能に大きな期待をかけていました。

父親は生まれながらのカウボーイで、馬の調教師として地方では有名な人物でした。当時の(まだ現在で もアメリカの中西部では行われている方法なのですが)馬の調教は非常に残酷なものでした。野生の馬を初めとして人に全く慣れていない馬は、鞍をつけて人を 乗せるまでに大きな抵抗をします。当時のカウボーイ達は、「馬たちは危険な動物だ。だから、先ず、痛めつけろ。でないと、お前が痛い目にあわされる」とい う考えに基づいていたので、非常に荒々しい方法を用いて馬を「仕込んで」いました。杭にロープで馬を縛り付け、馬が恐怖と疲労で動けなくなるまで重しをつ けた袋や鞭・チェーンで打って痛めつけ、あるいは蹴って懲らしめ、力でねじふせて、馬を調教していたのです。苦痛と恐怖という暴力的な方法で、馬を支配し て来たのです。しかしそれでも、野生の馬をこのような形で調教するのに、ベテランのカウボーイでも最低3週間はかかっていたと言います。

モンティーは幼い頃からこの光景をみるにつけ、耐えられない程の辛く悲しい気持ちを味わい、7歳に なった頃には、「痛めつけることをしないで、馬の気持ちをちゃんと聴いてやってお話すればいいのに。馬はきっと喜んで人間を乗せてくれるのに……」と漠然 と思い始めていました。そしてついにロープも鞭も全く使う事なく、一人でこっそりそれを実行するのです。全く人間に馴れていない馬に、最初はそっと、近づ いていいかどうか聞きながら、やさしく言葉をかけて馬場の中を歩き回りました。それだけをただ続けて3日目のこと、何と馬が彼の後について歩き始めたので す。二人でダンスをするかのように馬場の中を一緒に歩き回り、馬がついには静かに彼の隣にとまり、彼がその背に鞍を載せることさえ許してくれたのです。荒 野の荒くれ男たちが何週間もかけてやっと馬を思い りにできていたことを、7歳の男の子が全く暴力を用いず、何とたった3日で成し遂げたのです。これで、パパは僕のことをもっと誇りに思ってくれるかな、と 思いながら。そして、嬉しそうに父親の前でそれを披露します。モンティーは馬と二人で馬場の中を一緒に歩いた後、最後に静かに馬の傍らに立ち、小さい体で 精一杯背伸びしてつま先立ちながら、馬の背にそっと鞍を置いたのです。それを見ていた父親は、ただあんぐりと口を開けて驚き、言葉を失っていました。しか し、次には「一体、俺の息子は何ものなんだ?」とつぶやきながら、いきなり彼を捕まえ馬に使うチェーンで思いきり彼の体を打ち続けたのです。

この衝撃的な悲しい体験から、彼はそれ以降、父親の前ではその新しい独創的な方法は決して披露すまいと固く決意する事になるのです。

馬に鞭はいらない
しかし、自分の方法に対する強い確信のようなものは揺らぐことはなく、10代の頃から、乗馬競技、ロデオ、牧場での仕事の合間をみつけては、ブラウニー というお気に入りの馬と共にキャンプ生活をしながら、荒野に野生の馬ムスタングの群れを追って、その群れにできうる限りの距離に近ずき、リーダーと馬た ち、母親と子馬の行動を観察することから馬たちのボディランゲージに基づいた「馬語」をマスターしていきます。

これらの経験から彼は一つの結論に達します。それは、「馬に鞭はいらない」ということです。なぜな ら、「馬たちは走りたがっている。これは、馬にとって生来の欲求なので、うまく訓練さえしてやれば、馬たちは自分の意志で走り、持ちうる力を最大限に発揮 するようになる。そうすれば、わたしたちが馬が走るのを見て楽しむように、馬たちも楽しんで走ることができる」(2)からです。

このような一つの固い信条で馬と生きて来た彼にとっては、映画「モンタナの風に抱かれて」で、ロバート・レッドフォード演ずるホース・ウィスパラーが馬の脚をロープで縛って抑え込んだ最後のシーンは、許し難いことだったに違いありません。

では、ホース・ウィスパラーとは、あるいは言い方を変えると、馬とコミュニケーションをとるとは具体 的にどのようなことをするのでしょうか?次回から、それについて、私と馬との関係、そして私自身の乗馬の体験、そして馬のトレーニングの体験(多くの恥ず かしい失敗から学んだ数少ない幾つかの成功と言っていいでしょう)を交えてお話してゆきたいと考えます。

モンティー・ロバーツについてのストーリーは、下記の文献を参考にまとめました。

(1)Monty Roberts, "The Man Who Listens to Horses ーThe Story of a Real-Life Horse Whispererー", Ballentine Books, New York, 1996
(2)モンティ・ロバーツ著(東江一紀訳)「馬と話す男ーサラブレッドの心をつかむ世界的な調教師モンティ・ロバーツの半生ー」、徳間書店、1998年

私と馬との関係については、下記 Web site を。
www.equinespirit.ca

 


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