2018年5月17日 第20号

 バンクーバーの日系の皆さまに限らず、目を見張るような勢いがあるのは日本の科学分野である。世界初の長距離リニア新幹線がすでに着工している。世界一、二を争うスーパーコンピューターは実際に開発されたどころではなく、それが日々科学計算に使われ、例えば新型抗生物質の発見に使われているのだ。

 本土と四国の長い鉄橋を架けるとき三つ巴の場所争いとなった。どこを選定するか、時の政権は困りぬいた。そうだ、いっそのこと3本ともやってしまえ、という時の政府の決断だった。

 東京下町には突如スカイツリーが造られた。東京タワーがすでにあるのに今なんでスカイツリーか。政府内にも反対意見は多かった。しかし東武鉄道は、決断した。自分のお金でやるのだ。環境影響評価もパスしてしまった。東京周辺の私鉄では東武鉄道はトップクラスの会社ではない。田舎の田んぼ道を『ガタピシ、ガタピシと走る』田舎鉄道。それが東京スカイツリーという大事業を独自に自己資金でやる、というのだった。

 すでにこの欄でお話ししたとおり、ノーベル賞3個(うち1個は受賞者死亡のため実現しなかった)をとったカミオカンデの実験施設。これは東大物理学科のたった一つの講座の実験施設だった。これは時の政府の勇断だった。

 戦後の自民党の政府のイデオロギーには反対である。軍国主義戦争を反省も非難もしない党員が多いからである。しかしこの自民党政権の戦後の政治の中で、唯一良かったのは、その科学政策にためらいというものがなかったことである。新幹線を東京ー大阪に設置するときには科学技術もお金『技術』もなかったのだ。

 超高速の新幹線は加速ができるがブレーキが利かない。ブレーキがないのに新幹線など造れない。しかも当時のレールはすべて隙間、つまり継ぎ目がなければ設置できなかった。しかしこの継ぎ目では新幹線のスピードでは車体が不安定になって走れない。ブレーキもなし、継ぎ目もダメでは元々新幹線などえそらごとではないか。

 しかし時の自民党政権はそれでもゴーサインを出してしまった。お金はない。アメリカからお金を借りればよい。しかしアメリカの銀行団もこのようなブレーキもないような新幹線においそれとお金は出さなかった。

 そんなことはどこふく風、優秀な当時の国鉄技術陣はあれよあれよと言う間にブレーキと継ぎ目なしレールの開発に成功し、実際の車両で実験は成功した。アメリカの銀行団は『政府保証』を要求して出資することを決断したのだ。

 余談だが今リニア新幹線が着工している。お金は?心配ご無用。JR東海が『単独』で造るという。アメリカの銀行も政府の支援もいらない、と。東武鉄道もJR東海もすごいお金をお持ちだ。それなら一体日本の大企業は地球を買い取るぐらいの大金をお持ちなのか。

 日本のマスコミはここ数年、 これからの日本科学文明に悲観的だ。東大など世界のランクづけでは40番か50番。大学法人化で若手の研究者がしめだされている。日本からでる特許数は激減して中国にはるか追い越された。日本の研究論文の数は下がりつづけている、などなど。

 私は丸善から出版されている物理科学雑誌『パリティ』の編集長を30年以上やっている。この雑誌では毎年年末に『物理科学この一年』を特集している。この欄を閲読していて日本の研究の衰えなど微塵も感じない。取り上げるほとんどすべての研究がノーベル賞クラスなのだ。

 1月5日づけの朝日新聞は、第一生命が子供たちに『将来何になりたいか』というアンケート調査を行ったことを伝えた。これまでも同様の調査は繰り返し行われたが、定番の圧倒的な一位は言わずと知れたサッカー選手、または野球選手であった。その常識を覆して、なんと今回は一位は『学者、博士』(男子)となったというのだ。(女子はお店を持つこと?)

 これは実際驚きである。サッカーや野球は大人気で連日報道されて騒がれている。とくにアンケート調査が行われた秋から年末にかけてはシーズンの終わりで、どこが勝つかで大騒ぎ。『学者、博士』など見向きもされないはずなのだ。

 それがこの結果! 日系の皆さま、祖国日本の科学先端文明の未来は少しもご心配は無用です。お読みいただきありがとうございました。この連載は、この第10 回をもっていったん打ち切りますが、科学にさらに興味のある方は『バンクーバーサイエンスカフェ』(YANOアカデミー主催)にご参加ください。

 


大槻義彦氏プロフィール:
早稲田大学名誉教授
理学博士(東大)
東大大学院数物研究科卒、東京大学助教、講師を経て、早稲田大学理工学部教授。
この間、ミュンヒェン大学客員教授、名古屋大学客員教授、日本物理学会理事、日本学術会議委員などを歴任。
専門の学術論文162編、著書、訳書、編書146冊。物理科学月刊誌『パリティ』(丸善)編集長。
『たけしのTVタックル』などテレビ、ラジオ、講演多数。 

 

 

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