SPECIAL 2009
2009年8月6日 第32号 掲載
![]() 被爆者に対する法律を変える力になった「在ブラジル・在アメリカ被害者裁判を支援する会」世話人の三村正弘さん(中央)と足立弁護士(左)、藤井裕弁護士(右) |
![]() 韓国在住の被爆者の支援からアメリカ、ブラジルの被爆者の人たちの支援にもかかわるようになった足立修一弁護士 |
![]() 「国家補償だからこそ、どこにいる人にも補償しなくてはならないのです」と語る藤井裕弁護士 |
バンクーバー市内で6月5日、広島県から来加した弁護士の足立修一さん、藤井裕さん、在外被爆者裁判を支援する会の三村正弘さんにより、被爆者の損害賠償請求を求める集団訴訟の説明会が行われた。会に集まった被爆者と被爆者の家族11人が真剣な面持ちで話を聞き入った。
在外被爆者は日本国外居住を理由に健康手当ての支給を打ちきられ、被爆者援護法から除外されていた(1974〜2003年)。この間の賠償請求が訴訟の目的であるが、この問題を理解するための経緯を紹介していきたい。
原爆3法は対象を日本居住者に限定して運用開始
原爆という破壊的兵器のもつ放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康保持と増進および福祉を図るため、旧厚生省は原爆医療法(1957年)、原爆特別措置法(1968年)、そしてこの二法を合体させ被爆者援護法(1994年)を制定した。これらの法の下、被爆の事実が認められた申請者には被爆者健康手帳(以下、手帳と略す)が発行され、手帳所有者には医療の給付、健康管理のための手当支給が開始された。しかし在外被爆者(海外居住の被爆者)はすべて適用外だった。
在外被爆者に手帳交付権認める判決直後の402号通達
そこへ在外被爆者であるソンジントさんが韓国から被爆者のための医療を求めて密入国。手帳の交付を求めた裁判で福岡地裁はソンジントさんを支持。「密入国者に対しても被爆者健康手帳を交付する」と判決を下した(1974年3月)。この判決以降、在外被爆者も日本で手帳を申請し、それが交付されれば、高血圧性心疾患など所定の疾病があると診断された被爆者は健康管理手当が受け取れるようになった。ところがその直後の1974年7月、旧厚生省は「日本を出国した者は手当受給権を失う」とする402号通達を出した。手当がなければ手帳はただの紙切れ同然である。402号通達はせっかく勝ち取った在外被爆者の手帳交付権、健康手当受給権を無効にするものだった。その一方でソンジントさんの裁判は最高裁まで争われ、最高裁も福岡地裁の判決を支持した。「原爆医療法は社会保障と国家補償的配慮を併せ持つ法律である」が判決理由である。
健康管理手当て受給の権利獲得へ
ソンジントさんの裁判の最高裁の判決は在外被爆者の健康手当打ち切りとした402号通達を不当と主張できる力につながった。1998年、これを「被爆者はどこにいても被爆者」という表現で韓国の郭貴勲(カク・キフン)さんが大阪地裁に提訴。裁判は原告・郭貴勲さんの勝訴となり(2001年)、大阪高裁でも原告が勝訴し、厚生労働省が上告を断念したことで判決は確定した(2002年)。その後、厚生労働省は被爆者援護法施行令を改正。「出国しても被爆者健康手帳は有効であり、手当受給権も失効しない」と法律の解釈が変更となり、在外被爆者への手当て送金が始まった(2003年)。
在外への差別による苦痛―損害賠償請求の集団勝訴始まる
このようにして日本に居住する人のみ支給されていた手当てがようやく在外被爆者にも支給され始めたのである。しかし、在外被爆者の権利が剥奪されてきたことへの賠償が認められるまで、もう少し時間がかかった。
1995年、広島の三菱重工業に強制連行され被爆した韓国人の元徴用工たちは強制連行と強制労働をさせられたうえ、被爆後に援護から放置され、日本の被爆者と差別されてきたことに対し慰謝料の請求を求めて提訴した。このうち、「被爆者援護法から長年切り捨てられ精神的苦痛を受けた」ことについての国に対する賠償請求が2005年になって広島高裁で初めて認められた。2007年11月に最高裁で韓国人被爆者の勝訴が確定し、国は被爆者一人あたり120万円の支払いを命じられた。厚生労働省はこれを受けて韓国人被爆者に謝罪し、同じ立場の被爆者に賠償する旨表明したが、翌年の2008年6月、舛添厚生労働大臣は在外被爆者からの提訴を受けて裁判手続の中で同じ立場の被爆者と認めた者に対し、最高裁判決にならい慰謝料などを支払うとし、在外被爆者に裁判手続をとることを求めた。そのため、韓国、アメリカ、ブラジルなどに居住する被爆者は提訴を余儀なくされ、これまで集団提訴は同年10月在米被爆者(83人)および在ブラジル被爆者(80人)、同年12月韓国原爆被害者協会(390人)などが続き、2009年7月時点では、2400人あまりが集団で提訴している。
こうした各国在外被爆者の訴訟の動きを知ったカナダ在住の被爆者が広島の弁護団と連絡を取ったことから、当地で訴訟説明会が開かれる運びとなった。説明会ではこうした問題の経緯と訴訟を起こすための要件が具体的に語られた。
説明にあたった足立弁護士、藤井弁護士に本紙から話を聞いた。
-そもそも「日本を出国した者は手当受給権を失う」と402号通達が発せられた理由はどのようなものだったのでしょうか。
藤井 その通達前に健康管理手帳交付をめぐる裁判がありました。密入国したソンジントさんが「健康管理手帳を交付せよ」と戦い、国(厚生労働省)が控訴しましたが、1審判決は交付を認めるものになり、同じ年、韓国のシンヨンスさんが治療目的で日本に帰国した際、東京都が独自の判断で手帳を出すと決めました。こうした中、手帳の交付を求める人が今後殺到してくるのではと国は考えました。しかし手帳をもらっても外国に出れば手当てを受けられないとすれば手帳保持に意味がなくなる。そのように手帳の効力をなくすことで手帳交付への殺到を食い止めたいと政府は考えた訳です。
足立 入り口は認めるけれども、出口は完全にシャットアウトしようという発想です。
藤井 三菱裁判の広島高裁判決や最高裁判決でも、政府がそうした意図で402号通達を出したことを認定しています。政府は単に法律の解釈を間違って通達を出した訳ではなく、そういうずるい意図まであったために賠償に値するという判決が出たのです。
-最高裁で402号通達が違法と結論付けられながらも、なぜ日本政府は「裁判後の和解」という形でしか補償をしないのでしょうか。
足立 三菱重工業に徴用され被爆した韓国人元徴用工の裁判の際、最高裁は被爆者手帳を持っていない人にも補償を認めました。国はそれまで被爆者健康手帳のある人にのみ被爆者としての対応をしてきたので、この訴訟判決は国の根本的な姿勢を否定したことになります。被爆者手帳を持たない人が被爆者かどうかを判断するには大変な苦労がいるため、訴訟をやってもらわなければだめだとの話になってきたのではと推測しています。
藤井 補償であれ何であれ、法律に基づいたものは国で予算措置がしやすく財務省に話を持っていきやすい。しかし国家賠償となると財務省に裁判で負けたのでお金を出してとは言えても、裁判をしていない人にも出してとはやりにくいのでしょう。しかしできないことではありません。
-日本政府がすんなりと補償をしない理由は他にもあるのでしょうか。
藤井 これを国家補償と認めたくない、福祉としたいという考えが国にはあるのだと思います。これが福祉ならば、当然外国に行けば受給資格がなくなります。
足立 三菱の裁判や郭さんの裁判をしている時に、国は国外にいる人に手当てを給付するという法律はそもそも存在しない、ありえないと主張しています。最高裁がソンジント裁判で「被爆者援護法は制度の根底に国家補償的配慮のある法律である」と述べましたが、この「国家補償的配慮」という言葉を消したいという姿勢で国は争っていました。国は途中であきらめましたけれど。
藤井 国家補償であるからこそ、被害者が何人であってもどこにいても補償しなくてはいけないことになります。
足立 さらに言えば、国は被爆者については補償しているけれども、戦争における被爆者以外の一般被災者については補償をしていません。しかし原爆被害者を突破口に戦争被災者全体へと補償の範囲が広がったら困る、国にはそういう考えもある訳です。
-集団訴訟にあたって
戦争で原爆の被害に遭い、日本政府が海外居住者に健康管理手当てを打ち切っていた間、外国に住んでいた人は訴訟を起こして補償を受けられる可能性がある。また他国同様、カナダでも同じ境遇にある人たちが集団で訴訟を起こすことが可能だ。この提訴のため、各自がそろえるべき書類は(1)原爆被害を受けた証明となる資料(被爆者健康手帳もしくは被爆者確認証)、(2)外国に住んでいた証明となる書類など。「権利のある人が置かれた状況を認識して、在外被爆者への日本の政策の誤りをきちんと追及してもらいたい」と足立さんは語っている。
この在外被爆者補償問題、または厚生労働省・広島県医師団による在米被爆者健診についての質問・連絡は広島・長崎・被爆者ネットワーク:問い合わせは電話604-255-0159 まで。
(協力 山城猛夫さん、取材 平野香利)