SPECIAL 2008
2008年5月1日 第18号 掲載
![]() 伐採の危機に瀕しているオッペンハイマー公園(パウエル・グラウンド)の桜 |
![]() 1977年の記念植樹の写真 |
![]() 日系人の歴史を語るパウエル街の建物 |
![]() 用意された椅子を埋め尽くす参加者 |
![]() 伐採計画の経緯を説明する山城氏 |
![]() 「緊急に善後策を」と訴えるニシキハマさん |
![]() 仏教会周辺の治安悪化を懸念するミズタ氏 |
日系カナダ人の移住100年を記念し、一世のパイオニアの手によって植えられた桜の木が伐採の危機に瀕している。この桜は日系人の歴史とゆかりの深いパウエル街のオッペンハイマー公園で、1977年以来毎年美しい花を咲かせてきたが、公園の再開発計画により、伐採除去される可能性が高まってきたのだ。このことを憂慮した有志により、去る4月26日、隣組において緊急コミュニティ・フォーラムが開かれ、「遺産桜を守る連合会」(Save the Sakura Legacy)が参加者全員一致で結成された。
歴史的遺産としての「桜」
毎年、パウエル祭の開催地として広くバンクーバー市民に知られているオッペンハイマー公園(通称パウエル・グラウンド)は、日系人の歴史を語るときに欠かすことのできない場所だ。19世紀末から、この公園の周辺には多くの日系人たちが住み、製材工場で働く日系人の下宿から銭湯、名物の食堂まで、さまざまな店や住宅が並んでいた。しかし、1941年、カナダ政府の命令により、日系人は内陸部に強制移動を命じられ、「日本人街」としてのパウエル街はその歴史を閉じた。しかし、第二次大戦後、パウエル街に戻ってきた日系人も多く、日本食のレストランや食料品店、仏教会、日本語学校、隣組など、日系コミュニティに関連した施設のいくつかも復活した。
1970年代には、日系カナダ人の移住百周年が近づいたのをきっかけに、パウエル街の活性化が始まり、一世や二世だけではなく、多くの三世たちが「日系」としてのアイデンティティを模索して活動を始めた。そして、移住百年目にあたる1977年、日系パイオニアたちの手によって、このパウエル・グラウンドに21本の桜が植えられた。この植樹は、日系社会の出発点としてのパウエル街の歴史を記念するばかりでなく、将来の日系およびカナダ社会全体の繁栄を祈願する深い思いが込められていた。
ところが残念なことに、1980年以降、パウエル街周辺は、バンクーバーの発展から取り残されたような形となり、治安も悪化していった。日本食のレストランや食料品店なども次々と閉店し、隣組などの組織もほかのエリアへ移転していった。しかし、パウエル街の伝統が消えてしまったわけではない。バンクーバー仏教会も、バンクーバー日本語学校も、まだこの地域にあり、日系人の歴史を物語る建物もたくさん残されている。パウエル祭が毎年パウエル・グラウンドで催されるのも、日系人の歴史と伝統の灯を消さないための大切な行事だからだ。
パウエル街は日系人の歴史遺産であり、カナダの歴史全体にとっても重要な役割を果たしている。そしてそのことを美しく象徴しているのが、パウエル・グラウンドの日本桜だ。
緊急に善後策の検討が必要
バンクーバー市は市の東部地域活性化計画の一つとして、オッペンハイマー公園の整備を検討してきた。この整備計画によると、現在パウエル街に沿って建てられているフィールドハウスと呼ばれる建造物を廃棄し、ジャクソン街側に新たに建設することになっている。これにより、現在公園東部の中央マウンド周辺の桜が7本伐採される予定だ。伐採予定の木のうち5本以上が、1977年に一世によって植えられた記念樹とみられている。この公園整備計画は、3月10日、バンクーバー市議会の承認を得た。工事の着工は未定だが、このままでは、記念桜は計画の犠牲となってしまう。
事態を重く見た隣組は、4月26日、緊急のコミュニティ・フォーラムを開催し、日系コミュニティをはじめ、広く一般市民に状況を知ってもらい、対策を検討することとした。このフォーラムには、30人以上の人々が参加。3時間以上もの長時間にわたり、熱心な情報交換や討議が行われた。
基調報告に立った山城猛夫氏は、パウエル・グラウンドの日本桜の歴史的な重要性を述べ、それらの桜を現在の場所に残すことの意義を強調した。また、隣組理事であるディレック・イワナカ氏は、三世の立場から「桜は、過去の顕彰のためばかりでなく、未来の日系人のために植えられたもの」であると述べ、寿命が来る前の桜を切り倒すことは、日系人の祖先への侮辱であるばかりでなく、未来をもおろそかにするものだと訴えた。イワナカ氏の祖父、モトイ・イワナカ氏は、植樹に参加した一世の一人だけに、桜への思いも深いものがあるようだ。
また、桜伐採の原因となるフィールドハウス建設について憂慮を表明したのは、バンクーバー仏教会の信者の一人であるハリー・ミズタ氏。計画によると、フィールドハウスは仏教会のあるジャクソン街に背を向ける形で建てられ、裏側にはトイレが設置される。現在のフィールドハウスのトイレは、しばしば麻薬の取引などに使われていることが知られており、移転によって仏教会周辺の治安が悪化することが懸念されるというのだ。
パウエル街で幼年時代を過ごしたグレース・ニシキハマさんは、桜に象徴されるパウエル街と日系人歴史のゆかりの深さを市公園管理局へ強く訴える必要があると述べ、すでに計画が議会の承認を得ているので、善後策を緊急に立てるべきだと強調した。
コミッティの結成を全員一致で承認
6人のスピーカーによる説明や訴えかけの後、ディスカッションに移り、参加者の中からは事態の緊急性に驚く声が次々と上げられた。フォーラムの終盤近くになって、ニシキハマさんなどから、桜を護るための運動の核となるコミッティの結成が提案され、参加者全員一致で承認。その名称を「遺産桜を守る連合会"Save the Sakura Legacy"」とすることが決定した。隣組や仏教会なども、代表をコミッティに参加させることが約束されたほか、個人での参加者も名乗りを上げた。このコミッティは、今後、どのようにして市当局と交渉していくかを検討し、再び公聴会を開く予定だ。
今回の問題の原因の一つとして、市当局がパウエル・グラウンドの桜の「歴史的意義」に無知であったことがあげられよう。計画がほぼ決定した段階で、当局は山城氏などから事情の聞き取りをした経緯はあるのだが、「一応の形式を踏んだだけ」というきらいはまぬがれない。また、日系人の中にも、この桜の由来を知らない人も多いようだ。参加者の中から、今後は、日系コミュニティばかりでなく、バンクーバーの歴史遺産を保護する「ヘリテージ・コミッション」、バンクーバー市内各地の桜の名所を紹介する「桜フェスティバルの実行委員会」、環境問題について活動している団体、バンクーバー市のイーストサイドで住民運動を続けている団体などにも広く状況を訴えていくべきだとの意見が次々と出され、今後の活動の方向が示された。
記念桜の保全活動に関する問い合わせは隣組(電話604−687−2172)へ。
パウエル公園の一世記念樹遺産桜を守る連合会次回ミーティング 日時:5月10日(土)2時 場所:バンクーバー仏教会 220 Jackson Avenue, Vancouver お問い合わせ:隣組604-687-2172又は604-255-0159 |
(取材 宮田麻未、写真 神尾明朗)