SPECIAL 2008

2008年4月10日 第15号 掲載


  ラジオ日本「JAPAN NOW」のパーソナリティ
ゼンさんに聞く


雄大な自然のなかに咲くワイルドローズ
※ゼンさんのフォトギャラリー2007を紹介


ロッキーで山の息吹を胸いっぱいにいただいて(モレーン湖)

「大自然の残りカス探訪の旅」 
仲間とヨットでデソレイション・サウンドへ



 当地の日本語放送・ラジオ日本(CHMB AM1320/毎週日曜日午前9時〜11時)が発信する「今どきの日本事情」、それが「ジャパン・ナウ」のコーナーだ。ひげタムさんこと田村富士夫さんの司会のもと、ご隠居・ゼンさんが政治経済から老後の暮らし方、マンガに見る日本の可能性まで幅広く語る。現在、同放送はインターネットに乗って、世界中どこででも聞ける環境となり、ゼンさんの「とげのある語り」には日本でもファンが現れ、彼らはラジオ日本の強力なサポーターともなっている。当初は「2、 3回の出演で」と受けた話だそうだが、今やなくてはならないゼンさんの語り。その独自の視点はどのように生まれたのか?日本はどうあるべきなのか?ゼンさん節・紙上公開の始まり始まり!

―放送では週1回1時間近く語るわけですが、準備はどのようにされていますか?
 情報源は、主として日本の新聞やね。でも新聞を完全に信用しているわけではないよ。

 日本の新聞を買おうと思ったら、高いから、もっぱらインターネットで。いろんな新聞を見比べられるのがメリットやね。家にはいろんな友人がよく来るし、日本に住む友人とのEメールのやり取りも多い。インターネットだけでは実態がつかみにくいから、そうしたギャップを友人たちの情報からつかんでいるよ。

―先日はマンガを取り上げていましたね。
 こちらの大学でマンガを教えている白人の准教授がいてね。その人は日本にもしばらくいたことがあって、日本語も大変うまい。現代文学とか歌舞伎だとか文楽とかを日本文化の代表みたいに言うことがあるね。でも実際にそれらがそれほど、日本人の大多数に大きい影響を持っているとは思えない。そうなると、マンガ・アニメーションやないかね。日本人に対してだけではなく、外国人にも大きい影響を与えている。なぜそうなのか?これは大きいテーマだろうと思う。なぜ影響を与えるのか、それが将来どんなことになっていくのか…。彼女と話していると大変面白いよ。

―放送でゼンさんは、日本のマンガのレベルの高さが日本の明るい展望につながるという主旨のことを言われていましたが、そのつながりが私にはわからなかったのですが…。
 僕はそこに若い人たちの高度な文化、高度な知性があると思う。日本が変わるための受け皿はできているよと。

―そもそも日本のどんなところが問題だと思われていますか?
 例えば銀行に行ったとして、日本とカナダではどう違うかな。カナダの銀行の窓口は一人でいろんなことをこなすから、預金だろうが振込だろうが、だいたい一人の担当者の応対で事が済む。でも日本だったら、この業務はこちらへ、これは別の担当者へ、込み入ったことだったら、後ろにいる上司が出てきて、それでも済まなかったら奥にいる上役が対応する。もし今の若い人が銀行作ったら、今の3分の1か5分の1の人員で作れるよ。日本には無駄が多すぎる。

 コンビニだってそう。会社によっては、弁当は、1日に3回も入れ替える。そのとき残っている弁当は捨ててしまうよね。搬入時間はきっちり守らないといけないことになっているけど、日本の交通事情を考えると、これは難しい話だ。炎天下に外で待ったりもする。だから防腐剤もたっぷり必要になる。でも今はそんなことやってる時代と違うよ。

 包装にしたって、きれいなものを作った方がよく売れるからとふんだんに過剰包装している。賞味期限も一日過ぎたら捨てて。シンプルにすべき時代に複雑でやっていくとはとんでもない間違い。そんな時代はとうに終わっている。根本的な取り組みが必要じゃないかな?。

 日本で起こっていることは末期症状。一見うまく行っているように見える部分も、財政の支えで出来ていることが多い。その財政たるや、全くの破滅状態だと思う。早く手を打たないと、立て直すときに使えるお金がなくなってしまう。だから今の日本を作っている人たちには、さっさと新生日本社会にバトンタッチしてくれと言いたいね。まあここの放送で言っていても、ごまめの歯ぎしりみたいなもんやけどね。

 もう何十年も前やけど、銀行員時代にね、八百屋のおばちゃんに聞かれたんよ。「GDPが上がったら私の生活は良くなるんか?あんたはどう思う?」ってね。「どうつながっているのかわからへん」と。僕は「つなぎ目なんてないんちゃう」って言ったんだろうと思うけど、あの時どう答えたのかな。いまだに気になっている。 日本の政治を動かしている人たちは「GDPが上がったらいいに決まっている」という前提でやっているよね。ほんとにそうだろうか?

 それに、今の官僚の偉い人は積極性をなくしてしまっている。もっと、思い切った勇気と決断がないと、どうにもならないのではないだろうか?僕自身は今の日本をひっくり返そうなどという気持ちはさらさらない。そんなことをしなくっても、今の日本は自滅するだろうと思う。しかし早く自滅してくれないとお金がなくなってしまうよ、と言いたいね。

―今の自分の考え方に大きな影響を与えた本や人物、出来事などはありますか?
 そういうことで言えば、ひとつ話がある。僕は戦争が終わって世間が大混乱しているなかで馬鹿みたいに落ち込んだことがあった。ぼろいバスだったけど、観光バスに乗って観光旅行をした時、ガイドさんが「左手を見てください」と言ったわけや。僕は一生懸命左手を見ていた。手相か何かが始まるんじゃないかと思ったわけよ。そしたら周りのみんなから大笑いされてね。皆は窓の外を見ていた。ショックだったことは、それと似たようなことが何度も起こってたわけ。自分が一人前に周りと同じように物を受け止められないことがショックで、それから強力などもりになった。

 それから何十年か経って、自分で実際に周囲の物を見て考えていることは、新聞やテレビに出てくることと非常にギャップがあるとわかった。これは左手を見ることと共通するし、逆に左手の方が正しいと思うようになって自信を取り戻したね。左手を見ろと言われたら窓の外を見てないで、左手を見るものだよ。そういえば当時、僕と同じようにどもりになった子と運動場の隅っこで一緒にいじいじしていたんだけど、ある時、突然テレビの画面に彼が出て来て驚いたね。彼はベトナム戦争時にNHKの外報記者として仕事をしていた。まあそんなわけで、僕はいまだにオープンなところで話すのは嫌だね。もちろん、ラジオも含めて・・・。

―ほかにも大きな影響を与えたことはありますか?
 戦争中、祖父母の住む田舎に疎開してたんやけど、その時代はテレビもないし、ラジオや電話も部落に1台か2台だけ。情報がなかったよね。そういうところで食べるものもないから近くの川で魚を捕る。捕るための網を作る。網を作るための絹糸をよっていく。野原でぼーっとする。そんな生活してたね。だから都会に住む気はまったくない。今も毎年街を抜け出して「大自然の残りカス探訪の旅」に行ってるよ。

 大きい影響を受けた本を一冊だけ挙げろと言われたら、若い時代にはロマンロランの『ジャン・クリストフ』。年いってからでは、ポーラ・アンダーウッドの『一万年の旅路(The Walking People)』かな?

―文学少年だったんですね。
 まあー、そやね。

―ではその後も文科系に?
 いや、そんな風にスッキリは行ってないね。仕事も転々としてきたよ。

―銀行員もされていたと放送で語っていましたよね。
 銀行員は、珍しく10年やったね。ビジネスコンサルタントは30年。銀行に入った時、支店長が「これからはまったく新しい構想でやっていくんだ。 新人の意見が大切だ。どんどん新しい意見を出してくれ」というので、会議で「残業が多すぎます」って言ったら、「そんなこと言ってたら出世せんぞ!」とか言われてね。

―左手を見ろと言われてもそのまま見てはいけない社会だったと。
 しかしあらゆるものはシンプルな方に向かないといけないよね。言葉遣いにしてもそう。日本では敬語をたくさん使って複雑なほど丁寧だと思ってる。電化製品だって日本のものはあまりに多くの機能を付けすぎる。結果、どんどん複雑になる。

―複雑な文化であることのメリットはないですか?
 責任の所在をあいまいにするメリットはある。会議での物事の決め方なんて極めてあいまいだね。ここの中国書店に『曖昧的日本人』っていう本があった。言い得て妙だね。

 *   *   *

 きっとゼンさんは、放送の際も今回の取材時と同じようにリラックスした気持ちで語られているのだろう。鋭く本質を突く話の内容にもかかわらず、そのゆったりした語り方ゆえに話にトゲが感じられないのである。そんなゼンさんの語りが聞けるラジオ日本の放送はウェブサイト www.czoom.netから。

 

(取材 平野香利、写真提供 ゼンさん)