SPECIAL 2008
2008年3月13日 第11号 掲載
![]() 「国境、宗教を越え世界中の多くの場所で喜ばれる、そんな写真を1枚残したいと思いながら毎日撮影しています」と語る斉藤光一さん |
![]() カモメーダウンタウンを背景に (07年新報新年号に表紙に掲載) |
![]() オカナガンレイクの水辺にて |
![]() ほっぺたのやわらかな感触が伝わってくる |
![]() ロマンティックな情景にすがすがしさが加わって |
コーヒーを手にカフェでひと息。目にした人物の服装はブラウン。彼なら背景に明るめの色をもってきて、光の入るこの角度から構えて…いつ何を見てもつねに頭ではシャッターを切っている写真家・斉藤光一さん。
活動は映画のスチール写真の撮影からウェディングの撮影までと幅広い。撮影から帰れば、画像の調整といった仕上げの仕事が待っている。目下、写真漬けの日々を送る斉藤さんだが、もともとはアウトドア派で「天気の良い日に暗室にこもる写真好き」とは正反対のタイプだったという。
そんな斉藤さんがなぜ写真家になったのか。その答えはバンクーバーにある。
そもそもカナダには、1988年ワーホリメーカーとして足を踏み入れたのが最初のこと。まだスノーボードが一般に広がる前だったが、バンクーバーのアパートに転がりこんできた日本人青年(現在、雑誌『クーリエ・ジャポン』編集長を務める古賀義章さん)が斉藤さんにスノーボードの世界を見せてくれた。通い詰めたグラウスマウンテンのスキー場でスノーボーダーは彼ら2、3人のみ。目立つ一方、肩身の狭い思いもしたという。郷里・長野に帰ってからはスノーボード店の経営や技術の指導が仕事になった。そこで出会ったカナダ人女性と結婚。お嬢さんの幼稚園入園を機会に家族でカナダへ渡った。
カナダでの自分自身のアイデンティティを求めていた斉藤さんの心をぐっと捕らえたのが、イングリッシュベイに沈む夕日だった。海のない長野で育った身に、それは鮮烈な映像として刻まれた。
「こんな綺麗な風景を写真に残したい」
独学しながらバンクーバーの街を歩きシャッターを切った。あるコンテストに出品し、優秀賞を受賞。その特典として、ニューヨークで奨学生として写真を学ぶ機会を得られたことは、背中を後押しする経験だった。
オリジナリティを追求する過程で、2枚の写真を重ねるなど、独自の画像加工を施した、自称「グラフィック・フォト」の作品を次々に生みだした斉藤さん。そのなかでも遊び心から発した「カクタス・バンクーバー」は、バンクーバー・ダウンタンの高層ビルディングをサボテンに見立てて画像を加工。とてもユーモラスな作品で、そこからは「理屈抜きで楽しんでもらいたい」という思いがほとばしっている。
グラフィックアートから写真へ
郷里の長野県・上田市の情報ライブラリーには、地元の教育委員会を通じて得た、市内の子供約千人の写真をコンピューターに取り込んで作った作品「上田城タペストリー」が飾られている。これは遠目には桜が満開の上田城と見えるが、近くで見ると一人一人の顔が見えるという趣向の作品だ。また、当地では平野弥生さんのパフォーミングの背景を飾る大きな作品も手がけてきた。全体としてこれまでグラフィックの色合いの濃い作品が多かった斉藤さんだが、最近の写真は直球ストレートを思わせる。
「一発で決めて手を加えない写真に戻しています。今後、逆にアートに戻ったときに、面白いのができるんじゃないかなと思っています」と自身への期待を込めて斉藤さんは語る。
「風景は止まっていたから私が行けばよかった。でも人物には受身でなく、ピッチャーのように攻めていかないと」
「最初、人物撮影は苦手でした。人と向き合うのが恥ずかしかったのです。しかし撮影するうちに、いい表情を引き出すのは私しかいないんじゃないかと気付きました」 そして自分自身も撮影を楽しもうと対象に積極的にアプローチするうち、生き生きした写真が生まれ、毎回新鮮な喜びを得るようになった。「こんなこと自分にはできないと思っていましたから、新しい発見です。やっと今からがスタートですね」
自分らしさを出せたら
ウェディングの撮影でも斉藤さんのアプローチが生きている。「みんな緊張して固まっているので、『ほらカナダじゃん!』って言ってタキシードのまま元気よく跳ねてもらう。すると澄ました表情じゃないものが撮れるんです。指輪交換など普通のシーンを撮りながらも、お二人らしさがどこかに出せないかなと常に考えています」
写真で軌跡を残す手伝いを
当地の写真学校に通いながらも壁にぶつかり、「もう写真を止めたい」とまで思っていた学生に、斉藤さんは一緒に街を歩いて、撮影の手ほどきをした。その学生が地元に帰ってから「私、個展を開きました」とメールをくれた。その学生にどれほどの自信と喜びがあったかは想像に難くない。
斉藤さんの仕事では、日本から来ているワーホリの若者を撮影する場面も多い。「英語の壁にぶつかってもがいている彼らを見ていると、かつての自分とオーバーラップしてくる」という。そんな彼らを意識して、最近始めたのは撮影技術を指導するセミプライベートのチューター業だ。
「ちょっとしたアドバイスをするだけで写真は必ず良くなります。私は独学で遠回りをしましたが、カナダ滞在の一ページを自分の写真で残すことに少しでもお役に立てればと始めました」
自分が一生のなかで残す写真は数知れない。その一枚一枚が確かな技術に支えられた作品となれば、それは大きな違いだ。
それぞれの人が感じるままに
銀座コダック・フォトサロンを始め、方々で個展を開いた経験をもつ斉藤さん。自分が感動を受けた情景の前に、人が立ち止まる。「たった0.1秒のシーンに、その人が1分以上立ち止まったら勝ちだと思う。思わず心の中でガッツポーズをしてしまいます。その人にとってその映像がどんな意味をもっているかはわからない。イングリッシュベイに沈む夕日の写真を見て、ある人は郷里の日本海の夕日を思っているのかも知れない。ある人は家族と別れたときの夕日だったのかもしれない。そこに私はいない。
それぞれの人がそれぞれに感じてくれたらいいわけです。自分の写真の前で涙している人がいると、あの時シャッターを押していてよかったと思います」
世界のどこかで喜びの種となるような写真を
オフの話のなかで聞かせてくれたお気に入りの映画は「バベル」。役所広司扮する日本人男性が所有していたたった一丁のライフル銃が地球の裏側で思わぬ事件を引き起こし、それが社会に波紋を投げかけ、さまざまな形で人々に影響を与えるストーリーになっている。この映画でのライフルは惨事を起こすが、これとは逆に、「自分の写真が国境、宗教を越え世界中の多くの場所で喜びをもたらすことができたら…」。斉藤さんの願いはここにある。
記者が向き合って話を聞いていると、斉藤さんの見ている先には何かがある気にさせられる。それはこの世界に胸躍らせるものがまだまだたくさんあり、そこへの扉を開けて見てやろうとワクワクしている感じなのだ。
「やりたいこと、撮りたいものがたくさんある。ようやくその方向が見え始めたところ」と語る鋭い眼にこれから映るものは何なのだろう。それを見せてくれるのが写真の良さだ。
(取材 平野香利、写真提供 斉藤光一さん)
| フォトグラファー・斉藤光一(さいとうこういち)さん |
各種メディアの商業写真、ウェディングや個人向けの撮影など幅広い撮影活動を行う。 |