MAPLE 2008

2008年1月24日 第4号 掲載
 
マナのパワーに護られた静かな楽園へのんびり旅
ハワイ島ワイピオ渓谷のミュール・ワゴン・ツアー


 高層ホテルが建ち並ぶホノルルからハワイ島へ飛ぶと、海から吹いてくる風の『肌触り』が全く違うことにすぐ気がつきました。さらにコナ空港から北へ向かうにつれ、その風に不思議な香りさえ加わってくるようでした。ホノカから240号線に入り、うねうねと続いていた道が突然終わると、目の前に断崖と海が広がっていました。「王の谷」と呼ばれるワイピオ渓谷です。呼吸をするのを一瞬忘れてしまうほど強い感動で胸の奥が揺さぶられました。ここには何か特別な『気』を含んだ風が吹いているようです。ハワイの人々がいう『マナ』(霊力)なのでしょうか?


展望台からワイピオ渓谷を見渡す

 ハワイ島は、島全体がボォルテックス(宇宙と大地のエネルギーの渦)に包まれているのだとよく言われます。その中でも特に神聖な場所とされているのが、島の北部に続くいくつもの深い渓谷です。ここはハワイ人の神話の古里であり、カメハメハ大王を生んだハワイ王朝の首都だったこともある場所。切り立った崖の洞窟には歴代の王たちが埋葬されており、それを今もマナが護っているのだそうです。ワイピオ渓谷を見下ろす展望台に立つと、そんな伝承を素直に受け入れる気持ちになりました。神々が海から立ち上がったような600メートルの断崖。その下に広がるワイピオ渓谷は深い緑に覆われています。展望台から見えるのは、渓谷のほんの入り口だけですが、溶岩が波に細かく砕かれて堆積した黒い砂浜に、真っ白な波がレースの飾りのように打ち寄せているのが印象的でした。

 

傾斜度25%の細道を四駆で下る


 ワイピオ渓谷の入り口にあたる展望台は、ワイピオからさらに北にあるワイマヌ渓谷へ続くトレールの出発点でもあります。深い谷に降り、渓谷を横切り、絶壁を登って次の渓谷へ行くこのトレールは、所要時間片道約7時間。ワイマヌ渓谷でキャンプをして2日がかりのコースですが、「地上の楽園を目指すトレール」として世界のハイカーのあこがれです。

 今回は自分の足でワイピオ渓谷を歩くことはできませんでしたが、四駆のジープで崖を下り、ワイピオ渓谷の奥にある小さな集落でミュール(馬とロバの混血)の引く馬車に乗りかえて谷間を巡るツアーに参加してみました。展望台近くの駐車場から谷底へは舗装された道があるのですが、住民以外の一般車は立ち入りができないことになっています。坂の傾斜は25%を越えるし、うねうねとカーブが多く、四輪駆動の車でも、まるでジェットコースターに乗っているようにスリリング。

このスリルもツアーの魅力の一つなのでしょうが、私は下りだけでも歩いてみたかったと思います。静かな谷間の雰囲気を味わいながらゆっくりと深い谷間に下りていく方が、ワイピオ渓谷のマナのパワーを体感できるような気がするからです。小さな弟を連れた小学生ぐらいの少女がのんびりと坂道を歩いているのがうらやましく思えました。もちろん、帰りの登りは自動車に乗せてもらうのはありがたかったのですが…。

 


谷間の奥にはタロイモ畑が広がっていた




津波で太古の楽園にもどった?!


 ハワイの伝承によれば、ワイピオ渓谷を中心とした島の北部はハワイ島で最初に人々が住み始めたところで、最盛期には数万人もの人々が実り豊かな土地に暮らしていたのだそうです。1828年にワイピオに初めてやって来た宣教師、ウィリアム・エリスは渓谷に住む人の数を1300人ぐらいと推測しています。その後、ここにはさまざまな国からやってきた移民が定住するようになり、教会や学校からホテル、刑務所まであるコミュニティーが谷間の奥まで広がっていきました。

 しかし、1946年にハワイ島を襲った巨大な津波が、渓谷の入り口の海辺から10キロほど奥の谷間まで到達し、ワイピオの村は根こそぎ破壊されてしまいました。その当時の建物で現在も残されているのは、コンクリートでできた教会の階段だけです。


大津波に流されずに残った階段



この谷に眠る王たちは、渓谷が『近代化』されることを喜ばなかったのでしょうか?ところが、それほど大規模な津波でも谷間に住む人々の中で死んだ人は一人もいなかったそうです。「この谷間は特別。マナに護られているからね」とハワイの人々は言います。この津波の影響で、現在もワイピオ渓谷の谷底には広い湿地帯が続いています。ここの土地は、カメハメハ王朝の資産を受け継いだビショップ財団が所有しているのですが、津波後は、ハワイの伝統的な暮らしや文化にかかわる人にのみ土地を貸すという方針をたてているそうです。そのため、現在70人ほどいる住民の多くは、ハワイの食文化や習俗に重要な役割を果たしているタロイモの生産に携わっています。

 谷底を覆う緑は濃く、ハイビスカスなどの鮮やかな花があちこちに咲き、住む人の少なくなった谷底は太古の楽園に戻ったような、ぬくもりのある静けさに満ちています。すれ違う人はみな穏やかそうで、片手をあげて「アロハ」の指サインを出してくれました。



ミュール馬車はガタガタ揺れて


 谷底に着くと、はるか遠くにヒイラウェの滝が見えてきました。普段この滝は干上がっていて、雨季(1月〜6月)にならないと水が流れ落ちてこないそうです。私が訪れた時は、まだ雨季に入っていませんでしたが、前日にかなり雨が降ったおかげで、この幻想的な滝に出会うことができました。ヒイラウェ滝は300メートルほどの高さから、ほぼ垂直に流れ落ちています。聖なる楽園にふさわしい清冽な雰囲気が感じられ、滝つぼに近いあたりからうっすらと霧が立ち登っているように見えるのも印象的です。


冬にしか水が流れ落ちないヒイラウェの滝



 この滝の近くで、ミュールが引く馬車に乗り換えることになります。この馬車は、乗り心地は決して良くありませんが、のんびりと進むミュールの歩みのリズムが楽しく、心がはずみます。ガイドさんは、手綱をあやつりながら時折周囲の花や木の葉をつみ、馬車の中にいる私たちに回してくれます。オレンジや野性のライム、ノニ、マホガニーの木など、ワイピオの自然にさりげなく出会わせてくれているのです。野性の馬も姿を現してくれました。


野生の馬も姿を現した



 馬車は小さなせせらぎをいくつも渡っていきます。ワイピオとは「曲がりくねった水」という意味だとガイドさんが教えてくれました。昨夜の雨で、かなり深くなっている川もあって、ハイスクールの子供たちが水遊び(水量の調査だと言っていたが、遊んでいるとしか見えなかった…)をしていました。おかげで馬車は、なかなか前に進めません。そんなのん気さも『楽園』らしくて悪くありませんでした。


馬で谷間をめぐるツアーもある

 ハワイの観光というと、海岸での日光浴やサーフィン、ショッピングなどというのが定番ですが、豊かな自然と共存してきた文化や歴史の深みにもぜひ触れてみたいものです。ワイピオ渓谷には、マナのスピリットが充ち満ちて、森林浴の癒し効果もたっぷり期待できそうです。

 


ミュールツアーの情報はwww.waipiovalleywagontours.com

 

 

 

(取材 宮田麻未 写真 神尾明朗)