はじまりは10歳の夏
「大きくなったら何になりたい?」「お医者さん!」「お花屋さん!」「パイロット!」…小さいころに抱いていた夢をずっと追い続け、実現できた人がどれだけいるだろう。
野球大好き少年であった藤江さんが甲子園へ高校野球を見に行き、心を激しく奪われたのは野球球児たちの姿ではなく、その球児たちの試合の撮影をしていたカメラマンたちの姿であった。超望遠レンズの迫力、フィルムを巻き上げるカシャーンカシャーンカシャーンという金属音。それを間近で見、聞いた藤江さんは驚き、興奮し、そしてカメラマンになろうと決心をする。
藤江さん、10歳の夏のことである。
大きなターニングポイント、21歳の冬の慰安旅行−カナダへの道
中学では写真部に入り、高校は関西で唯一写真科のある高校に進学、卒業後すぐに写真スタジオに就職してカメラマンとしての道を順調に歩み始めたように見えたのだが、藤江さんは失速する。10歳のころからの目標であったカメラマンになる、ということを達成してしまったところで、目標、目的、やる気をなくしてしまったのだ。自分が何を撮りたいのか見つけられないまま、1年後にスタジオを辞め、長年憧れ続けた写真業界から離れてしまう。好きなスキーにあけくれ、貯金を使いはたした藤江さんを知人が見かねてスポーツクラブのアルバイトを紹介してくれた。そこから無理やり連れて行かれたアメリカ西海岸への社員慰安旅行。その旅がきっかけで、北米に魅せられ、長年探していた「撮りたいもの」を見つけ、カメラマンとしての復帰、そして、カナダへの移住と、藤江さんの人生が大きく変わっていくことになる。
撮影をして写真という形に仕上げていく作業そのものが好き
内容や仕上がりを優先しない仕事の依頼は断る。自分で撮影して、写真を選び、1点ずつ丁寧に時間をかけてデータを作って、ちゃんとした形で納品する仕事でなければやりたくない、というこだわりがあるからだ。
「私の所は決して安くもないですし、早くもないです。その代わり、とことんこだわって一点ずつ丁寧に作り込んでいくような仕事のスタンスをとっております。誰にでも手軽に写真が撮れる今だからこそ、そういうこだわりの写真にもぜひ一度触れて頂きたいと願っております」
社名に自分の名前を入れたのは、仕事に対する自信と責任のつもり。手抜きを決して許さない姿勢があらわれる。
「最初にカメラマンに憧れ、写真のおもしろさにはまり、その後にさまざまな被写体ごとの楽しさや難しさを知り、ますます写真にはまっていったので、撮影しデータを加工・制作する作業そのものが楽しいのです。そういう意味では、文章を書いたり、絵を描いたり、デッキを作ったり…何かを作っていく作業自体が好きですね」
現在、藤江さんはアイカス日系テレビと一緒に「キッズフォト&ビデオパーティー」という新しい企画を立ち上げている。「小さな子供たちの可愛い自然な姿をいつまでもきれいに残しておきたい」というお父さん、お母さんたちのために、藤江さんが楽しい雰囲気の中で撮影をするという企画で、第1回が4月6日に行われた。写真館で撮るような堅苦しい写真ではなく、子供たちの自然な表情を切り取り、写真にしていく。この企画は定期的に開催する予定で、藤江さんのホームページに詳しい情報が載っている。
藤江さんのホームページは、写真はもちろん、この紙面では紹介しきれなかったプロフィールのページ、現在や過去の仕事の内容紹介、そしてフォトブログなど盛りだくさん。すばらしい写真や文章を通して藤江ワールドに触れていただきたい。
(取材 瓜生真衣)

新しい企画、「キッズフォト&ßビデオパーティー」にて
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