SPECIAL 2007
2007年12月19日 第51号 掲載
![]() ブラジルでのソニーの駐在員時代、同僚と(右から2人目) |
![]() 日系ブラジル人の奥様とはブラジルで出会った |
![]() ブラジルでのソニーの駐在員時代、同僚と |
![]() 取材中にもSOSの電話が |
柔和な笑顔に活気に満ちた声。話しているだけで、自然と相手を元気にさせるパワーを持っている竹内辰彦さん。パソコン110番として私たち日本人にお馴染みの『ジャパンPCリペアサービス』のオーナーである。5年前までブラジルで駐在員として勤務していた竹内さんが、なぜ、このバンクーバーに住み、今の会社を始めようと思ったのか、そのいきさつをたどってみたい。
時代を読む
もともとは東京・品川のソニー本社に勤務し、1980年から2002年までの22年間、ブラジルに駐在していた竹内さん。1995年からは、ブラジル放送業務用機器のサービスエンジニアリングのグループを統括指揮し、放送局関係の機材修理をはじめ、局のエンジニア向けソニー放送機器のサービストレーニングなどを行っていた。放送局で働きながら、竹内さんが興味を持ったものは、テレビでもなく、ラジオでもなかった。
「趣味でコンピュータを作ったり、壊したりしていました。100〜200台近く一人で作りましたが、コンピュータに関することはすべてブラジルにいたとき独学で覚えました」。
当時はテレビが主流。テレビの修理のプロでありながら、「将来はコンピュータの時代がやってくる」と20年以上前から予測していた竹内さん。まさに時代を読む先見性に優れていたのだろう。
知らぬ間にスペシャリストに
1996年にソニーはVIOを市場に出し、社内では放送機器サービスエンジニアリングの担当責任者を務めつつ、VIOの修理も手がけていた。そのころから周りの人に頼まれ、日本人に向けてのパソコンサポートも始める。中でも壊れたパソコンからデータを救出して、CDRにコピーするサービスは、日本人の間で大変好評を得ていたらしい。
「知らぬ間にこの道のスペシャリストになっていました。それが本職じゃなかったんですけど(笑)」
気がつけばブラジルで日本のパソコンが直せる唯一の日本人として頼りにされていた竹内さん。エンジニアはたくさんいても、誰も日本のパソコンを修理することはできなかったのだ。
「『コンピュータができる』ということと『コンピュータが直せる』ということは別なんですね。ハードウエアを知らなければできないんです。大学でコンピュータを習っただけで、学校で教わったことをすぐに実践しようとしてもなかなかうまくいきません。何よりも経験が大事です。また、カナダ人が日本語のコンピュータを直そうとして、逆に壊したりすることもあります。英語で動いても、日本語で動かないこともあるわけです」
ブラジルからバンクーバーへ
日本人のみならず、ひいてはブラジル大統領やジーコ監督からも修理の声がかかるまでになっていく。そんなふうに、自分のポジションを自然に確立していった竹内さんが、慣れ親しんだブラジルを去り、バンクーバーに移住を考えたのは・・・。
「食べ物も気候もいいブラジルに永住することも考えたんです。だけど、どうしても治安の悪さだけが気になりました。ピストルをこめかみに当てられたことが3回もあり、『絶対にこんなところにいたらいつか殺される』と本気で思いました。子供たちを動物園に連れて行き、ガラスの破片で脅され、8ミリカメラや時計を盗られたこともありました。それから車を運転していて赤信号で止まっているときが一番怖いんです。前と後ろからはさみうちにされたりしますから、必ず先頭で止まるようにしていました。警察なんか泥棒以上に怖いですよ。裏の組織とグルになってますから」
その後、3人の息子さんたちの英語教育のために選んだバンクーバーの地を訪れ、その住みやすさに驚いた。最初は息子さんたちだけが留学する予定だったところを家族全員で移住しようと決意する。2002年12月末、ソニーを早期退職し、2003年1月よりバンクーバーに家族で移住。投資移民として、4年前にバーナビーに家を買った。
「安心して生活でき、子供たちもすくすくと成長し、バンクーバーに来て本当に正解でした。ブラジルにいたころは常に何が起きるかわからない状況でしたので、バンクーバーに来て治安がいいのが一番うれしいですね」
人生は一度きり。
大事にしないと
ブラジルでの経験を生かし、2004年10月に設立した会社も、始めて3年目にもかかわらず、お客さんは早くもひっきりなしの状態。取材中にも、「パソコンが動かず困った」という電話が入る。多い日にはそんな電話が10件もあると言う。
実は記者が竹内さんと会ったのも、もともと取材としてではなく、インターネットがつながらずに出張サービスで来てもらったことが始まり。そのときの誠実で丁寧な対応に心から感動したのだ。その前にも電話で2回ほどアドバイスをもらい、窮地を救ってもらったことがある。
「いろんなケースがあって、電話で直っちゃうことも多いんです。それはそれで役に立っているのでいいんです。お客さんからSOSの電話が入ると、『今度はどんなトラブルだろう?他人が直せないものはどんなものなんだろう?』と逆に興味が湧くんです。仕事というより趣味、仕事の領域の趣味といったところですね」そう言ってからりと笑う竹内さんに、人生を楽しく生きるコツを最後に訊いてみた。
「人生って1回しかない。何をやってもいい。大事にしないともったいない。チャンスをものにしなさい。人と同じことをやっててもダメ。先を読むことが大切ですね。自分に起こることすべてをポジティブに考え、いろんなことが自分にとっていい勉強だと思うことでしょうか」
自分に与えられた力を生かし、他人にも喜んでもらえる。本来仕事とはそうあるべきものなのだろう。竹内さんの人生や仕事に対する姿勢からは学ぶことがたくさんだ。こんな心地よいポジティブオーラ全開の生き方をしたいものだ。
●竹内辰彦さん プロフィール● |
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| JAPAN PC REPAIR SERVICE オーナー。2003年1月よりブラジルからバンクーバーに家族ともども移住。もともとは東京・品川のソニー本社に勤務し、1980年から2002年までブラジルに駐在。1995年からはブラジル放送業務用機器サービスエンジニアリングのグループを統括指揮し、2002年12月末、ソニー本社、ソニーブラジルを退職。その後バンクーバーに移住し、”パソコン110番”ジャパンPCリペアサービスを2004年10月に設立。 | ![]() |
■JAPAN PC REPAIR SERVICE (ジャパンPCリペアサービス) 業務内容:パソコン修理、出張パソコンサポート、カスタムメイドのパソコン販売、各種パソコンのパーツ販売 住所:903 GILMORE AVENUE BURNABY 電話:604-999-6528 Mail:info@japanpcrepair.ca Web:www.japanpcrepair.ca |
(取材 西澤律子)