SPECIAL 2007
2007年9月20日 第38号 掲載
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去る7月6日に、古稀を迎えた作家の桐島洋子さん。毎年、1年の約5分の1を過ごすバンクーバーでの生活も、もうすぐ20年。そんな桐島さんに、これまでの人生を振り返ってのあんなことやこんなこと、そしてこれからの人生展開をざっくばらんに語ってもらった。軽快な語り口から飛び出す言葉の数々は、聞けば聞くほど痛快で、そして味わい深い。
それでは今後めくるめくYoko Kirishima Worldへみなさんをお連れいたします!
(先週からの続き)
ここれからどのように70代を過ごしていきたいですか?
例えがおかしいかもしれないけど、私、新幹線や飛行機に乗ることが大好きなんですよ。乗っているだけで進んでるんだから、何もしなくてもそれだけで意味がある。その時間は何をしようと、煮て食おうが焼いて食おうがこっちの勝手。無為に過ごしたっていいわけよ。そういう気楽さってすごく好きなのね。70代というのはそういう気楽さに似ているわね。無為に過ごしたって構わない。だけどそこでさらに何かが出来たらいいわという感じでリラックスできるわね。30代だったら、何かしなくちゃいけない、子供も育てなくちゃいけない、仕事しなきゃいけないとか、いろいろ人生でなすべきことってあるじゃない。それが70代は一応お役ご免になっているわけよ。何かするに越したことないけど、しなきゃしないでそれでいいっていうような。このスタンスはとてもいいですね。だからむしろ、ゆとりを持っていいことができそうな気がします。
生きるのがますますラクになったっていう感じではないですか?
ええ、ラクですね。まぁもうちょっとお金があればいいんだけど(笑)。私、貧乏な上にいろんな人の保証人になって借金の肩代わりするハメになったりしてラクじゃないんです。でも人間って、お金って使い切ればなんとなく出てくるような感じがあるんですよね。あの放浪時代を考えれば、生きていけるだけで御の字だと思っているから。最近日本にもいることがわかって、また仕事も増え出し、まあまあ食べて行くには困りませんけどね。
桐島さんといるとすごいエネルギーを感じるのですが、そのエネルギーはどこから来るのでしょう?
天からいただいているエネルギーの、私はただのパイプだと思ってます。気功ってのはおそらくそういうものなのよ。いかに通りがいいかということね。天のエネルギーなんてその辺に充ち満ちているわけ。それが詰まってる人は出ていかないし、入ってもこない。その点、私はわりと巡りがよくて、パイプが詰まっていないらしいのね。気ってのは人とつきあえばつきあうほど出てくる。だから、なるべく心を開いてわいわい人とつきあった方が気は通りがよくなるみたいね。
バンクーバーと日本での生活、どこが一番違いますか?
バンクーバーではひとりでいてもさびしくない。でも日本にいると窓はあるけど、景色がないでしょ。そうするとひとりでいると本当に隠隠滅滅と気が沈滞していく気がするのね。バンクーバーでは、部屋で景色を見ているだけで元気になるんですよ。
自然というのは第一次情報じゃない。第一次情報に接してるとやっぱり安心なのよね。東京ではど真ん中にいても小さなマンションの部屋に閉じこもっていると、そういう情報から引き離されてなんかすごい疎外感があるんだけれど、バンクーバーはその点第一次情報が渦巻いてるから、宇宙の中心に居るようで疎外感なんてないわね。ここに住んでる人たちは本当に幸せだと思う。おそらく世界でも幸せな人達じゃないでしょうかね。
幸いにいくらお金持ちでも『足るを知らない』人って多いじゃない。もっともっと欲しいというような。その点、バンクーバーに住んでる人って欲がないのよね。最初は、「怠け者ね。アメリカより資源があるのに」っていらいらするくらいなんだけど、だんだん「これが正しい生き方か」と思い始めるわけよ。「ほどほどに暮らせるんだから、なにもそれ以上がんばって資源を浪費しなくったってこのままでいいや」という、その保守性ってすごくいいなと思ってね。いい意味で保守的になっていくみたいね、ここにいると。
ご自分の本でお好きなのは?またオススメなのは?
それぞれ好きなんだけど、処女作『渚と澪と舵』は、人生の放浪をしている真っ最中の瑞々しさ、危うさがあって特に好きですね。それから『淋しいアメリカ人』はあれだけ時間が経ってるのにまだ古びていない、今のアメリカにでも通用するような気がします。『マザーグースと3匹の子豚』はお子さんたちのお母さんにはぜひ読んで欲しい本ですね。
本を書かれる中で大切にしていることは何ですか?
私にとって文章のリズムはとても大切。頭の中でリズミカルに読めないといやなのね。朗読していいような文章しか書けないから、語尾とか随分考えて時間がかかるのよ。読んでいる人は、さらさらっと書いてると思うんだろうけど、実はそうじゃないの。
でもそういうことを評価してくれる人ってこの頃あまりいないわけよ。最近は若者の饒舌調の文体が増えてきたし。私も結構ああいう文章も嫌いではないですね。『渚と澪と舵』も手紙文を使っていたから、わりとそういう今の文体を先取りしたようなところもあるかもしれませんね。若者の文体を結構おもしろいなと思うこともあるんだけど、いつまで持つかな。おそらく旬は短いと思うのね。どんどん変わっていくのは自然なことだろうけど。
確かに最近日本語がどんどん変化していますね。桐島さんにとって日本語とは?
日本語は本当に素晴らしい言葉。私は父も母も子供の頃から東京だし、帰るようなふるさとがないの。だから、私にとってふるさとは日本語なんですよ。ちゃんとした美しい標準語というのが私にとってのふるさとだから、それが乱れているのはふるさとを汚されているようでいやなの。私は言葉遣いに関してはすごく神経質なんですよ。
だから今の日本のテレビなんてのは耳をふさいで目をそむけてます。笑いに制圧されちゃって、全然知性も何もないし。リポーターってのも頭のてっぺんから声出して本当に子供っぽい。ベタベタとアイスクリームが溶けかかったような喋り方をする女が多くってほんとむかつくわ。
その点、バンクーバーに住んでいる日本人の方々が話す日本語はきれいですね。昔からのきちんとした日本語を話す人が多いように思います。言葉というものは生き物だから、いつかは変わってい っちゃうんだろうけど、せめて私が生きている間くらい取り止めたいと思って。それが私の森羅塾の目的のひとつなんです。

自然豊かなジェリコビーチは桐島さんお気に入りの散歩コース
次週に つづく。
(取材 西澤律子)