SPECIAL 2007

2007年9月13日 第37号 掲載


「平和のために何か役に立てれば」
ブリティッシュ・コロンビア大学大学院生 
東大作さん 〜後編〜


東大作さん。バンフ旅行で

 現在ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)大学院博士号課程で、ポリティカル・サイエンス(政治学)を研究している東大作さんが、北米への留学、研究を模索し始めたのは2003年頃。バンクーバーに来た直接の理由は、UBCに留学が決まったことだった。

NHKからUBCへ
 『平和構築』研究の場としてUBCを選んだのには、カナダ大使館の推薦があったこと、UBCにはLiu Institute for Global Issuesという「人間の安全保障」について研究する、カナダで最大の研究機関があることなどが理由だった。さらには、カナダが国連の平和維持活動に世界で最も積極的に参加している国ということもあった。

 UBCで政治学の修士課程を始めたのは2004年9月。「最初は勉強がすごく大変で死にそうだったんですけど」と振り返る。例えば授業を3科目履修したとして、1科目の1クラスで教科書100ページから200ページを読んでおかなければならない。それが3つ。さらに論文も毎週提出。学期末には30枚ほどの論文が3つ。「最初は本当に辛くて、毎日泣きそうだったんですけど。最初の学期を乗り越えられて、2学期以降はやっと慣れた感じですね」

 政治学科の大学院のクラスには、日本人は一人もいなかった。「若い20代後半の人の中に混じって、政治について議論したりすることは大変だったりもします」と笑う。

 そうして必死で勉強した結果、成績はトップクラス。博士号を申請した時も、合格通知と共に奨学金も受け取った。

 本人はここまでを振り返り、「こうして好成績をもらえたというのは、ひとつには内容を公平に評価してくれていたからだと思います。英語のアクセントなどが判断材料とかになっていたら、いい成績はもらえなかったでしょうしね。そういう意味で、人種的偏見がないというところも、ここのいい点です。北米ならどこでもこういう条件で勉強できるというわけではないですからね」

 よい先生にも恵まれた。「教授と生徒という関係を超え、みんな自分のしようと思っていることを応援してくれているんです。UBCを選んでよかったと思っています」

UBCを軸として
 「UBCを選んだことはある意味、運命的だったと思います」。今になって3年前の決断が自分の人生において、重要な意味を持っていたことをこう表現した。その理由は、『平和構築』という研究対象について、UBCが国連と深い繋がりがあることを実感しているからだ。

 『平和構築』という研究対象のため、国連との関係は必要不可欠となる。2005年の夏には、インターンシップで国連に2カ月間勤務した。その当時の国連大使のひとりが、元在バンクーバー日本国総領事の小澤俊朗氏だった。そのため、UBCとの繋がりも深く、国連での活動に協力してくれた。

 国連の平和建設支援事務所 (Peacebuilding Support Office)が2006年に設立された際、この機関の初代トップである国連事務次長補 (UN Assistant Secretary-General) に、UBC出身のキャロリン・マクアスキー氏が就任した。就任前にUBCを訪れた彼女に会う機会があった。「すばらしい人だと思ったので、話をして是非一緒に研究したいと思いました」

 その時マクアスキー氏はUBCのLiu Instituteの所長に就任する予定だったが、その後、国連の次長補に任命され、大学で一緒に研究をすることはなくなった。しかし、逆にニューヨーク本部で東さんの研究に全面的に協力してくれている。「ニューヨークに通って、国連で彼女にいろいろな人を紹介してもらいました。今年5月には、最終的な企画を練り上げて彼女に提出した所、彼女が自らの推薦状を添付して国連幹部に配布してくれました。おかげでアフガニスタンや東ティモールでの研究活動が近々実現する運びになりました」。さらに、マクアスキー氏は元日本国連大使の大島賢三氏の友人でもあった。こうして、UBCを軸に徐々に人脈が広がっている。

 NHK時代の業績や制作番組なども、もちろんこうした調査研究許可への査定の判断材料にはなっている。しかし、こうした人脈というのは、なんでも一人でやらなくてはならない学生の身としては、大きな助けとなる。

 これらの人々をここまで動かしたのは、やはり平和に対する静かな情熱。「自分みたいに(日本の)仕事を辞めてまで一生こういうこと(平和構築)をやりたいと思っている人は少ないのかも知れません。それで、みんな応援してくれているんだと思います」

平和への変わらぬ情熱
 NHKで制作にたずさわっていた時は『平和への思い』を第3者的視点で視聴者に伝えた。これからは『平和構築』という仕事に直接関わる当事者という立場で『平和への思い』を実現していきたいと考えている。その情熱のかけ方に違いはあるかとの問いに、「やり方は変わっても、意外とそういう意味では同じで、同じ延長線上で仕事をしているなと思うんですよ」と応えた。

 「違いは、NHK時代は3文字で取材ができたということと、伝えられる人間の数が非常に多かったこと。何千万人の単位ですからね。ところが、こっち(研究者の立場として)の場合は、単独だし、伝えられる人の数も少なくなると思うのです。しかし一方で、政策に関係する人とか、実際国連の中で平和維持活動をしている人とか、直接的なインパクトを与えられる可能性が、いい調査をすればありうると思っています。そういう意味では、訴える相手は違うけど、自分の気持ちとしては同じだし、同じ気持ちでやりたいと思っています」

これから
 2006年9月からUBCの博士号課程で研究を続けている。来年以降には、アフガニスタンと東ティモールでの研究調査も決まっている。卒業後についてはまだ何も決まっていないが、『平和構築に関わる仕事』という目標に向け、1歩ずつ前進している。

 NHKを飛び出し、バンクーバーで研究を始めて3年。これが自分にとっていい選択だったかと問うと「それはまだわからないですよね」と応えた。「しかし、後悔したことはないですね」と付け加えた。

 「答えは20年後、30年後にならなければわからないと思います。一応それまでに、なんらかの形で、自分のやりたいテーマについての仕事ができていれば、そんなに後悔しないのではないかと思っています」

 静かな口調と穏やかな表情とは裏腹に、『平和のためになにか役に立てれば』というNHK勤務時代からの熱い思いが言葉の端々にあふれていた。

 1998年10月22日号の週刊文春に掲載された養老孟司氏の『異見あり』のコーナーで東さんの制作番組『我々はなぜ戦争をしたのか』についての感想が掲載されていた。その一文が彼の『平和への情熱』をよく表している。

 『東氏は、「日本人に戦争を回避する知恵を少しでも伝えたい」「日本人もやはり過去の戦争をどう捉えるかについて、根深い問題を近隣諸国との間に抱えている」、だから「この対話から学ぶことは大きい」と述べて、アメリカとベトナムの元戦争指導者を説得したという。その説得が成功して番組ができた』

 これからは、日本人だけでなく世界の人々のために、この情熱が注がれることになるのだろう。


『犯罪被害者の声が聞こえますか』(講談社)

(取材 三島直美)


プロフィール:東大作さん
1969年東京生まれ。1993年NHK入社。2004年7月に退社して、バンクーバーへ。2006年8月UBC政治学修士課程修了。同年9月より博士課程で研究している。2004年に放映された『イラク復興 国連の苦闘』は世界国連記者協会銀賞を受賞。著書に、『我々はなぜ戦争をしたのか・ベトナム戦争敵との対話』(岩波書店)『縛らぬ介護』(葦書房)、『犯罪被害者の声が聞こえますか』(講談社)がある。
ウェブサイト: http://seibundoh.com/より、「東大作『カナダからの便り』」へリンクできる。