SPECIAL 2007

2007年8月9日 第32号 掲載


カナダ日系人の歴史を学んだ海外研修
大きな実りを結ぶ 龍谷総合学園


引率の伊藤辰司先生

横田さんと向井さん、向井さんが持っているのは強制移動の際に使用した鞄

 浄土真宗本願寺派の学校グループとして知られる龍谷総合学園から、伊藤辰司先生(北陸高校)率いる生徒17人のグループが、海外での体験で視野を広めようという目的のもと7月20日から8月9日まで3週間にわたりバンクーバーを訪れた。北米開教区における仏教会とのつながりで始まったこの海外研修は、園内26校のネットワークをつなぐ国際理解教育研修会が毎夏行っている研修で、これまでアルバーター州カルガリー、米国ユタ州でそれぞれ4年、バンクーバーで3年と、合計11回を重ねてきている。そして、12回目となる今回のバンクーバーでの研修は、テーマが『カナダ日系人の歴史』という今までの研修内容とはがらりと趣を異にした意義深い内容となった。

『日系漁師像』との出会い
 リッチモンド市にあるブリタニアシップヤードの海岸線沿いの遊歩道に『日系漁師像』と日本語で書かれた銅像が立っている。昨年、研修も終わりに近づいたある日、伊藤先生が散歩中、この銅像に運命的に巡り会った。「どうしてこんなところに日系人の銅像があるのか?」とショックを受け、「これは勉強しなければならない」という気持ちとともに帰国し、今回の訪問まで1年かけて、カナダ日系人の歴史を生徒とともに学んできた。

5つのキーワード
『工野儀兵衛』
『ジョイ・コガワ』
『本間留吉』
『Gulf of Georgia Cannery』
『和歌山のアメリカ村』


 日系社会を物語るこの5つのキーワードをリサーチする勉強会、さらに『ナオミの道』の読後感想会、『ヒマラヤ杉に降る雪』や『愛と哀しみの旅路』などの映画鑑賞も行ったりして、さまざまな角度から歴史的な考察に取り組んだ。そして、これらに関する英語の表現、そして語学の勉強にも力を入れて、7月20日全員無事バンクーバーに到着した。生徒たちはそれぞれ3週間お世話になるホストファミリーを紹介され、最初の週末をファミリーと過ごした。


ジョイ・コガワ・ハウスの前で記念撮影、後列中央がジョイ・コガワさん

「Britania Heritage Shipynnard」














歴史三昧のスケジュール
 7月23日はオーラル英語、カナダ文化、地理などの授業が行われた後、現地スタッフやホームステイの家族全員でバーベキューパーティが開かれた。研修5日目の24日は、朝8時30分からのおつとめの後、9時から約1時間にわたって横田ケンさんと向井しょう子さんの2人による日系人の歴史に関するプレゼンテーションが英語で行われた。生徒らは、電子辞書を手元におき、伊藤先生の通訳も頼りにしながら、日本で頭に入れてきた内容を辿りつつ、話に耳を傾けていた。

 1877年にカナダに初めて入国した日系人の長野万蔵さんの話から、スティーブストンにおける日系人の差別された暮らしの実態、そして2万1000人の日系人が強制収容された想像を絶する試練の話。その際、わずか許された40パウンドという荷物の量も、実際使った小さな鞄を向井さんが取り出してみせると、机上で学んだ知識もぐっと具体性をもって迫ってきた。

 横田さんも向井さんも収容所時代はまだ小さな子供でほとんど記憶がないという。「戦争が終わっても、自分たちの親も誰も収容所のことは話さなかったのです。長い間、閉ざされた歴史であったわけです。でも今、残された私たちが口を開き、伝えていこうという時代が訪れたんですね」と向井さんは語る。そして「このような熾烈な時代を乗り越えてくれた日系人の土台があって、今のカナダの日系人社会があるということを私たちは忘れてはいけないのです」と柔らかな笑みをもって語ってくれた。

 翌25日生徒たちは授業の前に、本間留吉スクール、ブリタニアシップヤード、ガルフ・オブ・ジョージアキャナリーを訪れ、 日は『ナオミの道』『おばさん(失われた祖国)』で知られるジョイ・コガワさんのコガワ・ハウス、そして当時の収容所に関する展示がみられるバーナビービレッジ博物館などを訪問した。


留吉スクールの体育館で

 滞在期間中には、日系4世の人たちとの交流会ももたれるなど、日本ではできない多くの貴重な体験をすることもできた。伊藤先生は今回の研修にあたって「生徒たちの今後を長い目でみて、開花されていく成長を楽しみにしています」と温かなメッセージを伝えている。   


(取材 佐倉ななみ

岡山龍谷高校1年 露崎翔子
 私はこのプログラムで初めてカナダに来ました。海外へ行くこと自体が初めてで、全てのことが新しく、興味深いことばかりです。

 カナダに来るまでは、言葉が通じないのは怖い、英語は難しいと考えていました。しかし、実際にホームステイをして、日本語が全く通じない中で相手の言っていることが分からず「??!」となることも多くあるけれど、結局は伝えようとする気持ちと、理解しようとする気持ちが大切だということに気がつきました。

 カナダは多くの文化が交錯している国です。アジア系の人達やヨーロッパ系の人達、いろいろな国々の人々が一緒にカナダに住んでいるので違った文化や習慣をお互いに理解していくのはとても大切なことだと私は思います。国や見た目が少し違うというだけで、壁を作っては駄目なのです。しかし、そんな少しの違いで日系の人達が強制収容を強いられたという悲しい過去がカナダにはあります。

 私はカナダに来る前、ジョイ・コガワさん著の「失われた祖国」という本を読みました。ジョイ・コガワさんは日系の人で、戦争中に収容所での生活を強いられました。

 この本は戦争中、強制的に収容所へ連れていかれた日系の人達への差別や収容所での生活などが主人公のナオミを通して描かれています。私はカナダに強制収容所があったなんて知らなかったので、衝撃を受け、そのことを知らなかった自分を恥ずかしく思いました。収容所に連れていかれた人達のほとんどはカナダで生まれ、カナダ人として育ったにもかかわらず日本のスパイになる可能性があるということで、強制収容されたのです。本当におかしいことだと思いました。

 私たちはそのことについて学ぶためにプログラムの一環で実際にジョイ・コガワ・ハウスを見学しました。ジョイ・コガワ・ハウスはコガワさんが収容所に収容されるまで使われていた家で現在は保護され、中では当時の写真やコガワさんの原稿の草案などを見ることができます。私たちは数分間家の中を見学させてもらいました。すると、庭の戸から誰か女の人が入ってきました。小柄な人で、私が誰かなと思っていると、先生が「あの人がジョイ・コガワさんだ」と教えてくださいました。かわいらしくて、気品のある人で、こんな人が強制収容を経験しているなんて信じられませんでした。

 ジョイ・コガワ・ハウスが後生にもこの悲しい過去を伝え、二度と繰り返してはいけないというメッセージをこれからも届けていってくれればいいなと思います。

 しかし、今でも差別というものは残っています。それを無くしていくためにもお互いに理解していくということは大切なことだと私は思います。それは難しいことですが、最初から無理だとあきらめず、自ら伝え理解しなければならないということをカナダに来て学びました。少しの理解が足りなくて過去には悲しい出来事がありましたがそれを2度と繰り返さないためにも、ここで学んだことを大切にしていきたいです。

 カナダに来て多くのことを学ぶことができました。こんな素晴らしい体験をさせてくれた家族や先生やホストファミリーの人達に本当に感謝しています。

 

龍谷富山高校2年 上樂(じょうらく)ひか理
 私は、英語力の向上、カナダの文化や歴史を学びたいと思い、このプログラムに参加しました。個人的には2回目のカナダですが、リッチモンドという日系人の移民が多数いるこの町は私たちにとってとても暮らしやすい場所です。

 休日を除く全日程、私たちはスティーブストン仏教会でカナダの文化、歴史、writing、音楽の授業をうけています。

 その一環として課外学習がありました。

 何度かに分けて行くその学習の中で私が1番印象に残ったのは、Britannia Shipyardです。この建物では、人々が生活していく上で大切なお金(生活に必要不可欠なお金)を稼ぐために、毎日漁業を頑張っていたという様子がよくわかりました。

 頑張って働いても給料は少ししかもらえない、妻子をおいて1人、相棒と共に小さな木でできた手こぎボートで何週間も過ごすという過酷な状況の中でも必死に働いた人々を私はただただ尊敬するだけでした。今でも漁業は危険な仕事ですが、エンジンのついた漁船があり、それなりの給料がもらえるので、当時の人々の漁業の様子や暮らしは想像できないくらい悲惨なものでした。その他にもBritannia Shipyardには漁業で使われる網、ボートなど、多数ありました。

 私たちが今回その当時の漁業の様子や実際に使っていた物を目で見て肌で感じることができたのは、本当に貴重な経験です。このBritannia Shipyardを見学して、たくさんの知識を得たので、日本の高校生を代表して来ている私たちにとって、自分自身の財産でもあるし、日本の高校生にもぜひ知ってもらいたいと思いました。