SPECIAL 2007
2007年4月5日 第14号 掲載
![]() 松井茂記教授 |
日本では国会で憲法改正の手続きを決める法案『国民投票法案』が憲法調査特別委員会で採決されようとする大詰めの4月12日、太平洋のこちら側、バンクーバーでも『憲法の改正は本当に必要か』と題し、ブリティッシュ・コロンビア大学法学部松井茂記教授による、憲法改正についての講演が行われた。
日本で今年最も注目されているこのテーマに、訪れた人々は熱心に聞き入り、講演後、改憲に関する質問が途切れることがなかった。
ここにその内容を要約して紹介する。
「憲法の改正は本当に必要か」
内容は大きく3つのテーマ、1、憲法改正論の背景、2、憲法改正の手続きと限界、3、憲法改正の必要性、に分けてわかりやすく説明された。
1、憲法改正論の背景
憲法をめぐる戦後の日本国憲法制定から今日の改憲議論に至るまでの流れ。
●第2次世界大戦後から1980年代の改憲論争
1646年から49年まで
日本国憲法が制定されたのは1946年11月3日、日本国憲法施行は47年5月3日である。日本国憲法の草案は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって制作されたものであった。そのため、1947年1月極東委員会から指令を受けたマッカーサー元帥は、日本の吉田茂首相に、日本側に憲法を見直す意図があるかどうかを問う、新憲法について再検討の機会を与えることを伝える書簡を送る。
この時、憲法改正研究会設置の動きも出たが、最終的には吉田首相は1949年4月憲法改正の意図はないと表明した。
1950年代
1950年6月朝鮮戦争が勃発。アメリカとソ連の冷戦構造の始まりと同時に、米国の日本における占領政策の転換が始まった。警察予備隊の設置、1951年9月のサンフランシスコ講和条約締結、日米安全保障条約の締結など、日本を巻き込んだ世界の動きが急にあわただしくなり、1954年自由党の日本国憲法全面改正案の発表を機に、日本における憲法の見直し機運が一気に高まった。
1955年には憲法改正を争点とする2大政党制、いわゆる55年体制が幕を開ける。
1960〜80年代
1960年日米安全保障条約改定、岸内閣辞職。これ以降、自民党は自主憲法制定を具体的な政治政策に掲げない方針を打ち出し、改憲の動きは80年代後半まで下火となる。
1990年〜現在
再び改憲問題が浮上したのは、1990年の湾岸戦争勃発が発端となる。国際社会から日本にも人的貢献を求める強い声があがり、国内でも、経済的発展に応じた国際社会での地位を求める声が増加。国際連合の平和維持活動への参加を妨げている憲法九条の改正を求める声が出始める。
こうした国際的圧力と国内世論に突き動かされる形で、1999年国会の両議院に憲法調査会を設置、改憲の具体的な動きが初めて起こされた。
そして2006年安倍内閣誕生。任期中の憲法改正を表明し、国民投票案を国会に提出。まもなく可決される見通しとなっている(その後衆議院で可決された)。
2、憲法改正の手続きと限界
憲法改正の手続き
憲法改正の手続きには、通常の立法よりも厳格で慎重な手続きが必要となる。通常立法の場合は衆参両院で討議され、過半数の賛成と、両院の可決または衆議院の優越が認められている。しかし、憲法改正には、総議員の3分の2の賛成、両議院は対等、特別の国民投票が必要になると定められている。
特に国民投票については、これまで、具体的な手続きを定めた法律が制定されておらず、政府は今年国民投票法案の提出を国会に提出、改憲への手続きをとっている。
「憲法とは基本を定めている法律」という考えのもと、その時々の権力者の意見だけで変わるべきではないという観点から、日本では手続きに対して通常立法より厳しい手続きが定められている。
憲法改正の限界
憲法改正に限界はあるのか。ないとした場合は、どのような改憲でも可能になるが、あるとした場合、その限界はどこにあるのか。
●憲法改正の限界とは何か
憲法の意味を根本から覆すほどの重要な臨界点。
国民主権原理については、憲法制定者が国民であることを意味し、憲法改正権は憲法を作った国民に権限を設けている。そのため、憲法改正によって、憲法制定権の所在を変更することはできない。この限界を超えると改憲ではなく、新憲法ということになる。
憲法改正規定の改正は可能か。改憲がきわめて困難なので、憲法改正をもう少し容易にするべきとの声もあるが、憲法改正権は憲法制定によって制度化された権限であり、憲法改正規定の改正は許されないと考えるのが妥当。
3、憲法改正の必要性
なぜ憲法改正が必要なのか。これには4つの主張がある。1、日本国憲法は押しつけられた憲法、2、戦後60年の間に一度も改正されたことがない、3、日本国憲法の文言が麗しくない、4、国柄が定められていない。
1、日本国憲法は押しつけられた憲法か
結論から言えば、そうとは言えない歴史的背景があることは上記で説明した。戦後ポツダム宣言を受け入れた時点でそれまで日本の憲法であった明治憲法がそのまま維持できなかったのは明白。そこで日本側は新憲法の草案を作ったが、これが明治憲法とほとんどかわらなかったため、総司令部が草案を作成して日本側に手渡した。その後改正の意図を求められたにもかかわらず、日本側が修正を否定している。
そうした事情から一方的な押しつけとは言い難い。
2、一度も改正されたことがないので、時代遅れか?
時代遅れかどうかというのは、個別の論点に関する検討が必要で、一度も改正されたことがないことが時代遅れの理由にはならない。
憲法改正というのは、憲法の条文の変更のことを意味する。憲法というのは、何十年も何百年も耐えうるような法律の規定や一般的な文言が使用されている必要がある。あとは解釈の問題で、運用や解釈に対応できない時に条文を改正する必要性が発生する。
条文を改正する必要があるかないかが改正のポイントであり、作られた年代自体が問題とはならない。
3、日本国憲法の文言が麗しくない?
これは、憲法は法律文書であり、麗しい言葉より法律的な言葉遣いが優先される。そのため、難しくなるのはやむを得ない。
憲法という考え自体がもともと西洋で発達したもので、基本的な考え方や言葉遣いが昔からの日本にはなく、難しくなるのは仕方がない。だからといって美しい言葉で書くべきとの論争は的はずれ。あくまでも法律用語であることを考えれば、法的に厳密な言葉の方が適当である。
4、国柄が定められていない?
基本的に憲法は国柄を定める文書ではないが、国柄という言葉の定義を、その国のあるべき姿とするならば、序文にそれが入っているとも考えられる。しかし、憲法の意味を考えると、その時々の多数者が目指そうとする政治の姿を、憲法の形で簡単に確定することは危険性をはらむ。このような理由から、憲法改正が必要かどうかを判断する際には、特に慎重な手続きが必要と考えられる。
憲法改正の論点
憲法改正論で現在持ち上がっている論点は5つ。1、序文、2、憲法第九条、3、基本的人権の保障、4、首相公選制、5、憲法裁判所制度導入
1、序文
序文に国を愛する気持ちや伝統と歴史の尊重を明記すべきだとの主張があるが、序文というのは、その国の憲法の原理や理念を宣言するものであって、そのような文言を明記することが必要なのかは疑問である。それらを強制することは、憲法が保障する個人主義に相反することでもある。
2、憲法第九条
最小限の軍隊保持を正当化するため憲法改正が必要だという主張と、平和主義を維持するため改正に反対する声、国連の平和維持活動など国際貢献を可能にするためという立場と、自衛隊の海外派遣に反対する立場、それぞれに主張がある。
しかし、これまでの政府の決定では、憲法を改正しなければ自衛隊の保持は許されないということはないと解釈しているし、平和維持活動についても第九条に違反しないとの立場をとっている。
そうすると、「改正しなければならないのか」というそもそもの疑問が起こる。この問題では集団的自衛権の行使が日本の自衛隊には認められていないということが大きな争点となっている。
3、基本的人権の保障
人権の制限規定を明記すべきだとの主張がある。国民の義務をもっと主張すべきだと。しかし、現在でも憲法十二条、十三条で人権は公共の福祉による制約の可能性が示唆されている。
4、首相公選制
国民に選択する権限が認められていないのはおかしいのではないかというのが大きな争点である。しかし、現在の議院内閣制で、国会の多数派の中から首相が選ばれるという制度自体に問題があるわけではない。カナダやイギリスも同じ制度をとっている。
日本の場合、これまで自民党の総裁選出の手続きが非民主的であったことが問題であって、総選挙のたびに政党の党首を首相に選ぶという選挙が行われれば、制度自体に問題はないと思われる。
5、憲法裁判所制度
現在司法審査の権限は最高裁判所にゆだねられている。この司法審査制度に対して、司法審査権を適切に行使していないのではないかという批判と憲法裁判所創設を求める声があがっている。
しかし、ドイツのような厳格な形で裁判官を選ぶ制度を確立しない限り、今のまま憲法裁判所だけを作っても、結局今と変わらないのではないかと疑問は残る。
結びに代えて
憲法改正は、一般的に改正に賛成・反対ではなくて、どの条文に改正が必要なのか、本当に改正の必要があるのかどうかを検討することが重要である。
国民投票法案が可決されれば、国民一人一人の憲法に関する知識が大きな意味を持つ。在外投票権も認められる予定なので、カナダでも投票することができる。これを機会にもう一度憲法についてよく知ってもらい、各人によく考えてもらいたいと語った。
(取材 三島直美)
| 松井茂記教授プロフィール 現職:ブリティッシュ・コロンビア大学法学部教授 1955年 愛知県生まれ。 学歴: 1974年 愛知県立時習舘高等学校卒業 1978年 京都大学法学部卒業 1980年 京都大学大学院法学研究科修士課程修了 1986年 アメリカ合衆国スタンフォード大学JSD取得 2000年 京都大学大学院法学研究科博士号取得 職歴: 1980年 京都大学法学部助手 1983年 大阪大学法学部助教授 1994年 同教授 2006年 現職 |