SPECIAL 2006

2006年9月21日 第39号 掲載


『過去の「傷」をいやすための、和解の場所に』
ジョイ・コガワハウス、 一般公開


ジョイ・コガワさん

『Obasan』の舞台になった部屋。デスクもタイプライターもコガワさんが実際に使っていたもの

左から、ウォンさん、ジェシカさん、渡邊さん、アオキさん

サインをするコガワさん。
この日はCBCのテレビクルーが取材に来ていた

現在のジョイ・コガワ・ハウス

当時から生き続けるコガワさんにとっては思い出の桜の大木。現在状態がかなり悪くすでに花も咲かなくなった。しかし今回のことで奇跡が起きるかもとの声も聞かれた

 グランビルストリートと64アベニューの交差点から東に1ブロック入ったところにある旧コガワ邸が、ジョイ・コガワハウスとして9月17日一般公開された。当日は小雨が降るあいにくの空模様にもかかわらず、訪れる人の波は途切れることがなかった。
 旧コガワ邸とは、現在カナダを代表する日系女流作家として活躍するジョイ・コガワさんが、6歳まで暮らしていた生家。コガワさんの代表作『Obasan』(邦題『失われた祖国』)や賠償問題を取り上げた作品『Emily Kato』の舞台でもある。


「思い出の我が家で
 「こんなにたくさんの人が訪れてくれるなんて感激しています」とコガワさんは穏やかに笑った。訪れる人が次々に彼女に「おめでとう」の言葉を掛ける。「この日がほんとに実現するなんて今でも信じられません。この家をこうしてみんなの力で取り戻すことができたということが大事だったと思います」と運動に参加した全ての人に感謝の意を述べる。たくさん思い出が詰まったこの家で、「あの部屋の窓から見える景色は、『Obasan』の一場面なの」と思い出を話すコガワさんの表情は、嬉しそうに宝物を見せる少女のようだった。

思わぬプレゼント

 この日は裏庭でコガワさんのサイン会も行われた。長蛇の列を作る希望者ひとりひとりに丁寧にサインをしていく。そんな中、突然オペラリサイタルが始まった。歌手はコガワさんの著書『Naomiユs Road』(邦題『ナオミの道』)が原作のオペラ『Naomiユs Road』のナオミ役、Jessica Cheungさん。即席バンドはアコーディオン担当Kogawa House CommitteeのTodd Wongさん、ダブルベースのハリー・アオキさん、ギターの渡邊正樹さん。曲目は『また会う日まで』。歌劇の最後に歌われる曲だ。この曲を聴いた途端、コガワさんは思わず涙ぐんだ。「こんな嬉しいプレゼントももらうなんて」多くの人に肩を抱かれながら、しばしその透き通る歌声に耳を傾けていた。

コガワハウスへの思い

 この日は保存運動に関わった多くの人が訪れていた。コガワさんの元夫で今は良き友人であり理解者であるデイビッド・コガワさんは、「この日を迎えられるなんて」と感慨深げだった。

 『また会う日まで』をプレゼントしたジェシカさんは、「これまで想像でしかなかった物語の中の景色が、少しクリアになりました。多くの人がこのオペラ(『Naomiユs Road』)を見るべきだと思います。この物語は日系人に限らず深く私たちに関わる物語です」と語る。残念ながら今年中にバンクーバーでの上演予定はないそうだが、「希望者が多ければわからないですよね」と笑った。

 今回の旧コガワ邸保存運動の発起人的存在であり、現在Kogawa House Committeeの代表の一人であり、今回の心憎い演出をした張本人のTodd Wongさんは、「この家はジョイさんにとってとても大切な特別な場所なのです。今回初めて一般に公開することができたことは本当にうれしいです。バンクーバーにとってカナダにとってここが誇りとなるような、例えて言えばPEIの『赤毛のアン』の家や、『アンネ・フランク』の家のような存在にしたいと思っています」と語った。

 アオキさんと渡邊さんもこの日がコガワさんにとって、そしてカナダにとって特別な日であると喜んでいた。

旧コガワ邸保存運動が実を結ぶ

 旧コガワ邸取り壊しの危機が訪れたのは今年の初め。当時の所有者が取り壊しを希望していたためだった。3月31日までに1.25ミリオンの資金が整わなければ取り壊しが現実のものとなる。そこでコガワさんを始め、 州資源保存管理局、現在のKogawa House Committeeなど取り壊しに反対する人々の保存運動が始まった。

 地道な努力の甲斐あって、この途方もない数字を目の前にしながらも賛同者は募るばかりだった。そんな中 (ヨーク大学教授連盟)は千ドルの寄付を決定し、特にジョセフ・レビー教授の呼びかけは、国内外にいる多くの作家や教育者などを賛同させた。

 こうした運動が実を結び、550人近くの人々の寄付により、今年6月 州資源保存管理局は無事旧コガワ邸を買収することに成功した。

日系人排斥政策

 今回のコガワハウス一般公開の背景には、第2次世界大戦時の悲劇が色濃く影響していた。

 1941年12月7日、日本軍が真珠湾を攻撃。日本が悲劇の敗戦へ第一歩を踏み出した頃、太平洋のこちら側では、同じく、いやそれ以上の悲劇が日系人たちに襲いかかっていた。

 日本軍の参戦を機に、カナダ政府は 州の日系人を内陸部に強制隔離する排日政策を強行。日本人の血を引くものはカナダ国籍であろうとその対象となった。その数約2万2000人。それまで築き上げてきた財産、家、土地、家財道具、漁船など全て没収。収容所に持ち込めたのはスーツケース2個分の必要最低限の所持品だけだった。そして政府は彼らの財産を売却した。

 この政策が完全に解除されたのは1949年、第2次世界大戦が終了して4年後のことである。 州に戻ってきた日系人たちに、政府が没収した財産・家屋などが返却されることはなかった。

 その後1988年9月22日、カナダ政府は、日本に帰国した人たちも含め1941年から49年の間に強制移動させられた日系人に対し、正式謝罪と補償を決定した。

 こうした背景から戦前日系人が所有していた建物がそのままの形で残されているケースはまれであり、今回の旧コガワ邸はまさしくコガワさんを初めとする当時の日系人が自由としあわせを剥奪された証であり、歴史的シンボルとして存在するのである。

コガワ・ハウスのこれから

 『私の夢は、あの家を、次代の作家たちが、世に正しく、偏屈のない作品を書けるようにするためのよりどころ、心の奥底に宿っている過去の「傷」をいやすための、和解の場所としたいのである』(寄稿『旧コガワ邸保存運動に関して』ジョイ・コガワ:弊紙2006年2月23日発行より抜粋)との望み通り、今後この家は、作家のための『Writers-in-Residence Program』と、広く一般の人にこの家と歴史を知ってもらうためのツアー『Educational Program』が実行される計画になっている。

 しばらくは所有者が変わるたびに改築が行われたこの家を、コガワさんが住んでいた当時の状態に戻すための復元作業が行われる。そのための寄付金も引き続き募集している。

(取材 三島直美)


ジョイ・コガワ
  1935年バンクーバー生まれ。教師、トルードー元カナダ首相秘書などを経て作家となる。代表作には、『Obasan』(邦題『失われた祖国』)、小学生向けの『Naomi’s Road』(邦題『ナオミの道』)など多数。国内外の文学賞を数多く受賞し、86年カナダ最高勲位“Order of Canada”を受勲。


 


 

ジョイ・コガワハウス
 1450 West 64th Ave.に建ち、現在は一般公開されていない。この家についての問い合わせはBC州資源保存管理局まで。
BC州資源保存管理局 (The Land Conservancy)
 
BC州の自然及び文化保護のために1997年に発足した非営利団体。これまでに1万エーカーにも及ぶ希少な土地を保護し、100件以上の案件に携わっている。旧コガワ邸保存基金は存続される。寄付についての詳細はウェブ www.conservancy.bc.caもしくは電話604-733-2313まで。
Kogawa House Committee  
 旧コガワ邸保存のため設立されたボランティア団体。今後も修復工事のための寄付金の呼びかけやコガワ・ハウスに関わるイベントなどさまざまな形でサポートする。
ウェブ:www.kogawahouse.com