SPECIAL 2006
2006年9月7日 第37号 掲載
![]() ビジネススクールの名門ウォートン校の先輩後輩でもある、富田岩芳氏(右)と山縣洋三氏(バンクーバー・デロイト&トウシュLLPオフィスで) |
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カネボウによる大規模な粉飾決算が露見し、同社の監査を担当していた公認会計士3名が逮捕された事件は記憶に新しい。このショッキングな粉飾劇は、4大監査法人の1つであった中央青山監査法人の今後に大きな影響を与えることとなった。
年代から次々と発覚する大企業粉飾決算。企業会計の番人であるはずの会計士逮捕。企業、投資家、官庁の狭間という微妙な立場にいる公認会計士たちの在り方とは何か。揺れ動く監査業界へ、元海軍主計の喝が飛ぶ。
山縣
前回のバンクーバー新報での対談から2年が経ちますが、富田さんは82歳の現在も年間250日にわたり、世界各地を単独で飛び回るという生活を続けておられる。今年もすでに何カ国も行かれたそうですね。
富田
1月からシンガポール、マレーシア、インドネシア、インド・ムンバイ(旧ボンベイ)、オーストラリアのパース、メルボルン、シドニー、ブリスベンに。その後しばらく日本に滞在してからアメリカへ行きました。LA、サンフランシスコ、ヒューストン、サンアントニオ。ここは間もなくトヨタのピックアップトラック工場ができるんですが、私と同年で親しいトヨタの名誉会長・豊田章一郎さんが表彰されるというので、式に出席してきました。
山縣
富田さんは日頃から多くの日本のトップと親しくお付き合いされていますからね。
富田
そしてダラス、アトランタ、メキシコへ行きました。メキシコシティ、ファーレス、モントレーを訪問してまたアトランタ。ウェスト・パームビーチで会合に出た後、シアトル、バンクーバーと。5、6月中はUS、ブラジル、欧州各地を廻りました。
山縣
若い人でも参ってしまいそうな日程ですね(笑)。さて、景気が回復した日本経済ですが、長年のデフレからも脱却し、銀行の不良債権もほぼ処理されたといわれています。これは、90年代に苦しんだバブルの後遺症が終結したとみてもいいでしょうか。
富田
そうですね。なぜバブルが起こったかというと、85年のプラザ合意(*1)です。そして急激な円高となり、1ドル=100円を切って79円くらいまでいった。世界の通貨でそんなに短期間にレートが変わった例なんてどこにもない。混乱が生じて当たり前。行政当局の判断ミスだね。日銀は円高に耐えられる企業近代化の資金供給をやたらに増やしたが、大銀行はこれまで規律ある融資の姿勢を一変して企業や個人にとにかく借りてくれと競争し、中小銀行もこれに同調した。借りた方は、使い道がないから株を買ったり、土地を買ったりして、土地神話も生まれた。ゼロからスタートした日本経済を、アメリカに次ぐ経済大国にするという行政指導は成功したんだが、その後が失敗。
山縣
政策の失敗ですね
富田
満州事変が始まって、止めときゃいいのに中国まで占領して、大東亜戦争が始まって。31年から45年までやったわけでしょ。軍部が負けて(行政が)崩壊したわけです。その後、官僚が引き継いだけど、同じようなことをしている。特定のグループが、長い間経済を牛耳るというのはダメ。
90年代から続発した粉飾事件の背景と日本的体質
山縣
私は80年代の終わり頃からバンクーバーに赴任していたのですが、日本から来た人の話を聞くと、「銀行はいくらでもお金を貸してくれる、それも安い金利で借りろ借りろと言ってくる。私が買った家もどんどん値上がりして5億円にもなった」と。私は日本はどうなっているのかと思っていたら、ドーンと下がって90年代はいろいろな事件が起こった。デフレの間に多くの矛盾が出てきたわけです。特にここ数年、カネボウや西武に代表される企業の不祥事が目につきます。そして事件の特徴として、法の番人であるはずの監査法人が絡んだものが多い。これはどういうことでしょう。
富田
もともと監査法人を作ろうとなったのは、64〜65年に起きた山一證券の第1回目の倒産(*2)がきっかけ。当時は個人の会計士が監査を行なっていて、企業に(粉飾を)頼まれたら断れないという空気があった。倒産寸前でも監査報告書には「適正」と記す。これではいかんと、監査法人を作ったんです。
山縣
監査法人と普通の会計事務所との違いは。
富田
個人の会計事務所は、個人がいいと思えばサインできる。しかし監査法人というのは、無限連帯責任のパートナーがいて、法律で全員が合意しなければサインできないことになっている。けれど現実には寄合所帯で、無限連帯責任でありながら、お互いのチェックが無かった。
山縣
一連の事件は、内部のチェック機能が働かなかったから起きたと。
富田
そう。一番ひどいのはカネボウ。検察が入るまで、中央青山監査法人のカネボウ担当のグループは、1年や2年じゃなく、長い間粉飾をやっていたのに、無限連帯責任がある他の会計士たちは知らなかったという。彼らは何をやっていたんですかね。
山縣
なぜそうなるのでしょう。
富田
会計士っていうのはもともと、一国一城の主。人になんやかんや言われたくないんですよ。そういう人間が集まっている。うちもそうですが、うちにはコントロールがある。私は粉飾決算には「これはダメだ」と言います。
山縣
監査法人が設立されて約40年ですが、長い間粉飾が続けられていたにも関わらず、90年代になって住専、山一證券、拓銀、長銀、日債銀、ヤオハン、マイカル、そごう、などと次々に表面化したのは、制度的なものも関係していますか。
富田
山一證券の1回目の倒産の時に、当時の大蔵大臣である田中角栄さんが日銀特融(*3)を投入して助けたでしょ。会計士も、日銀・大蔵省(現財務省)が助けてくれると考えていたと思いますね。もう1つは、不良資産がこれだけあると事前に指摘すると、「そんな報告をしたら潰れる。大蔵省(同)が助けようとしているから」という行政指導。そうやって山ほど不良資産があるにも拘らず「適正」と出しているうちに、潰れちゃった。なぜトーマツだけは問題ないかというと、(監査の)契約を解除して降りちゃうから。そのために潰れた銀行や会社もある。「トーマツはひどいやつだ。最後になって降りるなんて」とも言われた(笑)。
山縣
なるほど。大蔵省からのプレッシャーもありますし、「何とかしてくれ」と言われることもあるでしょうし、強い意志が必要ですね。
富田
悪役はみんな私がやりましたよ(笑)。会計士も企業も、一旦監査契約を結んだら永久だと思っている。企業は会計士に何でも面倒を見てもらえると思っている。当然倒産すべき企業に、銀行がまた追い貸しして倒産させない。最後には銀行から社長まで派遣して、企業を生かすでしょう。そこまで銀行が面倒を見るのが、世界でも前例の無い、日本のメインバンクなわけです。だから会計士も無理を断れない。
会計士はインディペンデンスとインテグリティを持て!
富田
会計士はpublic accountantですからね。監査とか会計とかの知識の前に、信念としてインディペンデンス(独立性)とインテグリティ(誠実性)がなければ、公認会計士の資格は無い。
山縣
企業から頼まれて監査をしているが、独立していると。
記者
長すぎる付き合いが癒着を生むのでは。担当期間を制限する案もあるそうですが。
山縣
カネボウの例では、同じ会計士が30年も担当していたとか。
富田
フランスでは、担当会計士だけでなく監査法人そのものも代えろとなっていますけどね。日本では5年で交代という案が出ているが、反対されるでしょうね。
山縣
日本以外でも、アメリカのエンロン(*4)の不正会計による破綻で、ビッグ5(*5)の監査法人アーサー・アンダーセンが潰れた事件がありました。日米の性質の違いについては。
富田
日本には徳川時代から「義理人情」「長い物には巻かれろ」「お上には逆らうな」という習慣がある。公認会計士に必要なインディペンデンスが育たない土壌になっているんですよ。
山縣
日本の企業風土にもそのような風潮が蔓延していますからねぇ。そういった背景が不正事件の根底にあるということですかね。
富田
その上、役人が監査法人に天下りを押し込む。押し込むだけじゃない。組織内に今まで無かった会長職を作って、「会長職は公認会計士でなくて良い」という項目を定款に入れさせる。それを大蔵省は認可し、自分らの先輩を送り込んでくる。断ったのはトーマツだけ(笑)。私はインタビュー(*6)でそのことを批判したんですが、一斉に会計士業界から文句がきてね(笑)。
山縣
富田さんのように反骨精神と意思の強さを持っている人でないとできませんね。
富田
そもそも大蔵省に頼まれて監査法人を作ったんですよ。行政指導じゃない。それを下からいろいろ言われたって、はね返すだけです。普通の会計士ならお上の言うことを聞くでしょうけど(笑)。
山縣
昔の陸軍と同等の力を持つ、天下の大蔵省、泣く子も黙る大蔵省にもダメなものはダメと。
記者
さすが元海軍主計ですね!恐れ入ります。今後も世の中の是正のためにご活躍ください。
* * *
日本の監査法人で唯一、基準の厳しいSEC(米国証券取引所)への報告書を直接手掛けている真の国際的監査法人トーマツ。その創始者はやはり只者ではない。国際派の政治家とも懇意で、数々の歴史的経済ニュースに関与する。洋上の軍艦で、砲弾から九死に一生を得たという富田氏だが、もしもその奇跡が無かったら、日本の歴史は明らかに違っていたのだろう。酒も強く、カラオケもたしなむ。軍歌も歌うが18番は淡谷のり子や八代亜紀だとか。「体力が続く限りこの生活」という豪傑ヒーローの意外な一面を垣間見て、親近感を覚えた。
(取材 藍智子)
| 【文中注釈】 *1=85年9月 日、NYのプラザホテルで主要5カ国と日銀総裁により、ドル高是正を目的に締結された約定 *2=これを機に証券恐慌が起こる *3=日銀による、証券会社向けの事実上の無担保・無制限での特別融資 *4=全米7位のエネルギー大手 *5=デロイト・トゥーシュ・トーマツ、プライス・ウォーターハウス・クーパーズ、アーンスト・アンド・ヤング、KPMG、アーサー・アンダーセン。02年にアーサー・アンダーセンが解散し、現在はビッグ4 *6=早房長治氏著『企業スキャンダルと監査法人〜なぜ不祥事は続発するのか〜』 |
| 〜プロフィール〜 |
| 富田岩芳(とみた・いわお) 1924年、神奈川県生まれ。43年、海軍経理学校卒。43〜45年、戦艦伊勢庶務主任、海防艦屋代主計長、海軍経理学校教官、海軍主計大尉など歴任。47年、油科学工業(現ユカ・インダストリーズ)創業参加。50年、公認会計士資格取得(登録番号292)。51年、日本瓦斯化学工業(現三菱ガス化学)創業に参加。58年、フルブライト奨学生として米国ペンシルバニア大学ウォートン校へ留学。63年同校にてMBA取得。63年、アーサー・ヤング東京事務所設立。66年、大蔵省の依頼で企業会計審議会の委員として監査法人の発足に尽力。68年、等松・青木監査法人創立。74〜81年、同包括代表社員。74年、トウシュ・ロス・インターナショナル日本代表。89〜00年、デロイト・トウシュ・トーマツ最高顧問。 ![]() 山縣洋三(やまがた・ようぞう) 1934年、中国上海市生まれ。東京大学法学部卒。58年、丸紅入社。60〜62年、米国留学、ペンシルバニア大ウォートン校にてMBA取得。78年、丸紅ドイツ副社長としてデュッセルドルフ駐在。86年、丸紅カナダ・バンクーバー支店長。86〜88年、懇話会会長、バンクーバー日本人補習校運営委員長。92年、バンクーバーにてヤマガタ・コンサルティング社設立。企友会会長、日本カナダ商工会理事、ICAS理事を歴任、UBC・SFUでの講師と活躍。現在は企友会、懇話会、日加協会各会員。バンクーバー在住。 |
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| 著書で元朝日新聞経済部のジャーナリスト、早房長治氏との対談が収録された『企業スキャンダルと監査法人〜なぜ不祥事は続発するのか〜』。 ライブドア、カネボウ、JR西日本、日本航空など、近年起こった大企業事件の数々を克明にリポート・考察。知りたかった「なぜ」がわかる一冊。 (彩流社・1800円) |