SPECIAL 2006
2006年8月31日 第36号 掲載
![]() 笑顔で講演する山川氏 |
![]() 熱心に聞き入る参加者で満員の会場 |
東大卒、元大蔵省勤務という経歴を持つスピリチャル翻訳家の山川紘矢(こうや)氏の講演会が8月17日の午後7時から2時間にわたってダウンタウンにあるYWCA内Welch
Roomで開催された。参加者は105名で会場は満員。山川氏は40歳をすぎてから自己開発セミナーに参加したことをきっかけにスピリチャルの世界に目覚め、精霊(天使)と交流することができるようになった。初めて翻訳したシャーリー・マクレーンの「アウト・オン・ア・リム」という本に書かれていたようなことが実際に身の回りで起こるようになったという。会場に来るまで話の内容を決めていなかったという山川氏。翻訳をするようになったきっかけやスピリチャルに目覚めた経緯、愛について、自分を大切にすること、人生について話された内容をここで紹介しよう。
紘矢という名前
山川紘矢という名前は、宗教熱心な日本人の友人から紹介してもらった命名家の人に、1万円を払ってつけてもらった名前。全21画で、紘矢には「矢のように広める」という意味がある。本名のトシヒロの場合は22画で、どの占い師に見てもらっても「途中で挫折する」と言われた(笑)。命名を頼んでから約1週間後に紘矢という名前を知らされたとき、家内には「変な名前」と言われたので、それじゃ精霊に聞いてみればと言うと「イエス」との返事が返ってきた。その後家内も亜希子という名前をつけてもらった。
日々の暮らしと今回の渡加
東京は町田市で家内と悩みなく暮らしている(子供がいないのはつまらないけれど)。朝は6時半に起きてラジオ体操をし、ウォーキングに出かけ、菜園の野菜を収穫して朝食を食べる。メールマガジンやブログで日々の暮らしを紹介したり、日本全国に出かけて講演やセミナーなどを行ったりしている。町田市では小さな子供からお年寄りまでが裸足になって音楽のリズムに合わせて自由に踊る「スピリットダンス」を開催。今回の渡加はダンスの参加者の方から紹介してもらったことで実現した。サンフランシスコ経由でバンクーバーに入り、バーナビーに滞在。前世でアメリカ人だったことがあり、アメリカやカナダにはあこがれがある。こちらに住んでいる人がうらやましい。バンクーバーに来るすぐ前に頭を剃ったばかり。お寺の和尚さんに「刈らせてくれ」「髪の毛があると執着している」「なくなればすっとする」と言われてこうなった。いざやってみると、剃った方がかえって執着する気がする(笑)。
翻訳を始めたきっかけ
大蔵省の仕事は面白かったが、自分の人生においてもっとクリエイティブなこと、創造性のあることをしたいと思っていた。小説は書けないが翻訳ならできるかなと考えた。シャーリー・マクレーンの「アウト・オン・ア・リム」という精霊が出てくる本を読んだ時「この世で一番大切なことは自分自身を知ることだ」と分かり人生が変わった。そして「この本を日本に紹介しよう、この本を翻訳する」と決めた。大手出版社に電話するが断られ、地湧社に電話しOKをもらった。翻訳は初めてなのになぜかスラスラ訳せて、翻訳は簡単だと思った。後で分かったことだが、それは後ろで精霊が教えてくれていたからだった。途中トラブルもあったがなんとか本は出版にこぎつけた。すぐには売れなかったが瀬戸内寂聴さんが「おもしろかった」と新聞に記事を書いてくださり、そこから何十万部か売れた。その後シャーリー・マクレーンが本を出版するたびに翻訳の依頼をもらうことができ、翻訳家としての道を歩むようになった。
スピリチャルに目覚めた経緯
1941年、静岡の田舎にあるスピリチャルには縁のない家に生まれた。父は高校の先生で植物やお茶が好きだった。母からは「人間は弱いから神や仏を想像上で作って宗教ができた。危ない。近寄らないこと」と教えられた。東大の法学部で学び、大蔵省に勤務し40才を過ぎたころ、ライフスプリングと呼ばれる自己開発セミナーに参加したことがきっかけでスピリチャルに目覚めた。初めて瞑想をし、自分自身に気付き、自分自身の中を見て知った。そして変わった。家内は「新興宗教に入った」と勘違いし、離婚騒ぎにまでなった。家内にもセミナーを受けさせたが途中で逃げ出した。「こんなことをさせられるなら死にます」と置き手紙があったほど(笑)。家でギャーギャー泣く日々が続いたが、ある時ポンと違うところへ出た。その後家内はセミナーに戻り卒業する。そうして夫婦ともにスピリチャルに目覚めた。
その後アメリカへ行かないかという話が来て、世界銀行ワシントンD.C.へ赴任。日本で受けたベーシックのセミナーに続いて、アドバンスのセミナーに参加した。日本でお金を払ったからといってタダで受講させてもらった(笑)。セミナーはすごい内容で、例えば誰かを皆の前で裸にしてこの人は魅力があるかないかと言い合い、それが終わったら皆で踊るといったもの。ベーシック、アドバンスの受講を終えた後、90日コースのセミナーのアシスタントやリーダーも体験し、鍛えられた。直接自分で精霊(天使)と交流することができるようになった。
ワシントンD.C.から帰るころから急に息ができなくなった。ぜんそくだった。症状はどんどんひどくなり、排気ガスでもぜんそくの発作が出るし、階段も上がれなくなった。ついに大蔵省を退職。辞めれば精霊が許してくれて治るのではと思ったがダメでかえってひどくなり、赤坂から町田へ引っ越した。
フラッと電車に乗り、フラッと不動産屋に入り、二件目で「あ、ここだ」と一人で勝手に決めた。家内は「いやだ」というので「それじゃ精霊に聞いてみてくれ」というと答えはイエス。「苦労して探してあげた」と言う(笑)。その後も病気はすぐには治らない。精霊が「薬、医者はだめだ。殺しはしない」というのでその通りにした。一回発作が起きると
時間続いた。ベッドでずっと泣いていた。身体はガタガタになり、体重は Lまで減った(現在 L)。実はそれが瞑想の時間だった。病気で苦しむ間、自動書記で毎日「今日学ぶこと」「明日学ぶこと」を知らされ、日々さまざまなことを学んだ。そうしてスピリチャルに深く目覚めるようになった。いろいろ調べたりするうちに病気は快方に向かい、ありがとうと言えるようになると治っていった。
「愛」を知った日
ある時「トシは愛を知らないから今夜教える」と精霊に言われた。ビジョンを見た。青い地球が浮かんでいる、愛が地球やすべてを包んでいる、宇宙そのものが愛でその中に地球が浮かんでいる、その中に皆がいる、愛を吸って生きている。愛とはここにあるもの・・・。泣いた。愛が分かった。神とは愛。愛がここにあるから神がある。地球を作るエネルギーが愛。神は愛、光。みな神の子。尊い。すべてのもの、物も大切に。
自分を大切にする
地球をより良くするため、この宇宙の一部であり神である自分を大切にするのが一番大切。自分は何者であるのか知ること。自分を大切にするのはエゴ、利己とは違う。自分を愛するのもエゴとは違う。自分を大切にする。自分を知る。自分を許す、人を許す。自分を愛す、人を愛す。そうすれば世の中シンプル。自分のできること、なすべきことは人それぞれ違う。必要ないものはない。すべては大丈夫。矛盾がない。何が起こってもそれは良いことのため。これはいいこと。すべてはいいこと。いつも最高のことが起こっている。本人がそのことに気付かずに悪いこと、不幸だと思っているだけ。
人生がうまくいくコツ
まず近い人との関係を見直そう。人間関係がうまくいっていない人は親との関係がうまくいっていないことが多い。親との関係を見直そう。家内は生まれた時から自分が嫌い。自己評価が低い。三人姉妹の末っ子で「女ならいらなかったのに」と言われて育ったことが影響している。「宇宙で唯一の自分を大切にする方法」(大和書房)という本のなかでどうやって自分を大切にするかについて書いている。夫婦は修行。克服し成長する。自分をよく見る。起こることはすべて自分の責任だと知る。被害者にならないこと。他人のせいにしないこと。必要な問題を自分のたましいが勉強のために引き起こしている。子育てのヒント。生まれてきてくれて本当にうれしい、すばらしい、大切、優秀と言って育てるとうまくいくかな。人生がうまくいくコツはあまりたくさんない。
(取材 Aya Kitagawa)
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山川紘矢氏プロフィール 〜 1941年静岡県引佐郡引佐町生まれ。掛川高校、東京大学法学部、ハワイ大学大学院、シカゴ大学大学院にて学ぶ。 大蔵省、外務省、加治木税務署、神戸税関、マレーシア日本大使館、国連大学、世界銀行に合計22年間勤務する。40歳をすぎてから「気づきのセミナー」に出会い、本当の自分探しが始まる。意識革命から地上に愛と平和を広めることを目指している。天界にまで行ってきた(?)のが自慢。 1987年大蔵省をやめて翻訳家になる。妻の山川亜希子氏との共訳本に「アウト・オン・ア・リム」シャーリー・マクレーン著/地湧社、「アルケミスト」パウロ・コエーリョ著/角川文庫、「聖なる予言」ジェームズ・レッドフィールド著/角川文庫、「カミーノ―魂の旅路」シャーリー・マクレーン著/飛鳥新社、「心を癒すワイス博士の過去生退行瞑想」/PHP研究所などがある。 山川紘矢・亜希子のSpiritual World: http://www.tcp-ip.or.jp/~hirai/ |