SPECIAL 2006
2006年8月3日 第32号 掲載
![]() 杉本さんが各参加者にアドバイス |
|
![]() 多賀総領事(左)と竹井船長 |
|
7月13日、UBCアジア・センター講堂で、「日本美術の専門家による講演とワークショップ」が行われた。日本の伝統美術を、実際に体験したり、制作過程を見たりすることで、理解を深めるのが、その目的となっている。2004年に続き、2回目の開催となった。
扇子に絵を描いたり、仏像の制作過程を見たり、日本美術を楽しく学べる貴重なチャンスに、大勢の人が参加。ワークショップはほぼ定員に達する盛況ぶりだった。
バランスが大切〜扇面制作
午前中は、二つのワークショップが行われた。
ひとつは、日本画家で文化庁文化交流使を務める杉本洋さんによる、「金箔を使った扇面制作」。最初に杉本さんが、扇子のつくりや歴史について話した。「扇子の紙は、三枚の和紙を貼り合わせて一枚にしたものです。それを折ると空間ができる。そこに細い骨を差して作ります」
扇子は、実用性だけでなく、茶道や落語などの日本の伝統文化に欠かせない存在だ。「扇子は奈良時代に日本で生まれ、その後、中国に輸出されました。日本から中国への最初の輸出品と言われます。さらに扇子はヨーロッパに伝わり、マリー・アントワネットやフラメンコ・ダンサーも使うようになったのです」
杉本さんのお話の後、いよいよ扇面制作へ。まずは白い画用紙を使って、デザインを考案する。「扇子の要(かなめ。扇子の骨をとじ合わせる釘)の方に向かって絵を描くと、バランスよく見えます。また、横に線を引く場合は、水平線ではなく、(扇子の外周にそって)、曲線で描いた方がいいですね」と杉本さん。
絵を描き始めると、参加者全員、なかなかハイレベルだ。写真や扇子など、それぞれ持参した見本を手に描き進めていく。落ち葉や生花、さらにはパソコンを持ち込んでいる人もいた。デザインも、花菖蒲など伝統的な題材から、イングリッシュ・ベイの風景まで、まさに十人十色である。
杉本さんは一人ひとりの絵を見て、描き方や配置のしかたをアドバイスする。「初めての場合、仕上がったときの形状をイメージするのが少し難しいんです」と杉本さん。「でも、みなさん、自由にのびのび描いていらっしゃいます。いいものができると思いますよ。できあがった扇子を受け取ったときの、みなさんの喜ぶ顔が見られないのが残念です」
デザインが決まったら、次は扇子用の紙に絵を描いていく。「この花菖蒲の葉は、一筆で描いた方がいいですね」「絵の具はなるべくミックスして。そうでないと、モノの色ではなく、絵の具の色になってしまうんです。それから、木によって葉の色も違う。どういう緑なのか、よく考えてみてください」。杉本さんのアドバイスで、絵がいきいきとしてくる。
仕上げに、金箔と砂子(箔を細かい粉にしたもの)をあしらうと、見違えるほど豪華になった。この日作成した扇面は京都に送られ、職人の手によって扇子に仕立てられる。完成した扇子が参加者の手元に届くのは、約一カ月後。参加者は、絵の出来映えに見入りながら、扇子の完成を待ちきれない様子だった。
刷って初めてわかる色合い〜木版画
もうひとつのワークショップは「浮世絵の多色摺り木版画の摺りの体験」。木版画家の井上厚さんが講師を務めた。
この日は、富士山の絵の版木を使って行われた。井上さんは、絵の具を混ぜ合わせながら、木版画について説明していく。「今日は水彩画用の絵の具を使いますが、伝統的には岩絵の具を使います。紙は土佐和紙。天日干しで作る昔ながらの紙で、表面がやわらかいんです」
一版目は井上さんがお手本を。水につけて湿らせた版木に、絵の具を塗っていく。作業をしながら井上さんは「ちょっと湿度が低いようですね」。木版画は湿度が非常に重要なのだ。「やはり日本の気候が適当なんです。冬は摺っていると、熱気で部屋の室温が上がるんですよ」
版木が乾かないように、刷毛で手早く絵の具を伸ばしたら、さっそく試し摺りを行う。摺り上がったものは、まだ色が薄い。何枚か摺るうちに、色が出てくるようになると言う。
二版目は、参加者が順番に摺り体験を行った。第一関門は、ずれないように紙を版木の上に置くこと。「長く版画をやっている人でも難しいんです」と井上さん。版画初心者がほとんどの参加者は、緊張の面持ちだ。
絵の具を素早く均一に伸ばすのも、なかなか難しい作業だ。版木を横から懐中電灯で照らして、絵の具が少ない部分に色をおいていく。
ばれんで紙をしっかりこすって、いよいよ摺り上がり! 周囲から歓声が上がった。和紙の地色のせいか、色味は何ともいえない、暖かで深みのある色合いだ。
三版目は、絵の背景となる空。上部は濃い青、下の方は薄い水色に着色し、境目を刷毛でぼかしていく。そろそろ参加者の方も手順がわかってきて、用具を井上さんに手渡したり、みんなでアドバイスしあったり、にぎやかだ。鮮やかな空を背景にした富士山が、次々と摺り上がっていった。

鮮やかな摺り上がり
「版画はどんな風に色がでるか、摺ってみないとわからない。そこがおもしろいですね」と参加者の一人。「とても楽しかったです。こんなチャンスはなかなかないですよね。こういう文化交流イベントがもっとあったら」と今後に期待を寄せた。
(取材 宗圓由佳)
鍛金作品・漆工芸・仏像の歴史
および制作工程の紹介
![]() 会場の様子 |
同日午前に催された扇子と木版画のワークショップに続き、午後は鍛金作家の野口裕史氏、漆作家の十時啓悦氏、仏師・彫刻家の伊藤光治郎氏がそれぞれの専門分野について講演。講演の合間には参加者が各氏の作品を囲み、作家との活発な質疑応答が交わされた。
今回の催しは松本守隆名誉教授の協力のもと、UBCアジア図書館が主催、そして各種セミナーを主宰する団体コスモス・セミナーが協賛。
「鍛金の歴史と作品の制作工程の紹介」
野口裕史(のぐち・ひろふみ)氏
鍛金作家・多摩美術大学教授
鍛金(たんきん)とは金属素材を直接かなづちで叩いて成形する技術。日本における金属工芸は主に鍛金、彫金(ちょうきん)、鋳金(ちゅうきん)に分類される。鏨(たがね)やヤスリなどを用いて彫ったり、削ったり、切ったりして色々な表情をつけていく技術を彫金、金属を溶かして成型するものを鋳金と呼ぶ。
鍛金の歴史
日本には古い時代から鍛金の技法が伝わっており、金銀で作られた花を生ける水盤のようなもの、金銅幡、日本刀や鎧などの武具が多く作られていた。
鍛金は細かい加工をするには道具や材料などがそろわないと高度な技術表現ができない。そのため室町時代あたりからだんだん盛んになってきたと言われている。一枚の板を作ること自体が大変な時期から、さらに工業技術の進歩にともない溶接機などが登場。溶接技術の導入で板と板をつなぐことが可能になり、作品の大きさの制約もなくなった。最近では建築空間にマッチするスケールの作品や野外彫刻が出ている。
日本刀
日本刀は現代の製鉄方法ではできない。日本刀に使用する玉鋼(たまはがね)という材料を作るために、伝統的な「たたら吹き」という技法をもって砂鉄から金属を溶かし、抽出する手法で鉄を作る。こうしてできた玉鋼は材料が均等になるよう、そして簡単に折れないよう何度も折りかえされ、錬られる。材料が少なくなったが、現在も細々と日本刀は作り続けられている。
日本刀は平安・鎌倉時代と武士が帯刀してくるにつれて、より実践的な形に変わってきた。そして江戸時代から刀は装飾的な物となった。明治以降は刀を作っていた鍛冶屋が色々な方面にその技法を用いてものづくりを展開し、現在の美術工芸品や日用品作りの形で生かされている。
鍛金で使用される道具
金槌(かなづち) 大きさや形状、表面の異なる様々な種類がある。
八床(やっとこ) 材料をつかむ箸。
当金(あてがね) 金槌を打つときに、板の裏側にあてる台。色々な形のものがある。
制作工程(銅像)
大きな作品を制作する際はまず粘土でモデルをつくる。またはゲージで実寸のフレームを作り、材料をつける。材料の銅版はまずバーナーで赤く焼き、表面の酸化膜を取る。そして板を必要な大きさにカットし、かなづちで叩いて成形。一日にかなづちを6万回ほど叩くという。大きな作品だとモデルと比較しながら、部分ごとに作っていく。パーツをあわせていき、だんだん袋状に閉じていく。最後に残された円状の部分を利用し空気を取り入れるバルブのような形状を作る。完成した後、薬品による科学反応で緑青をふかせる。
「漆の歴史と現代の作品について」
十時啓悦(ととき・あきよし)氏
漆作家・武蔵野美術大学教授
漆はメープルシロップのように木からでる液で、アジアで一番よく使われている樹液。漆の木は東は日本、西はインドの端のブータン、南はベトナムやカンボジアと、湿度の高い亜熱帯地域に分布する。マンゴーの木も漆科の植物。
漆を掻く時期は6月から10月あたり。木の円周3分の1に専用の掻き鎌で横方向に20〜30箇所傷をつけ、別の刃物でもう一度同じ所を切ると勢いよく出る。木が傷ついた所を修復するために出す漆液を金属のへらですくい、桶の中にためていく。
近年日本では採取されなくなったので、現在使われている漆はほとんど中国のもの。採取されたばかりの漆は強力な接着剤として使えるが、工芸品に使用する場合、日に当ててゆっくりかきまぜながら水分をとばし、さらに油分を細かくすることで滑らかにする。
漆塗りの歴史
日本東部地方で縄文時代の漆を塗った土偶が発見された。水銀系の赤い鉱物を漆とまぜて表面に塗ったもの。漆は水分を含んだ状態なら長持ちするが、紫外線に弱いので太陽にあたるともろい。東北地方は温度が低く、発見された土偶や土器はぬかるみにつかった状態にあったので、色の付いたものがいくつか発見されている。
奈良時代は乾漆(かんしつ)仏像の制作がさかんで、漆が多く使われた。乾漆仏像は、粘土で形を作り麻布を漆で塗り固める技術を用いる。その後刃物が発達し木で仏像を作るようになる鎌倉時代以降は乾漆の技術が途絶えた。しかし漆は形が自由なものが出来るという利点があり、現在乾漆という技術は伝統工芸の粋で残っている。
室町時代あたりから漆工芸が流行し、桃山時代で完成。貴族の家具、調度品、食器を中心に作られた。江戸時代、南蛮貿易や輪島・津軽など藩の特産品として発達・量産された。
装飾では黒地に金蒔絵が日本の漆芸で代表的な技術として国際的に知られている。蒔絵(まきえ)は漆で描いた文様の上に金や銀の粉を蒔いて仕上げる。それに対して、上塗りした漆の表面を彫って文様を描き、金箔を埋める技法を沈金(ちんきん)。沈金と同じように漆の表面を彫り、そして色の漆を落としこんでいく技術を蒟醤(きんま)。上塗りした漆にあわびなどの貝を貼り付けたものを螺鈿(らでん)という。
漆は石油・プラスチックの出現で衰退。現在は普段使いのものはほとんどなく、贈答品としての漆器か伝統美術として残っている。しかし環境問題・健康問題が注目されはじめた近年、自然塗料として見直されている。
「仏像・木彫作品の制作について」
伊藤光治郎(いとう・こうじろう)氏
仏師・彫刻家
材料
今回伊藤氏が講演に持ってきた制作途中の如来像は樹齢120年の檜を使用したもの。仏像には樹齢約300〜500年の植林したものでない実生で育った木の、外側の一番いいところを使用する。大きな作品だと寄木細工のように木のいいところを寄せて使う。檜は一度合わすと、ぴったりとつき、くるわない。さらに木を寄せて使用する場合は、ばらばらにすることが可能。そうして中をくり抜くことで、薄く軽い作品ができる。しかし日本では材料が少なくなってきており、高価になった。
道具
伊藤氏が使用する彫刻刀は約300本、叩きのみが約150本。鍛冶屋で刃の部分を作ってもらい、自ら研いで角度をつける。表現に使用する道具は指先のようでなければいけないので、自分で柄をつけるという。そうすることでのみに対する愛着も湧くそう。
仏師の弟子にはいって、刃物を材料ひとつひとつの性質にあわせて研げるようになるまで3〜5年かかるという。
制作工程
仏像は寸法が決まっている。例えば額から足裏までが1尺2寸の像の場合、中心から胸の幅が1寸2分、それを1としてひじはりがいくつなど、全て寸法が決められている。
仏像の場合デザイン画を描かないと氏はいう。木にあごや額の位置など寸法の線は書くが、形を書くことはない。「色々なものを取っていくだけのこと」と語る。仏像のなかでも毘沙門天など天部のものは寸法が決められておらず、自由に作れるのでデッサンをする。
仏像を彫る場合、目・鼻・口の形に加え、耳が長い、手に水かきのようなものがあるなど、「仏の32相」のうち10種類ほどの特徴を表現する。仏像の形は決まっているが、顔の形は自然と「作家の顔」になっていくという。
仏像はすべて彫刻刀で仕上げ、紙やすりをかけない。彫刻刀で皮膚の細胞を作るという感じで彫り、布は絹の感触を表現したいと思いながら彫る。そういう感情をもって作ると、そのようになってくるのだと氏は述べる。そのためには指先のような彫刻刀が必要。伊藤氏は
仕事をほとんど昼間に行なう。人工的な光だと左右どちらかに偏るので、太陽光線のもと作業する。
仏像が完成したら、開眼供養を行なう。目に一点だけ残しておいて、お坊さんに儀式として最後に点を足してもらうことで魂を入れて完成させる。
(取材 船橋敬子)