SPECIAL 2006
2006年7月27日 第31号 掲載
![]() 停泊中の日本丸 |
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![]() 多賀総領事(左)と竹井船長 |
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真っ白な帆を高らかに掲げた、美しい帆船「練習船・日本丸」が、7月17日、バンクーバーを訪れた。バンクーバー港への入港は、1990年以来。
日には船上でカクテルパーティーも行われ、多賀敏行在バンクーバー日本国総領事をはじめ、多くの人々が集まった。
日本丸は独立行政法人・航海訓練所の練習船という位置づけで、東京海洋大学など商船教育機関の航海訓練に使われている。今回は、実習生79名と乗組員64名が乗船。6月20日に横浜を出発し、約1カ月の後、バンクーバーに到着した。
竹井義晴船長は、これまでの航海について、「けが人もなくここまで来ることができました。エンジンを使ったのも5日間ほどで、いい方ですね」と振り返る。
帆船は、風の力を利用して動く。だから風がないと全く動かない。日本丸にエンジンはあるが、極力使わないのが決まりだ。「帆船の船長が苦労するのは、『風をつかまえる』こと。低気圧とちょうど良い距離を保ちながら進まなければなりません。ただ太平洋上は、観測点が少ないため、天気図があまり当てにならないんです」
初の遠洋航海を経験する実習生たちにとっても、大変な1カ月だったようだ。実習生は3つのグループに分かれて訓練を行う。1日のスケジュールは、4時間の当直を務めたら8時間休憩、さらにまた4時間の当直の後、8時間の休憩。これを毎日繰り返す。休憩中も、食事や洗濯などがあるので、まるまる休みと言うわけではない。
また帆船は、帆の向きを変えたり、帆をたたんだりといった、体力を使う作業がたくさんある。しかもバンクーバーに向かう場合は、かなり北上するので、寒空や雨空の下での仕事になることも。女性の実習生(今回は7人)も訓練内容に区別はない。
さらに、バンクーバーへの航海は、ほぼ1カ月間、海しか見えない毎日だ。小さな閉ざされた空間で、毎日、同じ顔ぶれのなかで働くことは、相当タフな精神力が必要とされる。
日本丸では、二等機関士の寺尾司さんが案内してくれた。まずは空に向かって高くそびえるマスト。たくさんのロープが下に向かって伸びており、それを使って調整する。しかし帆をたたむときや広げるときは、マストの上に登らなくてはならない。
「マストに登っての作業は頻繁にあります。たとえば風が強すぎるときは、帆を絞らなくてはなりません」と寺尾さん。一番高いところは、海面から約50メートル。話を聞くだけで、目がくらみそうになる。実習生は、乗船して2日目から、マストに登る訓練を行うそうだ。
船内には教室もある。前に黒板、後ろに書棚がある広い部屋で、食堂と兼用。書棚の横には、専用ファクスで受信するニュースが貼られていた。外界と切り離された海の上では、これが実習生の何よりの楽しみなのだとか。
乗組員の部屋は、コンパクトながら、ベッドや机のある個室になっている。船長の部屋は一番広く、専用のトイレと浴室があるそうだ。
実習生たちが寝起きするのは、2段ベッドが並ぶ船室。定員8人とは思えない小さな空間だ。カーテンのついたベッドを指しながら、寺尾さんは「プライベートな空間はこれだけです」と笑う。洗面所や浴室は共同。お風呂は海水をわかしたもので、温泉のように温まるそうだ。
日本丸は6月20日にバンクーバーを出港、その後、ハワイを目指す。厳しい訓練の途上にある実習生たちは、バンクーバーでつかの間の休息を楽しんだ。日本丸の停泊中、ダウンタウンでは、真っ白な制服に身を包んだ実習生たちの姿が見られた。これからさらに、1カ月半の航海を行う日本丸。日本に帰り着くのは、9月5日の予定だ。
(取材 宗圓由佳)
ようこそ、バンクーバーへ!
練習船日本丸 歓迎会
![]() 全員で記念撮影 |
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![]() 川布祐子さん(左) 西村さおりさん |
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バンクーバーの澄み渡った空の下、日本丸がその美しい姿をメインストリートドックに現した翌7月19日、バンクーバー日本語学校並びに日系人会館主催の練習船日本丸歓迎会が同校で行われた。藤田日出男バンクーバー総領事館主席領事、同校の生徒、教員、関係者などが出迎える中、竹井義晴船長以下練習生79人、乗組員64人が真っ白の制服制帽で会場に姿を現した。
◆楽しいひとときとなった歓迎会
歓迎会は同校の新納理事、藤田主席領事、竹井船長などのあいさつの後、食事をしながら和やかに歓談の時を過ごした。風船をふくらませる競争やピアノ演奏、日本語学校創立100周年記念バースデーケーキカット、また歓迎会のお礼にと練習生たちが即興でコーラス隊を作り、歌を歌うなど笑顔が溢れる楽しいひとときとなった。
「太平洋横断航海でつらかったこと」を聞かれると、「24時間走りっぱなしなので、当直の時天候が悪くて大変だった」とか、「節水すること」、また「綱を張る時に力が足りなくて大変だった」という女性ならではの苦労も。今回は女性練習生が7人乗船。訓練は男性と同じであるため、それ故の苦労もあったと語ったのは川布祐子さん(22)。しかし、つらいことばかりでもないようで、仲條皓次郎さん(22)は、「大変なことも多いけど、楽しいことも多いです。わいわいできるのもこの実習が最後ですし、団結して最後までがんばりたいです」と語った。
最後には「世界にひとつだけの花」を全員で歌い、記念撮影をして名残を惜しみながら終了した。
◆バンクーバーではつかの間の休養
練習船日本丸は横浜港を出港した後28日間をかけてバンクーバーに到着。ここが最初の寄港地。その後ハワイのヒロ港、ホノルル港と回る。この卒業実習航海では、訓練が主な目的。連帯感や協調性、リーダーシップなどを養うこと、そして「海外で地元の人たちとの交流などを通して練習生たちに見聞を広めてもらいたい」と猪俣活人次席一等航海士。練習生のほとんどがバンクーバーは初めて。松尾紀さん(25)は、街の印象を「きれいな街ですね」と語った。
バンクーバーではほとんど自由行動で、練習生たちはそれぞれダウンタウンでショッピングしたり、観光したりと楽しんだ。仲條さんは、「日本の人が優しく話しかけてくれたのが嬉しかった」。「英語なのでなんか不思議な感じ。でもとても新鮮で、街で雑貨を見たりするのが楽しい」というのは平野勝久さん(22)。川さんと西村さおりさん(23)は、「思ったより日本人が多いんですね。英語には苦労して、ショッピングする時でもたじたじでした」と笑った。
◆練習船とバンクーバー日本語学校
会場の入り口近くに美しく白い帆を張った日本丸が描かれている絵が飾られていた。日付は1958年6月。日本丸が初めて同校を訪問した時に記念品として贈られたものだ。「当時はこれだけの人数を受け容れるだけの日系の大きな施設がなかったから」とほぼ50年前の日本丸と学校との出会いを語る水田治司元理事長。それ以来練習帆船がバンクーバーを訪れた時はここで歓迎会を行ってきた。同校は今年で創立100周年を迎えた。竹井船長は、「毎回の歓迎をほんとに嬉しく思います。100周年の記念の年に船長として訪れることができて光栄です」と今回で8回目となるバンクーバーにも想いはひとしおのようだった。猪俣次席一等航海士も、「練習生の時にここを訪れてダンスをしたりした楽しい思い出があります」と思い出を語った。
バンクーバー日本語学校並びに日系人会館こどもの国の本間真理園長は、「楽しんでもらってよかった。毎回コミュニティの代表として楽しい思い出を作ってもらうために真心込めて歓迎を続けています。彼らには世界に羽ばたいて行ってもらいたいし、また、再び学校を訪れる時には故郷のような存在でありたいと思っています。無事の航海をお祈りしています」と練習生たちにエールを送った。
(取材 三島直美)