SPECIAL 2006

2006年5月25日 第22号 掲載


苦しみはただ見るだけ、そこから気付きが起こる
人間の本質を語った菅澤照真住職講演会


朗らかに語る菅澤照真住職


講演に集まった人々は100名を超えた

 仏教という枠組みにとらわれず、自由に真理を探究する栃木県・潮音寺住職、菅澤照真氏が当地の有志の熱烈な要請に応じて来加し、リステルバンクーバーホテルで5月13日(木)に講演会、14日に講習会を行った。100名以上の参加者を迎えての講演会で菅澤住職は、朗らかに親しみやすい語り口で自身の得た体験をもとに、私たちの本質は永遠の命をもった意識であり、肉体や思考・感情は借り物であること、そして人間は生まれながらにして悟っている存在であることを語った。

 「以前にどこかで会ったのでは」と参加者数名から声が聞かれる。それほどに親しみのわく人柄の菅澤住職。時折ジョークを交え、また至高の体験を思い出して感激の涙もにじませながらの語りが行われた。(
以下、菅澤住職談)

超常体験からわかった人間の本質の姿
 私は小さな頃に死を意識して以来、それを恐れていました。そして死を探求し始めてから様々なことがありました。夜、ぼんやりとしていると、空の星や月が私の胸にべったりと貼り付いて取れなくなるということが起こりました。また眠れずに起きているときに壁が回りだして、そこに人がいて、その人の胸が光っているのを見たこともありました。

 何かを求めて行動したり、修行をしたわけではありません。ただ死を恐れていただけです。しかしある時突然、上下左右360度星空の中に、ただ自分の意識だけでそこに存在するという体験をしました。

 何度かそうしたことがあった後に、今度は意識がもっと根源へと向かい、「宇宙も私が作ったものだったんだ」とわかり、その次には「最初から私はそれだった―神や宇宙、それさえも私の中にある」という意識になりました。そして「これが人間の正体なんだ」とわかりました。まさかこのようなことが自分の身に起こるとは思いもよりませんでした。しかしこれこそが私たちの究極の姿であり、だれもが究極の存在の化身なのだとはっきりわかったのです。それを見たとたん、偉い、偉くない、貧しい、貧しくない、健康、健康でない、そんなことは一切意味のないことだとわかりました。

人間は生来悟った存在である
 わたしの母が自分のすべてを受け入れてくれたおかげで、私は自分が好きになりました。みんなにもそうなってほしいです。この世の果てまで逃げたとしても自分からは逃げられない。だったら自分の現実をみつめて、無条件に自分を許しなさい。

 皆さんずっと小さい頃から、「ああならなければ、こうならなければ」と言われ続けていますし、自分も変わろう変わろうとしていますが、自分の現実・現実の自分を受け入れていません。御大師様は「即身成仏」と言われています。すなわちこの父母に産んでいただいた、この身このままの、あるがままの自分自身をもって悟ることができると言っています。インドの聖者バガヴァンは「マインドの介入から離れてそれに気付くだけである」と語っています。私は、人はオギャーと言ったとたんに死んだとしても、人はその時点でゴールという通行手形をいただいたようなものだと確信しています。

 しかし人は多くの知識を集めて、その概念のなかで混乱しています。知識で悟った人もいるでしょうが、早道は、自分に腰を据えてただ自分を受け入れることなのです。どうぞ自分のために時間をもって自分を抱きしめてあげてください。自分を好きになるというと「そんなエゴイスティックな」と思う人もいますが、自分が好きな人は、人のことがわかります。決してそのようにはなりません。

神仏との付き合い方
 至高の存在はあなたのなかにいて、あなたのことを知っています。あなたが知らないだけです。究極の神や仏は、あなたの名前とメッセージが届くと「あなたに何をしてさしあげましょうか」と待ち構えています。それが彼らの出世の本懐(目的)だからです。だから私たちは、自分自身何が必要なのかをはっきりと気付いているべきなのです。

 キリストは言っていますよね。「求めよ、さらば与えられん」と。そしてお願いをしたら信頼し任せきる。人間はお願いをし終わったとたんに、すぐにまた自分でどうしようと考え始めていますが、自分のするべきことや出来ることは行って、あとは大いなる存在に委ねましょう。

 神は愛されることや感謝されることが好きです。神との関係をパーソナルな関係として創造してください。敬意を払う対象とするだけでなく親子、夫婦、友だち、先生、恋人のように。一番良いのは何でも話せて一緒にいられる友だちのような関係を築くことだとインドのバガヴァンはおっしゃっています。

自分の感情や思考をただ見るだけ
 心に怒りやジェラシーが来たとき、それに蓋をしたり、変えようとしないでください。カルキ・バガヴァンは言います。「マインドは地球を形成する磁場からやってくるものです。それは変えられません。あなた方は太陽が東から昇ることを変えようとするでしょうか。人間のマインドも同じです」と。

 さらにバガヴァンは言います。「苦しみは紛らわしによるものです。苦しみを紛らわすのではなく見てください。そうすると気付きがやってきます。見たとたんに終わるのです。あなたの体はあなたのものではありません。肉体と思考と感情は人間の本質ではない、ニセモノであり借りものなのです」。つまり肉体・思考・感情は、地球に適応するために身に付けた宇宙服に過ぎないのです。

 「人間は髪の毛一本変えることはできない」とイエスも言いました。それは高い知性がやっていることです。変えられないものをはっきりと知れば、あとは気付くだけ。修行も何も要りません。すごく効率的・効果的です。

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 翌日の講習では講義後や休憩中もびっしり個人からの質問や記念撮影に応じていた菅澤氏。さらにその翌日も個人面談の予定が詰まっているなか、弊紙のインタビューに応じてくださった。

自分の心のあり様を見つめることが大事と語られていましたが、自分を冷静に見ることができないときはどうしたら良いのでしょうか。
 「自分は冷静に見ることができていない」ということをただ見れば良いのです。怒りなら怒りを味わうのも必要なことです。自分に来ていることをただ感じる。その感情が来ていることを見て、「自分が怒っている」それに気が付くだけでいいのです。この感情・思考は、人類のワン・マインドから来ていると気付いて、だれしもそれが来たらそうなるのであると気付くならば、エネルギーロスから解放されます。

自分が何をしたら良いのかわからない、あるいは無気力であるという人にはどんなアドバイスをされますか?
 やはり先ほどと同じで、「自分のしたいことがわからない」―そのことを見て、気が付くことがスタートでありゴールです。即解消します。それに対して自分の思考を巡らせたり、その状態を嫌ったり変えようとしたり、マインドのコメントをもとにジャッジしたりせずに、そこにいてください。ただ気付いてください。自分が無気力であることにはっきりと気付くと、それに巻き込まれた状態が見えてきます。見えたとたんに解消します。するとその状況が主体的に扱えるようになるのです。すなわち生きることの真の体験、人生の真の始まりです、

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取材を終えて
 記念撮影にとカメラを向けると、大きな体を丸くして指でピースを作る菅澤住職の姿は、知人である方が形容していた通り、無邪気で天真爛漫そのものだった。示唆に富んだ語りもさることながら、菅澤住職は、神仏により愛される資質を、生きた人間の姿として私たちの目の前に現してくださっている存在だと思えてならない。

(取材 平野香利)

◆菅澤照真氏プロフィール◆
 1944年生まれ。元・高野山大学学長・酒井真典師の弟子となる。高野山大学密教学科卒業後、真言宗の最高位である伝燈大阿闍梨となる。第2回シカゴ世界宗教者会議に参加し、ダライラマ氏と接見。
潮音寺住職として、加持祈祷等の勤めと合わせて、インドの聖者・カルキ・バガヴァン師のもとで会得した高次のエネルギーを降ろす「ディクシャ」を実施。日本全国からの相談者は後を絶たない。
参照ホームページ www.choonji.jp


素直なお人柄が伝わってくる

バンクーバーアセッション委員会
 今回、準備運営に尽力した相木陽子さん、宮地昭彦さんを中心としたメンバーは「バンクーバーアセッション委員会」を結成。今後も人間のスピリチュアルな側面での成長のヒントとなる人たちを日本などから招き、講演を開催できればと展望を抱いている。
連絡先:rainbowsteps@hotmail.co.jp