SPECIAL 2006
2006年4月13日 第16号 掲載
![]() 伏井眞紀牧師 |
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![]() ご家族 |
環境問題、女性問題、人種差別問題、他宗教との対話など、現実的な課題を宗教の視点からどのように考えていけば良いのか−そうした問題意識を持ち続け、社会的な活動を積んできた伏井眞紀牧師。日本では主に女性問題、アジア地域の子どもの人身売買根絶運動に携わった経験を持ち、その活動ぶりを評価され、国際基督教大学で初の女性大学牧師として迎えられた。大学牧師という学内における中立な立場から、大学に人権相談員を設置し、自らもそのメンバーとして多くの学生の相談に乗る一方、それを機に大学外の人々の相談役も引き受けてきた。現在はバンクーバー日系人合同教会牧師として、現在進行形である子育ての経験も生かしながら人々の相談に乗っている伏井牧師に、親子関係、夫婦関係の問題に関するアドバイスを伺った。
◆国際基督教大学赴任中は、教会付属の幼稚園の父母を対象に「ペアレンティング」の講義を実施されていたそうですが、そこではどんな相談が寄せられていましたか?
親御さんたちからは「子育てのマニュアルがほしい」とよく言われました。今の都会の家庭は、核家族で子育てを教えられる人が近くにいないことや、民主主義教育の歴史の浅い日本で、儒教的教育感を持つ親世代とのギャップがある中で、悩む親御さんもいます。さらに、各親子によって、年代も人格も違いますから、これというマニュアルを作ることは難しいのですが、私のなかではどのような人をも愛されたキリストの言葉と行動が一連のテキストとなっています。
また、親御さんが子育てにストレスを感じられるという時、その背景に人を信頼できない環境のあることが考えられます。家族や友人関係など、開かれたコミュニティの中で、人に親切にされますと、人は「人生は楽しいな、世界はいいな」という世界観を持ち、人を信頼するようになります。けれども、社会を信頼できない場合は、人に何かを手助けしてほしいとは言えず自分で何もかもしなければと思いながら行動するようになります。それが子育てならば、親がそれを一人で抱えこんでストレスで一杯になります。
◆子育ての悩みについてもう少しご紹介いただけますか?
親御さんのなかには、「自分は親として完璧でない」と罪悪感をもたれる方々がおられます。そのために子どもを叱れないこともしばしば見られますが、「これはいけないよ」というセーフティ・バウンダリーを引くことは大切なことです。
日本の学校や社会では、「精神年齢は、実年齢の0.7だ」とよく言われます30 歳前までは子どものようにしていたい人が多くなっているようです。精神的に自立できる前から多くの選択肢があり、その中で不安を感じている若者も大勢います。自分で選び取るよりも、コントロールされる方が安心だという人も多く存在しているように思われます。
自分のなかで「こういうものは良い、これは悪い」という明確な基準なく親になりますと、今度は、その親に育てられる子どもも同様に基準を持つことができません。親が怒鳴る、怒るなどが問題なのは明白ですが、逆に何もかも放任しますと、子どもにとって親は、踏みつけにして当たり前の「ドアマット」のようなものになってしまいます。あるいはまた、子どもがのびのびと遊んでいるのを見て、突然、我慢の限界を超えて感情的に怒り出すという経験をもつ親御さんもいらっしゃるでしょう。そんな時、子どもはなぜ怒られているのかさっぱりわからず、ただショックだけが子どもに残ることになります。
◆ではどうしたら良いのでしょうか。
小さな頃は、危ない物をよけてガードをして「この範囲では遊んでいいよ」と制限がたくさんありますが、その選択肢は次第に広がり、「アップルとオレンジどちらがいい?」といった形で自分で選び取る喜びを感じながら人間は成長していきます。やがては、自分の選択の結果を子どもが受け入れ、責任を負っていくようになります。親がすべてを選んでいますと、子どもは自分で選ぶことの喜びが味わえないばかりか、自己責任を担うことができず、誰かに依存したり、自信がなくなりますので、子どもが選んだことを評価し、歓迎し、時には励ますことも必要になるでしょう。アクティブペアレンティング(より良い親子関係)のプログラムなどを通して、親子のコミュニケーションをつねに努力している人たちの経験では、より良い関係を築くことによって、親が感情的になったり、子どもが反抗期を迎えることが緩和されるという例が少なくありません。
完璧な親になる必要はありません。必要十分な親となるため、あるいは親として成長するための一つの方法として、日本で私は、教会学校に親子で参加することを勧めてきました。「なぜ?」と思われるかもしれませんが親も子どもも自分を回復する時間が持てますし、第三の視点が得られます。夫婦一緒に過ごし、また他の親たちとも出会う機会が得られます。特に男性は普段、上司・部下といった力関係の中で生活される時間が多いようですが、そうした力関係を離れ、心開いて話ができる友人や、安心できる環境をもつことは大切なことです。
キリストは安息日が必要と言われましたが、心も体も休めて家族の絆を強くする時間を一週間に半日でも持つことは必要なことです。
◆夫婦間の問題ではどのような相談が寄せられますか?
100組の夫婦で悩みは200通りありますが、日本では、夫婦の共依存関係の問題が認識されてきました。妻が経済的、またある場合は精神的に夫に依存し、夫は家事や子育てを妻に依存している場合の、夫から妻への暴力(精神的あるいは肉体的)の問題もあります。また、お互いに「自分はこんなにやっているのに」と相手に不満を抱える場合。そのような状況の中で、一日、あるいは週に1時間でもいいから互いの抱えている問題を分かち合うことは大切なことです。
カナダに来てからは国際結婚や異文化における夫婦の相談をしばしば受けますが、異なる価値基準や文化のもとで生まれ育った人を理解するには、相手の背景や文化を知ることを心掛けなければなりません。自分中心で排他的になりますと、異文化における人間関係を築くことは難しいことです。宗教者やカウンセラーなど、自分と相手の他の第三の視点を持つことによって、物事を反芻し、異なる角度から見直すこともできるでしょう。感情に流されてしまいますと、解決は難しいものです。
またコミュニケーションが上手く取れないと、夫婦間でいろんな話はしているものの、一番深い部分が話せていない場合もあるでしょう。言語の違いだけではなく、性格上自分のことを話すのが苦手な人もいます。結婚当初は気にならなかった習慣の違いも、次第に鼻につくようになり、加えて忙しくて相手に配慮できなくなりますと、反感や不満の感情が増してきて、余裕がなくなるという悪循環が生じます。
男女が出会って、情愛が高まって結婚。その後は社会的・経済的・生殖的な意味しかなく、子どもができたらそれで終わりという夫婦が多くいますが、愛(情愛を越えた無償の愛ーアガペー)を目指し、たゆまぬ努力が一生必要でしょう。新鮮なコミュニケーションを取り続けて、たとえ食べ物の好みで、「自分は白味噌がいい」と思っていても、相手が赤味噌が好きなら、「赤味噌もいいな」と思えるようなオープンな気持ちで接し続けることにより、夫婦であれ家族であれ、人生の旅を共に歩む友としてより良い関係が生まれるのではないでしょうか。
(取材 平野香利)
| ● 伏井眞紀(ふしいまき)牧師プロフィール
大阪出身。聖和大学教育学部、西南学院大学神学部で学んだ後にパプテスト連盟の牧師として東京に赴任。教派を超えて平和や宗教の諸活動に取り組む日本キリスト教協議会(NCCJ)に関わり、主にアジア諸地域の女性の人権問題や、子どもの人身売買根絶運動(ECPAT)における日本での呼びかけ人として先駆的に取り組む。その傍ら、サンフランシスコで牧会学博士過程を学ぶ。その後、国際基督教大学での初の女性牧師として招かれ、1997年から2002年まで大学牧師、及びICU教会副牧師として大学内でのセクシャル・ハラスメント問題へのポリシーの策定や、人権相談員の制度作りを遂行。セクハラ問題に取り組むネットワークが全国的に展開するなか、東京において活躍。また人権相談員として多くの人々のカウンセリングにもあたる。 出産を機に、ご主人の育った国・カナダへ渡り、UBCのバンクーバー神学校で第二修士課程(Th.M)を取得。縁を得て、2004年10月よりカナダ合同教会バンクーバー日系人合同教会の牧師に着任し、今に至る。 |
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