SPECIAL 2006
2006年3月2日 第10号 掲載
![]() 村松勝三牧師 |
牧師生活を始めて36年。2004年よりキリスト教団から独立したプロテスタントの牧師としてバンクーバーのテンス・アベニュー教会にて日本語集会を開き、開拓伝道に励んでいる村松牧師。鍛冶屋を生業とする家に生まれた村松氏が、クリスチャンの道を歩み、そして信仰がゆるぎないものとなっていったのはなぜか。
私がクリスチャンになったのは兄が直接のきっかけでした。私に16歳違いの兄がいると知ったのは戦後間もなくのことです。兄は少年義勇兵に志願して満州に渡った後、ロシア軍の捕虜となり、シベリアで抑留生活を余儀なくされていました。鍛冶屋を営んでいた父が、戦後復興期の過労で命を失ったとき、6歳だった私と姉2人に加えて、母は生後2カ月の乳飲み子を抱えていました。そんな状況の我が家に、ある日突然人相の悪い男がやってきてそのまま居座り続けました。母は跡継ぎができたと喜んでいましたが、その男が兄だとわかっても、私は『兄ちゃん』とは呼べませんでした。
兄はシベリアの過酷な抑留生活で心がすさんでおり、そのうえせっかく戻った故郷は母1人に乳飲み子を含む子ども4人という悲惨な状況であり、そこに失望と重荷を感じて仕事そっちのけで競輪・競馬にうつつを抜かしていました。おかげで私の家は貧しい上にさらに貧しくなり、母はいつも悩んでいました。
しかし放蕩三昧だった兄が「これでは人生台無しだ」とある時気が付き、母に相談しました。母は典型的な日本女性で「まじめに生きるには信心が大事。どんな宗教でもいい。信心さえすれば」と兄にいろんな宗教を薦めました。さまざまな宗教に足を運びながらも満足することなく、気持ちも改まらなかった兄ですが、「キリスト教の伝道集会に行って聖書の言葉に感銘を受けた」と言って教会に通い始めて以来、兄は喜んで生きるようになりました。兄がそれまでとはまったく違う人間になったことは、小学生になったばかりの私の目にも明らかでした。「兄を変革させたものは本物だ」と私は思いました。兄が生きがいのある生き方を示してくれて、それを導いたものが聖書にあると知り、家族みんなが教会に通うようになりました。私の高校時代は、学校よりも教会に行って若者同士で人生の生き方について議論するのが楽しく、この先、神学校に行って牧師になろうと決意しました。
高校で化学部に所属していた村松青年は、硫酸を作る装置のアイディアで文部大臣賞を獲得した。その才能に、担当教師は理工系学部への進学を勧めたが、その勧めを蹴り、意気込んで神学の道に進んだ。だがうまく行かない時期には、進路の選択を後悔することもあった。この牧師の仕事を天職と思えるようになったのは、愛知県岡崎市の愛宕山教会での在職中に同僚の祖国・スウェーデンを視察した時である。
スウェーデンには何度か訪れました。ご存知の通りの福祉国家で理想郷のイメージのある国ですが、若者に覇気がないのです。社会保障が整っているため、真面目に働かなくても生きていくことができる。ある程度以上働くと税金に取られるばかりだからと怠慢に走りがちである様子を見てきました。アジア諸国も回りましたが、かえって貧しい国の青年のほうが生き生きしているのです。
そうした姿を見て「心のなかに罪がある限り、人間の力では天国は築けない。本当に人間の罪が解決されない限り、どんな社会制度も幸せをもたらさない」と確信しました。そして「罪の問題を解決するために働こう」と、私はこのとき宗教家として生きる決意が固まったのです。
スウェーデンでは普通の医師が休みを取っているときも、クリスチャンの医師は必要とあらば休みも返上で働いていました。良い社会保障とクリスチャン倫理の両方があれば、とても幸せであると思いました。
神という存在を人間の妄想や作り事、信じたい人が勝手に信じるものと言う人もいる。では反対に神を現実の存在と捉える人は何をもってそうと考えるのか。村松氏にとって神の存在の実感は自分の体を知ったときに起こった。
私はずっと「神様を知ろう」としていましたが、ある出来事でその考えが変わりました。炎天下の街中を歩いていたとき、私は脱水症状を起こして救急車で病院に運ばれ、脳に異常がないかを
スキャンや を使って検査されました。笑われるかも知れませんが、私は医師に「あなたは脳みそがない」と言われるのではないかと本気で心配しました。ですが「腫脹も萎縮もないきれいな脳をしています」と脳の断面図をいくつも見せられました。それを見たとき「自分にもこんな脳がある!緻密に作られた脳があったんだ!」と感激し、そのとき初めて「神様によって作られた被造物としての自分」を実感しました。
それまで私にとって神は「知ろうとする存在」でした。しかしこのとき「自分が神に知られている存在」だと気が付いたのです。そんな被造物である私たちが造物主である神を知るのはどだい不可能なことです。神によって知られているということに気付くことは、神を知ろうとすることよりも大切なことです。
だれもが知っているように、私たちの体の一つ一つの細胞のなかに細胞核があり、その細胞核のなかに膨大な情報を持った が存在します。豆粒ほどのアリにも、そして単細胞と言われるプランクトンでさえ複雑な
が存在しているのです。優れた天文学者のほとんどが神の存在を信じていると言われますが、計算し尽くされた秩序をもつ星の運行を見ても、どれも偶然には出来上がったものではない、創造者の手によって考えられたと思えてなりません。神を想定しなければどうにも合点がいかないのです。
◆神に愛される感覚を実感
私は、自分にお嫁さんが来てくれるものだろうかと思ったことがありますが、身近な牧師さんの紹介でお見合いをして婚約しました。婚約中、「自分を愛してくれている人がいる」と思うと、どこにいてもうれしくて仕方がありませんでした。哲学者のルソーの考えはヒューマニズムで、私には受け入れられない内容が多いですが、彼の『幸福論』のなかの「人間の幸福とは愛されていることを自覚できることである」という一節には大変共感しています。
空の鳥も野の花も、明日は炉に投げ入れられるかもしれない命ですが、彼らは毎日最善を生きています。そうした美しい自然を見るとき、神様の愛を見る思いです。婚約時代と同じ愛されているという幸福感がそこから生まれてきます。
ウガンダの人がバンクーバーに来られた時に語っていました。「ウガンダでは天災地変が多くて神様を信じざるを得ませんが、バンクーバーの人は仕事さえあれば、神を信じなくても生きていけますから、かわいそうですね」と。神様を信じない生き方はかわいそうだというのです。キルケゴールは「現代人の不治の病は不安である」と、アウグスティヌスは「人間は神に創られたものである。神のもとに立ち返るまでは不安から解放されることはない」と言いました。絶対的な神様を信じることのできない人は、不安から解放されることはできないでしょう。
まだ私たちに与えられた子どもが小さい頃に、唇を大きく腫らしたことがありました。そのとき、この子は頭がおかしくなってしまうのではと思い、夫婦でお祈りしました。もし私たちに祈るということができなかったとしたら、どんなに不安だったろうと思います。どんな状況にあっても神様に守られている、神の愛のもとにあるという思いがあるかどうかで人の生き方は違ったものになってくるのです。幸い、子どもは蚊に刺されて唇が腫れていたに過ぎなかったのですが…。真剣に祈ることができる人生は幸いだと思います。
今でも生き物を見ていると、時を忘れて何時間でも見入ってしまうという村松牧師。その純粋な瞳に写る自然や日常の出来事が、氏に時を越えた普遍の真理を語っているようだ。
(取材 平野香利)
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村松勝三(むらまつかつみ)牧師 |
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