SPECIAL 2006

2006年1月12日 第3号 掲載



誤解・誤訳が生んだ日本人観
日本人は評価されている



著者の多賀総領事

英語関連の著書

  外交官として活躍する多賀敏行在バンクーバー日本国総領事が、一方で英語関連の書籍を執筆していることはご存知だろうか。最新の著作「『エコノミック・アニマル』は褒め言葉だった ー 誤解と誤訳の近現代史」(新潮新書680円)は、副題にあるように、近現代史における誤解と誤訳について検証したものだ。

 マッカーサーの「日本人は十二歳の子供である」という発言や、「エコノミック・アニマル」「ウサギ小屋」といった言葉は、日本人をネガティブに評する言葉としてすっかり定着している。しかし、発言者には批判的な意図はなかった。報道する側が少々誤解してしまったという。

 その他、日米開戦の原因の一つとなったのは米国側による日本の暗号電報の誤訳、日本のメディアや政治家がよく使う「グローバル・スタンダード」などという言葉は、実際は英語ではなく和製英語、などを紹介した、メディア側の人間としてはドキリとさせられる一冊だ。

まず、執筆のきっかけを教えてください。
 この本は、十年以上前から幾つかの歴史的出来事について、気になったことを調べて、書き留めてきたものです。例えばウサギ小屋やエコノミック・アニマルは、日本人の生活を否定的に示す言葉としてお馴染みの言葉ですが、本当にネガティブな意味で相手は使ったのか疑問に思いました。そこで調べてみると、最初に使った人は批判的な意味で言ったのではないということが分かりました。そんな言葉が結構あるので、集めて、いつか日本人に「別に批判されていたのではない」と伝えたいと思っていました。

 「ウサギ小屋」については調べると、初めて登場した際、EC(欧州共同体)の報告書に「日本人はウサギ小屋のような住居に住んでいる」との趣旨のことが書いてあるとのことでした。当時の新聞を調べてみると「ウサギ小屋と変わらぬ住宅環境に生息している働き気違いの国」というように表現されています。

 そこで、英語ではどのように表現されているか調べてみると、「日本は西欧人から見るとウサギ小屋(rabbit hutches)とあまり変わらないような家に住む労働中毒者(workaholics)の国」となっています。但し、問題の箇所以外を読んでも、日本に対して批判的ではない。その上、文法的な誤りがいくつかあるなど、英語としてあまり出来がよくないのです。

 おかしいな、とよく読むと、原本はフランス語で、英語に翻訳されたと注釈があります。ウサギ小屋については原文では「cage a lapins(カージュ・ア・ラパン)」。辞書で「lapin」を調べると「cage a lapins」で一つの成句になっていて、「画一的な狭いアパルトマンの多くから成る建物」と定義してある。つまり、都市型の集合住宅のことを表す俗称で、別にほめる意味はないが、侮辱する意味で使ったものでもないようだ、ということに気付きました。フランス人の住むパリの集合住宅もこう呼ばれます。何も特に日本を揶揄するために新たに作った表現という訳ではないのです。

 このように私たち日本人が外国人に言われたと思い込み、コンプレックスのようになっている言葉の中には、本来、否定的な意味はなかったものがある。別に私たちは「外国人にウサギ小屋と呼ばれるような家に住んでいる」などと自虐的になる必要はない。そう皆さんに知ってもらいたくて書いたものです。

 日本人は戦後、大変な復興を成し遂げました。日本は世界で立派な国としてそれなりに高い評価を受けています。戦後一度も武力を行使したことがなく、平和国家、民主主義国家として世界に貢献してきました。ですから、そのことを知って、国際社会の一員として自信をもって、国際人として振舞って欲しいです。

日本人にもっと自信をもって欲しいということですね。こうして、誤訳で誤解が生じた話を読むと、英語力をつけなければという気になりますね。日本人の英語について一言。
 言葉を正確に理解することは大切です。例えば、日本人はPleaseとThank youを言わないで損をしていることが多いです。日本語で、「○○してください」と言いますが、「どうぞ(please)○○してください」とは余り言わないからでしょう。でも、このpleaseの有無で、相手への印象が随分変わります。Pleaseと言わないことが如何に相手にきつく響くかということを知らない人が多いです。これはとても損なことです。

 それから最近の英語教育では文法が軽視されていますが、「正しい英語をきちんと話す」ということはその人が知的で人格も立派であるという風に見られるのでとても重要なことです。The first three words betray his origin.と言う人がいます。「最初の三語でお里が知れる」、どんな言葉を使うか、どんな発音でしゃべるかなどで、出身地や教育、バックグラウンドが全て分かってしまうという意味です。この「betray」はもともと「裏切る」という意味ですが、ここでは「問わず語りに言ってしまう」という意味です。

 しっかり英語を勉強すると多くの意味で得をします。「真心さえあれば言葉は出来なくても相手に伝わる」なんていうのは嘘です。真心があるということさえちゃんと言葉で言わないとわかってもらえない。初心者を勇気付ける言葉としては良いでしょうが、初級を超えたら有害な言葉だと思います。「言葉が出来なくても身振りで通じる」というのもそのまま受け入れると危険です。例えば、日本の「こちらにおいで、おいで」の手招きの動作はヨーロッパや北米では「あちらに行ってしまえ」という正反対の意味にとられてしまいます。

暗号電報誤読により日米開戦に至ったというくだりで、誤訳のために大事になってしまったということは、ビジネスや交渉の世界でも多々あるのではと書いていらっしゃいますが、今までに誤訳に遭遇されたこともあるかと思うのですが、そんなときはどうしますか。
 自分が通訳して誤訳してしまうことがあるので大きなことは言えませんが、もし他の人が深刻な間違いをしていて、実害が生じるのが明らかなときは指摘すると思います。

 話は少し変わりますが、中国語と日本語は同じ漢字を使うのに意味が違う言葉があるので要注意ですね。例えば、「手紙」は中国語ではトイレットペーパーの意味です。「愛人」は夫人、「部長」は大臣です。つまり「『外交部長』が『愛人』と一緒に日本を訪問した」というのはスキャンダラスに聞こえますが「外務大臣が夫人同伴で日本を訪問した」という意味に過ぎないのです。また中国語の「走(ツォウ)」は歩くという意味です。カタカナ英語も同じ。英語と思って使ったら、まったく通じないことがあります。

総領事はかつてイギリスへ留学。そのときの経験からも著作があります。カナダの英語でこれは面白い、本にしようというものがありますか?
 カナダの英語はアメリカに近いです。今のところ本にするに十分な程の数の、カナダ独特の表現は集まっていません。

 それでもいくつか挙げると、カナダで選挙区のことを「riding」と言いますが、これは、RCMP、騎馬警察が馬で周れる範囲を言ったのが始めだそうです。だから「ride」という言葉が含まれています。それから、工事現場などでPost No Billsなどと書いてあるのを見かけます。「貼り紙するな」ですが、イギリスではpostは投函する、billは請求書になりますね。つまり英国英語では「請求書をポストに投函するな」という意味にとられかねません。

調べてみましたが、英語関連の著書が随分ありますね。
 これまでに6冊出しました。            
『ワンランクアップの英文法』(筑摩書房)
『国際人の英語』(丸善出版)
『体験英語の楽しみ』(〃)
『文化としての英語』(〃)
『シャープなリンゴとルーズなトマト、イギリス英語散歩』(小学館)
そして、昨年、新潮社から出た『エコノミックアニマル…』です。

総領事は国際場面で活躍されていますが、外交官になろうと思ったきっかけは?
 外国には素晴らしいこと、面白いことが一杯あるに違いないというあこがれが子供の時からあり、外国に行ってみたいという気持ちがあったからです。それに日本という国全体のために尽くせたら良いなという気持ちもありました。

 英語ではいやというほど苦労をしてきました。本を一杯書いて随分暇だなあと言われることもありますが、私はゴルフをしませんので休日にはその分時間を見つけることが出来ます。本を書いたのはこれからの日本を支える若い人達に自分の轍を踏まないでもらいたいという、ある種の情熱のようなものに駆られてのことでした。でも残念ながらいずれの本も余り売れていません。

 取材で多賀総領事と同席する機会が何度かあったが、いつもちょっとした発言に英語が好きな方、勉強家との印象を受ける。疑問に思うような単語などがあるとメモを取り、調べるようにしている姿勢は見習いたい。

 著作は、週末や夜、公務のない時間に書いてきたもの。そのため「『エコノミック・アニマル』は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史」は、出版まで十年以上かかったそうだ。  

(取材 西川桂子)



「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった 誤解と誤訳の近現代史

第1章 「日本人は12歳」の真意 ー この一言で、マッカーサー元帥は日本人に嫌われてしまったのだが。

第2章 「エコノミック・アニマル」「ウサギ小屋」は悪口か ー 2つの言葉には、日本への意外な高評価が隠されていた。

第3章 アーネスト・サトウと山下将軍の無念 ー 外交の場では小さな勘違いが致命傷になる。そこに悪意はなくても。

第4章 暗号電報誤読の悲劇 日米開戦前夜 ー 悪意に溢れた米国側の「誤訳」が、日米開戦のきっかけだった!

第5章 漱石の鬱屈、魯迅の感動 ー イギリスで屈辱を味わった文豪と日本の人情に触れた文豪。

第6章 ダイアナ妃とブッシュ・シニアの文法 ー 世界を揺るがせたプリンセスの三人称。大統領が見せた言語学の知識。

第7章 存在しない「グローバル・スタンダード」という言葉 ー 政財界がお題目にした「基準」は、日本でしか通用しない言葉だった!

第8章 ブッシュ・ジュニアの国連演説 ー 単数か複数か、それが大問題だった。イラク戦争を巡る駆け引き。

第9章 騒動の中心はたったひとつの言葉 ー 「うすのろ」「強情者」呼ばわりで大統領も首相も激怒。

新刊「『エコノミック・アニマル』は褒め言葉だった ー 誤解と誤訳の近現代史」