MAPLE 2006

2006年8月3日 第32号 掲載
 

パシフィック・シネマテーク2006年度邦画集第4弾
没後50年、映画界のシェークスピア溝口健二の世界


 「ピカソやベートーベンのようである」「バッハやティツィアーノを思わせる」。多くの映画評論家が口を揃えて絵画や音楽に例える美しい作品群を世に送り出した溝口健二。黒澤明、小津安二郎と並ぶ邦画三大巨匠のひとりとして、溝口の名は今も世界に轟く。8月24日は、その奇才・溝口が没して50年の節目。邦画マニアシリーズが好評のパシフィック・シネマテークでは、追悼イベントとして6作品を上映する。溝口の独創的で情緒的な日本の美の世界を堪能したい。

(取材 藍智子)


courtesy Kadokawa-Daiei



リアリズム映画の第一人者

 溝口は1898年(明治31年)、東京に生まれた。1920年に日活に入社、‘23年、『愛に甦る日』で監督デビューした。『滝の白糸』(‘32)で台頭し、『浪華悲歌』『祇園の姉妹』(‘36)の傑作2本により、邦画界におけるリアリズム映画の確立と監督としての地位を築いた。戦争により映画製作に制約がかかると、『残菊物語』(‘39)など芸道を題材にした作品に転じたが、戦後は長いスランプに陥る。それを打破したのが『西鶴一代女』(‘52)だ。この作品はベネチア国際映画祭で受賞、続く『雨月物語』(‘53)、『山椒太夫』(‘54)でも同映画祭で受賞するという快挙を遂げた。しかし‘56年、白血病に倒れ、病床からの復帰を目指すものの、『赤線地帯』(‘56)が遺作となった。

ゴダールにも影響を与えた手法
 溝口の作品は、身勝手な男たちの狭間で、肉体を犠牲にしながらも気丈に生きる女性を題材にしたものが多い。それゆえ、≪フェミニスト監督≫としても賞賛されているが、実際の溝口は普通の≪男≫であったようだ。人間の惨忍な欲や虚飾の世界、命や人生の儚さ、愛など、人生の肥やしがあったからこそ、描けたリアリズムなのかもしれない。技術面でもリアリズムを追及した溝口は、≪長回し≫による撮影方法や、天才カメラマン・宮川一夫との出会いで、移動撮影やクレーン撮影などの画期的なカメラワークを編み出した。これらの技術は映画製作に革命をもたらせ、ゴダールやトリュフォーなどのフレンチ・ニューウェーブに多大な影響を与えている。


溝口は58歳の若さで亡くなるまでに約90本もの作品を制作したが、現存するのはわずか30数本のみだ。

今も新しい溝口ワールドは、スクリーンでこそ映える。今夏の希少な上映をお見逃しなく!
 




 

雨月物語(Ugetsu)
1953年/モノクロ/35ミリ/96分
監督:溝口健二/原作:上田秋成
出演:京マチ子、森雅之、田中絹代、小沢栄、水戸光子、他

作品解説
 上田秋成の、物欲や出世欲に目のくらんだ男を描いた『浅茅ケ宿』と、愛欲に溺れていく男を描いた『蛇性の淫』を原作に普遍的テーマを描写した溝口映画の最高傑作。同時にこれは、欲望にかられた男たちの犠牲になった女たちの物語でもある。劇中は宮川のカメラによる、美しく見事な芸術的世界が広がる。霧むせぶ琵琶湖を小舟が行くシーンの幻想的な美しさは見もの。

あらすじ
 戦国時代の近江国琵琶湖。貧しい陶工の源十郎は、武士になる夢を捨てられない義弟・藤兵衛と、陶器を売るために町へ出た。平凡な幸せを望む源十郎の妻・宮木と藤兵衛の妻・阿浜。しかし、男たちは名声や愛欲に目が眩んでいった。残された妻たちの悲劇・・・。欲望に溺れた男たちは、己の浅ましさ、愚かさを知る。

上演スケジュール
8月12日(土)7:30pm
8月13日(日)9:35pm
8月14日(月)7:30pm


雨月物語(courtesy Kadokawa-Daiei)
山椒大夫(Sansho the Bailiff)
1954年/モノクロ/35ミリ/125分
監督:溝口健二/原作:森鴎外
出演:田中絹代、花柳喜章、香川京子、進藤英太郎、清水将夫、他

作品解説
 森鴎外の同名小説を映画化した作品。『西鶴一代女』『雨月物語』に続く3年連続3回目のベネチア国際映画祭での受賞作品であり、世界に“巨匠・ミゾグチ”の名を知らしめた名作となった。海をパン撮影(ゆっくり流しながら撮る、パノラマ撮影の手法)したラストシーンは絵のように美しく、ゴダールが後に自身の作品『気狂いピエロ』で同様のシーンを再現している。

あらすじ
 平安時代末期。母と越後を旅していた幼い安寿と弟の厨子王丸は、道中人買いに連れ去られ、大地主・山椒大夫邸に奴隷として売られた。長きにわたり過酷な日々を過ごした姉弟は、生き別れとなった母に会うべく、逃亡を図る。厨子王丸は逃げ切り、やがて社会的にも地位を得、母との再会を目指す。

上演スケジュール
8月12日(土)9:25pm
8月13日(日)7:15pm
8月14日(月)9:25pm


山椒大夫 (courtesy Kadokawa-Daiei)
西鶴一代女(The Life of Oharu)
1952年/モノクロ/35ミリ/135分
監督:溝口健二/原作:井原西鶴
出演:田中絹代、三船敏郎 、山根寿子 、宇野重吉 、菅井一郎 、他

作品解説
 長いスランプを脱し、‘52年のベネチア国際映画祭で国際賞を受賞した溝口の再起作。原作は封建社会の中で自由奔放な性を謳歌する女性を描いた井原西鶴の『好色一代女』だが、溝口の作品では、男の都合で落ちてゆく女の人生という視点で描く。以後この作品は邦画の代表作となり、フランスを始め、溝口は世界各国で注目されることになった。『雨月物語』『羅生門』同様、宮川の潤沢なカメラが冴える。

あらすじ
 元禄時代。惣嫁(そうか・娼婦の形態のひとつ)のお春は、寺の羅漢像に過去の男たちの面影を思い浮かべていた。お春を欺いて宿に連れ込み、処刑された男。お春を側室にし、子を産ませた男。束の間の結婚生活と急死した夫。駆け落ち。宿屋の飯盛女、湯女、水茶屋の女、歌丘尼となり、ついには辻に立つ惣嫁へとお春を流転させた惨酷な運命とは―。

上演スケジュール
8月18日(金)7:00pm
8月19日(土)9:15pm


西鶴一代女(courtesy Toho Co., Ltd.)
赤線地帯(Street of Shame)
1956年/モノクロ/35ミリ/88分
監督:溝口健二
出演:京マチ子、若尾文子、三益愛子、木暮実千代 、浦辺粂子 、他

作品解説
 売春禁止法に揺れる昭和30年代の吉原を舞台に、娼家『夢の里』で身体を張る5人の遊女の日常を交錯的に淡々と描いた、まさに溝口の得意分野。しかし、封切後間もなく溝口は不調を訴え、これが遺作となった。

あらすじ
 一人息子のために働き、その息子に会うため田舎へ行ったが、すでに親子の縁を切られていたユメコ。結婚を夢見て常連客の許へ飛び出したが、結局舞い戻るヨリエ。客に首を絞められ警察沙汰となった、父の保釈金のために身を売るヤスミ。病の夫と幼い子を抱えるハナエ。元黒人兵のオンリーだったミッキー。店先にしょんぼり立つ、下働きから上がったばかりの少女。いろいろな人生模様が展開されるが、今日も『夢の里』にはネオンの下で威勢よく客引きする声が聞える。

上演スケジュール

8月18日(金)9:30pm
8月19日(土)7:30pm



赤線地帯(courtesy Kadokawa-Daiei)
祇園の姉妹(Sisters of Gion)
1936年/モノクロ/35ミリ/69分
監督・原案:溝口健二
出演:山田五十鈴、梅村蓉子、志賀廼家弁慶、進藤英太郎、深見泰三、他

作品解説
 昭和11年(‘36年)のキネマ旬報邦画1位を獲得した、祇園芸者の生活模様を描写した作品。同じ花柳界でも華やかな祇園の世界ではなく、特には金で身を売る格下の≪乙部≫の世界を取り上げている。あまりにもリアルに描いたため、長年物議を醸したことも有名。検閲による90mに及ぶ本編のカットは痛手だが、それに負けない評価を受け、かの小津安二郎も『浮雲』(成瀬巳喜男監督)と 『祇園の姉妹』だけは俺には撮れない」と語ったという。

あらすじ
 京都の祇園乙部の若い芸妓・おもちゃは、身請けしてくれた 男に尽くす昔かたぎの姉・梅吉とは正反対。姉妹を慰み物にする男たちは利用すべきだと思っているおもちゃは、破産して 姉妹の家に転がり込んできた梅吉の旦那を、姉の意に反して追い出した。 そして、何人もの男たちを言葉巧みに操っては自分と梅吉の旦那になってもらい、金品を得ようとするのだが―。

上演スケジュール
8月22日(火)7:30pm
8月23日(水)9:35pm


祇園の姉妹 (courtesy Shochiku Co., Ltd.)
残菊物語(The Story of the Last Chrysanthemums)
1939年/モノクロ/35ミリ/142分
監督:溝口健二/原作:村松梢風
出演:花柳章太郎 、森赫子 、河原崎権十郎 、高田浩吉、梅村蓉子、他

作品解説
 明治初期の歌舞伎界を舞台に名優の悲恋を描いたもの。軍国主義への傾倒を嫌った溝口が活路を見出した芸道作品のひとつで、昭和14年(‘39年)のキネマ旬報邦画ベスト・テン第2位に入賞した佳作。

あらすじ
 歌舞伎一家の御曹司・尾上菊之助。周囲はちやほやしつつも実力が伴わず、「大根役者」と陰口を叩かれていた。そんな中、弟の乳母のお徳だけが本音で意見し励ました。やがてふたりは惹かれあうが、「許されぬ恋」と、引き裂かれる。菊之助は家を捨て、一人修行に出た。1年後、ふたりは再会し、一緒に暮らし始めるが、苦難続きでお徳は肺を痛め、生活は限界に。お徳は菊之助を東京へ返す口添えを中村一座に頼みに行き、自身は菊之助のために身を引いた。名古屋の舞台で大役を演じきり、絶大な評価を得た菊之助は菊五郎の許しを勝ち取る。そして大阪に凱旋興行を行った菊之助は、お徳の危篤を知らされるのだった。

上演スケジュール
8月22日(火)9:00pm
8月23日(水)7:00pm


残菊物語(courtesy Shochiku Co., Ltd.)

 


上映館インフォメーション

Pacific Cinematheque
■住所:200-1131 Howe St. Vancouver BC V6Z2L7
■電話:(604)688-8202/FAX:(604)688-8204
■映画インフォメーション(24時間):(604)688-FILM (3456)
■ウェブ:http://www.cinematheque.bc.ca
■チケット:
シングル/一般$8.50 、シニア・学生$7.00
2本立て/一般$10.50 、シニア・学生$9.00
2本立て10セットパス/一般$80.00、シニア・学生$70.00

* シニア=65歳以上
* ボックスオフィスは現金のみ取扱い
* オンライン販売は上映日の午後4時半締切り