SPECIAL 2005
2005年11月24日 第48号 掲載
![]() 自宅のリビングで 戸田栄さん |
![]() 着物の装いでは心にも張りが出てくる |
お茶や生け花が茶道、華道が精神文化に高められたことと同じく、着物の装いを「道」に高めたのが「装道」である。「装道」は、山中典士氏が「和装を通して心豊かな人間を育む」という理念を具現化しようと昭和38年に創設した「装道きもの学院」を通じて実践、普及が開始された。その活動は、2002年から日本の中学教育に和装教育が導入されるという大きな動きにまで発展してきている。
ここBC州でも装道哲学に基づいて和装の普及に当たっている人がいる。戸田栄さんがその人である。「着物を装うこと」の魅力や価値を、栄さんの興味深い生い立ちや装道との出会いも含めてご紹介しよう。
装道との出会い
栄さんは愛知県一宮市で百年以上の歴史を持つ老舗料亭の長女として生まれた。料亭の女将(おかみ)として忙しく働く母と女中さんに囲まれて育った栄さんにとって、着物はごく身近な存在だった。着物の着こなしに関する目も肥えていたに違いない。そんな彼女にある出会いが訪れた。
「あるところでとっても素敵な着物姿の方と出会ったんです。それが装道礼法きもの学院の副学院長の方でした」。
その人の素晴らしさに惹(ひ)きつけられるようにして栄さんは装道礼法きもの学院に入学。そこで、外見の美しさだけでなく、精神性を高めることによって内面から美しさを得ようとする装道哲学に感銘を受けた。
着物で日本文化を紹介
栄さんのような輝きのある人を「粋な人」と言うのだろうか。容姿の美しさだけでなく、女性的なかわいらしさと健康的な明るさ、そして凛とした芯の強さを感じさせる栄さんは、20代の頃、周囲から美人コンテスト出場への勧めを数々受けたが、父はそれをことごとく反対した。だが、装道礼法きもの学院主催の「全日本きもの装いの女王」は、姿形の美しさだけでなく、人格と着付けの技術を含めた総合的な視点から評価されるコンクールだったため、栄さんは装道の勉強のために、またその時病床に伏していた父を元気づけるためにもと出場を決意。父の看病や料亭の仕事の多忙な生活のなか夜中に着付けの練習を積み、栄さんは見事1980年度「全日本きもの女王」の座を獲得した。そして「ミスきもの」になってからは、カナダを始め、アメリカの国連本部や中国を訪問し、「着物による外交」を経験した。その後、自分で教室を開くようになった栄さんだが、ご主人の仕事の関係で1991年カナダに移住。栄さんがカナダに来るにあたり、ご主人から言い渡された約束があった。それは「カナダに来るからにはカナダ人と積極的に交流すること」だった。
当時、日本人が少なかったホワイトロックで、周囲の人々の日本人への認識はきわめて希薄だった。英語のままならなかった栄さんだったが、「ミスきもの」時代に着物で外交をした経験が役に立った。栄さんは「着物を着せてあげるから」と近所や子どもの友人のママさんを自宅に招き、それをきっかけにカナダの人と互いの世話をし合う交流が始まったのである。
「私がこの国に居られたのは着物のおかげです」という栄さんの言葉には情感がこもっている。
和装から生まれる美しい人間関係
三人の子供が成長した今、栄さんは再び装道の指導を始めた。
「生徒さんは若い方から高齢の方までさまざまです。皆さん初めは『とにかく1日で着物をきれいに着られるように教えてください』と来られます。着物の着付けを始めるうちに『着物を着ていたら主人にほめられて』と、報告の言葉のなかにご主人への感謝の気持ちがこもっていたり、『子どもに”ママきれいだね“と言われました』と喜びの声があったり、『実家から着物が送られてきました』と感謝があったりします。ある方などは悩みを抱えて気持ちが落ち込んでいたのですが、午前中に教室に来られた日の夜に私に電話をかけてこられて『今、主人を待っていて、朝から着物を着たままで居るんです』と語る声が弾んでいましてね。この方のように着物の装いからどんどん喜びや感謝の気持ちが湧くと共に、美しい人間関係も生まれてきています。どんどんその方が良い方向へ変わっていくんです。またそうした人を思いやる気持ちが、内面からの美しさを生みだします。このように、ただきれいに着ることだけでなく装いを通じて精神性を高めていこうとするのが装道哲学なんです。ですが、その哲学は講義のようにお話して伝えるのではなく、装いを通じて自然と備わっていくものですね」。
冒頭に紹介した装道の創始者・山中典士氏はこう述べている。「きものに生きる愛美礼和の叡智を共通意識として反復すれば、偉大な潜在意識の力が発揮され、装道の目指す平和と幸福の理想は必ず実現する」。一見、壮大に思えるこの思想も、栄さんの生き方と周りの人々の変化を見る人には、お題目ではなく、現実のなかで着実に実を結んできていることが実感できることだろう。
栄さんのきもの教室
内容は個人のリクエストに応じて柔軟に設定。初心者の人には
1、その人にあった体型補正、下着の着装/浴衣(ゆかた)の着装
2、半幅帯の結び方
3、長襦袢(ながじゅばん)の着装、小紋の着物
4、訪問着
というような段階で進んでいく。
今の時代、日本では着物を簡単に着るための小物が出回っているが、栄さんはここカナダで受講者の家庭にあるものを使って美しく上手に一人で簡単に着られる方法を伝授していく。この日の栄さんはご主人のお母様が60代で着ていたという紺地の落ち着いた着物に、明るい色で刺繍のついた半襟を合わせ、自分の年齢に合うよう着こなしていた。そうした装いのコツもしっかり教わることができるようだ。
(取材 平野香利)
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◆戸田栄さん(旧姓・平松さん)プロフィール◆
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![]() 「全日本きもの装いの女王(ミスきもの)」を獲得した時の栄さん |
1958年愛知県一宮市の料亭の長女として生まれる。1978年PARCOのきものシリーズポスターのモデルに抜擢される。1980年「全日本きもの装いの女王(ミス・きもの)」の栄冠を獲得。翌年、装道礼法きもの学院の師範科を卒業し、愛知、静岡で栄きもの教室を開く。1991年よりカナダに移住。 全日本きものコンサルタント協会コンサルタント資格、装道礼法きもの学院師範資格 ご主人の英治(えいじ)さんも静岡県の老舗料亭に生まれた方。勘右衛門派藤間流名取りで歌舞伎舞踊を得意とする英治さんと栄さんは結婚式で舞台衣装を着けて日本舞踊を披露し、それを観ていた英治さんの祖母は「英治の方がきれいだ」と言ったとか。 楽しい話を紹介しながら、細やかな気配りで訪問者である筆者を接待する栄さんの姿にも、学びがあふれていた。 戸田栄さん連絡先 Tel: 604-538-6002 E-mail: etoda@attglobal.net |