SPECIAL 2005

2005年9月1日 第36号 掲載



在住日本人を孤独・孤立から救う架け橋
「ピアねっと」


晩餐ピアねっとの馬場康至さん(左)と加藤恵津子さん

 日本語ヘルプ電話リスト製作のピアねっと創設者で、ワーキングホリデー・メーカーや学生、ビジター(観光ビザでの滞在)など、バンクーバーの一時滞在者を対象とした研究を続けている国際基督教大学助教授の加藤恵津子さんが、今夏もリサーチのために来加した。慰労会を兼ねたピアねっとの集まりの席上で、加藤さんと、現在、ピアねっとの企画運営からウェブ製作管理まで幅広く携わる馬場康至さんのお二人に、ピアねっとの創設から今後について語ってもらった。

「ピアねっと」とは
 ピアねっとは、バンクーバーに住む日本語を母語とした人々がトラブルや困難に遭遇したときに、相談先が無く孤立することを懸念して、「少しでも助けになれば」との思いから01年の夏、立ち上げられたボランティア団体である。

当初の名称は「ソーシャルサービス・ネットワーク」というもので、創設には加藤さんを始め、言語学者、医師、カウンセラー、セラピスト他、専門家が集まった。02年に親しみやすい名称「ピアねっと」に改名。日本語での治療やサービスを受けられる各医院や救済機関などの電話リスト製作を続け、本紙などに掲載している。

先生はバンクーバーにおける日本人の一時滞在者について、UBCでご研究されていたと伺っていますが
 加藤「元々トロントで5年半、文化人類学の博士課程で勉強していまして、その終了後01年3月から1年間、ポスト・ドクトラル研究員として、UBCの心理学科と日本文化研究センターに在籍しました。きっかけは、トロントで読んだ日系紙の『バンクーバー・心のケア・シンポジウム』の記事でした。スピーカーの1人が少しだけESLの学生などの問題について触れており、それを機に、バンクーバーには多くの日本の若者が一時滞在するが、彼らのメンタルヘルスケアや、悩み、その背景などはどうなっているのか、移民者へのケアはあっても、一時滞在者に関しては盲点になっているのではと、関心を持つようになりました」

馬場さんの本職はウェブデザイナーですが、移民前のご職業は
 馬場「建設会社で道を造ったりしていました。パワーショベルが動かせるウェブデザイナーです(笑)」

こちらに移民するにあたって、職に関する不安はありましたか
 馬場「何とかなるだろうと。建設関係の日本のライセンスは持っていたので、他がダメだったらこれを勉強し直そうと思っていました。97年にインターネット・ブームがきて、独学で勉強。現在妻が会長を務める『木曜会』のウェブ管理を頼まれたのがきっかけで、仕事が来るようになりました。初めての仕事は日本領事館のホームページ。そうなると片手間にはできなくなり、99年、現在の会社『はちみつウェブ』を設立しました」

先生と馬場さんが出会ったのはUBCでの先生の講演会だと
 加藤「馬場さんはUBCも、その後に行った隣組での日本語の講演会にも来てくださり、『できることがあれば何でもやります』と言ってくれて」

ピアねっと設立までの経緯は
 加藤「当時すでにJCCA人権委員会の一部のメンバーの間で、日本からの一時滞在者や、英語が苦手な移民者を意識したサポートを始めないといけないという議論がされていて、私がちょうどトロントから来て。そしてカルガリー事件(*注)が起き、早急にそういった孤立している一時滞在者のサポートが必要だと」

 当時日本語で受けられるサービスの情報を総括するようなものは無く、本紙編集部や他日系メディアに、行き詰った一時滞在者からの切羽埋まった電話が相次いでいた。
それをヒントに、加藤さんが、知りうる限りの日本語が通じる救済機関やサービスの連絡先リストを作成、メンバーらにメールで回覧して書き足してもらい、情報を増やしていった。
その出来上がったリストをメディアなどに配布、本紙を始め、日本語情報誌に掲載する運びとなった。

リストの内容を生活レベルまで広げることはしないのですか
 加藤「そこが難しいところで、そうなると広告になってしまう。当初からなるべくエマージェンシーに限ろうというポリシーで掲載先を選出しています」
 馬場「試行錯誤してきましたが、今は困ったときに役立つ、できるだけ無料の情報が中心です。そうでないと、無料広告になってしまいますから。
『掲載して欲しい』という要請があった場合には、ピアねっとのミーティングに来ていただき、細かく審査させてもらってから掲載しています」
 加藤「奉仕の精神を持っているかも大事ですね」
 馬場「よく、ボランティア派遣の団体だと思われますが、そういったことはしていません」

加藤先生は日本からのご参加ですね
 加藤「そうですね(笑)。毎年夏に数週間研究リサーチのために滞在するので、そのときにメンバーと交流しています」
 馬場「その先生の研究をまとめたものをピアねっとのサイトで掲載しているんです」

現在の研究対象も日本人一時滞在者ですか
 加藤「毎年少しずつ角度を変えていて、2年前からは、韓国人の語学留学生との比較や、在日韓国人でこちらへ来ている方などにもインタビューしています。
また、移民を意識している方、一時滞在を経て移民申請を行った方などの条件をつけたりと、調査対象が深まってきていますね」

これまでどれくらいの方々にインタビューされたのですか
 加藤「UBC時代に55人、帰国後は毎年十数名ずつ、4年にわたります」

UBC時代の研究結果は活字として出版されましたが、今回のご研究も
 加藤「そうしたいですね」
 
  馬場さんは、語学留学での一時滞在中に、ストレスから円形脱毛症になったことがある。

 エージェントや学校などは、滞在のポジティブな面しか語らない。馬場さんは、知っておくべきネガティブな情報が少ないことを指摘する。
妻のエリザベスさんはカナダ人で、JETプログラムに参加、日本へ数年滞在していた。
歴史のあるJETでは、渡航前の参加者に向けたセミナーが充実している。
異文化生活に対する傾向と対策の冊子も配られる。また、外見から日本人だと誤解されがちなアジア系のJET参加者へは、別途にセミナーがある。
「なぜ日本語が話せない」という蔑視的な体験をする可能性があるからだ。

 馬場「言いたいこともうまく言えないなどの状況が毎日積み重なり、3ヵ月もすればストレスがあって当然。
誰もが感じる当たり前のこと。ただ、その落ち込みの幅が、日本にいるときよりも大きい。
慣れるに従い、その振幅は狭まりますが、聞き取れるようになっても昔の時事ネタや流行がわからなかったり。ウェブでそういったことも載せていきたいですね。
自分が今どの段階にいるか知ることで乗り越えられる」

 加藤「同じESLの留学生でも、韓国人の場合は留学情報センターも充実していて、困ったときに行く先がある。それがあるのと無いのとでは大違いです」

今後の展望などをお聞かせください
 馬場「せっかく専門家が集まっているので、講演会などのイベントができたらいいなと思っています。
ただトピックも、ストレスについてとかでは誰も来ない。メンバーの田中朝絵先生とも話していたのですが、カナダ人のボーイフレンドの作り方とかはどうかとか(笑)。
実際、避妊や性病対策、習慣の違いなど、悩んでいる女性は多いようです。どうやったら話を聞いて欲しい滞在者が来てくれるかが課題です」

 加藤「人の顔が見えるようなグループでありたいというのは創設当時からの悲願。そういう機会を作っていきたいですね」

(取材 藍智子)

*注 「カルガリー事件」
 01年6月、カルガリーで、不法滞在の女性(23)が1歳3ヵ月の長男をアパートに置き去りにして死なせ、生後3ヵ月の長女をポリ袋に入れ、市内のボウ川に捨てた事件。容疑者は4年前に学生ビザでカナダに来たが、ビザは99年8月で切れていた。子供たちの父親 (22)とは結婚しておらず、父親は無職で、窃盗などの別件ですでに逮捕されていた。
日本にいる 女性の両親は、2人の子供の存在を知らず、毎月〈留学費〉を送金し続けていた。

加藤恵津子(かとう・えつこ)
 国際基督教大学国際関係学科助教授。サンフランシスコやLAなど北米西海岸に滞在する日本人若者の精神的な健康状態に関する研究を行う。2001年3月から1年間UBCで客員研究員としてバンクーバーに滞在。

近年の執筆物に、「BC州の一時滞在者の人権について」(JCCA人権委員会編『日系カナダ人のための人権ガイド』、2002年、第7章)、"The Mind Roaming Above the Ocean: Mental Health of Young Japanese Sojourners in Vancouver"
(In 'Changing Japanese Business, Economy and Society,' Edited by Masao Nakamura, Palgrave Macmillan:2004, 第4章)などがある。
馬場康至(ばば・やすし)
滋賀県彦根市出身。
 カナダ人の妻との出会いをきっかけに97年、バンクーバーへ語学留学。99年6月、結婚を機にバンクーバーへ移住。

現在はウェブデザイン・管理会社「はちみつウェブ」(http://www.83web.cc/)を経営する傍ら、「木曜会」や「ピアねっと」、「企友会」などの日系の会の運営に携わる。妻・エリザベスさんは、木曜会現会長。

宗家・第3代雨宮國風


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
ピアねっと 
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