SPECIAL 2005
2005年7月7日 第28号 掲載
![]() 威勢のいい掛け声と共に街を練り歩く神輿 |
![]() 会場を埋め尽くす人、人、人 |
いまやカナダデーに行われるイベントの中でも、屈指の規模を誇るまでになったリッチモンド・スティーブストンでのサーモンフェスティバルは今年で60周年を迎えた。観光スポットとして普段から賑わっている町だが、この日はその数が何倍にもふくれあがり、どこを見ても人、人、人。そんな賑わいの中、フェスティバルはパレードから始まった。
参加団体100を超えるパレード
毎年スティーブストン・コミュニティ・センターを中心とした一角が会場となる同フェスティバルでは、サーモンバーベキュー、コンサート、ミニ遊園地、クラフト販売、日本文化紹介など様々なイベントが行われる一方、午前中は100を越える参加団体によるパレードが行われた。今年でパレード参加3回目になる晩香坡(バンクーバー)神輿の会「楽一」は、午前9時にスタート地点であるゲーリー・ポイント・パークに集合。代表の山本実氏によると、今年は70名ほどのかつぎ手が集まったとのこと。
実行委員は紺色のハッピを、ボランティアの担ぎ手はオレンジの特製Tシャツを着、何度かかつぎの練習をするとお祭り気分と一体感が高まってくる。実行委員最年長である山口氏に神輿の魅力をたずねると、「みんなと一緒になって全力を出し切る。ストレスがスカッとなくなって最高だよ」と威勢のいいこたえが返ってきた。
神輿の重量は約500キロだが、実はこの神輿、1986年に日本から贈られた当時は人の乗れない小さなものだった。それにお祭り好きの仲間達が手を加え、人が二人乗れるほどの立派なものに仕立て上げた。山口氏の音頭にあわせ、「セイヤ」の掛け声も勇ましく、日本の祭りの象徴である神輿がスティーブストンの町を練り歩いていった。
フェスティバルの目玉、サーモンバーベキュー
サーモンフェスティバルと言えば巨大バーベキューが有名だが、今年は1200ポンドの天然もののサーモンが用意されたとのこと。大きな薪の火で次から次へと焼かれていく姿は壮観だ。これまた大きな焼き網を二人がかりで持ち上げている人に話を聞くと「今日は曇ってるし風が吹いてるからやりやすいよ。でもまだ300ポンドほど焼いたばかりだからね、まだまだこれからだよ」という返事。なかなかの重労働のようだ。また、このバーベキューのプレート(サラダとパンがついて
ドル)を求めるにも長蛇の列を覚悟しなければならず、こちらも重労働だ。
日本文化と深い係わり合いを持つ町、スティーブストン
漁師として移民してきた日本人が、戦前から住んでいた町スティーブストン。日系移民の長い歴史の中心であったことを反映して、日本文化紹介も同フェスティバルの重要な位置づけにある。
大正琴や柔道、折り紙などの実演のほか、生け花、盆栽や書道、陶芸の展示が行われた。
深い味わいの和紙を用いて作る紙人形の展示と、粘土(カナダでは適した材質の粘土が入手困難なため、食パンから作ったものを利用)で作るパンフラワーの展示では実演も行われ、単純な素材から表情豊かな作品が出来上がっていくさまを多くの人が見入っていた。
日本文化を伝える架け橋として
この日本文化紹介の総まとめ役を、かれこれ 年も担当してきている平野千代子さんにサーモンフェスティバルの魅力をうかがった。
「普段からこのコミュニティセンターでいろんな日系の方たちとお会いしていると、シニアのみなさんがそれぞれ何か素晴らしいものを持ってらっしゃることに感心させられるんです。でもみなさん謙遜されてて、なかなか表に出る機会がなかったんですね。それをもっと引き出せて、コミュニティに役立てることができればと思ってお手伝いをしてたら、ここまで来ちゃいました」
「特に今年は60周年記念です。人間で言えば還暦。ここまで育ってくれたサーモンフェスティバルと、わたし達を育ててくれたこのコミュニティに対し、感謝の気持ちを込めた展示になっています」
相手を思いやる心で手をたずさえ、共に発展していく。そんな、形にはできない日本文化の心も、展示の中に込められていたのだ。
日本文化といえば日本語も重要な役割を担っている。このスティーブストンで日本語を教えているスティーブストン日本語学校は、今年で45周年を迎える。日本の季節行事を数多く取り入れている当校では、サーモンフェスティバルにあわせ、コミュニティセンター内に七夕祭りの飾り付けを施していた。
このほか野外コンサートや、CBCラジオのステージではビクトリアに活動拠点を置くフォークグループ 「The Bills」など地元アーティストのコンサートも行われ、まる一日いても飽きない盛大なイベントであった。
(取材 平野直樹)