SPECIAL 2005

2005年6月16日 第25号 掲載



日本国憲法9条改正の動きに対して警鐘


「九条の会」加藤周一氏 バンクーバー講演


バンクーバー講演で熱心に聞き入る聴衆

 去る5月30日、市内バンクーバー日本語学校・日系人会館ホールにおいて、「バンクーバー九条の会」主催により、作家・評論家、加藤周一氏の講演会が開催された。加藤氏は、今年、86歳になる高齢にも拘らず、精力的に文筆活動、講演、講義、意見表明を行っており、今回もモントリオール、フランスを訪問する途中、当地に立ち寄ったもの。当日は、60人以上の聴衆を前に、約2時間にわたり精力的に講演を行った。加藤氏の講演は、カナダ人の聴衆も意識し、各所に英語を交えて行われ、日本語を理解できない人への心配りもみられた。


「九条の会」を結成

 加藤氏は、冒頭、日本の政治家、社会の間で今「圧倒的な早さで」憲法改正案が広がっている事に対し、懸念の意を表明した。この動きに反対するために、9人の発起人の呼び掛けにより「九条の会」が結成された。


押し付けられた憲法ではない

 加藤氏は、日本国憲法の制定が敗戦後の占領下、日本国が存在しない状態、日本に主権がない状態で制定された憲法であることに間違いないが、この事象を捉えて「日本国憲法が押し付けられた憲法である」という議論には異を唱えた。「日本国憲法」の制定には日本側の官僚、学者、知識人もその草稿作成作業並びに検討作業に参加しており、十分に当時の日本側の意見も組み込まれており、決して「押し付けられた憲法」ではないとの考えを主張した。


「日本国憲法9条」

 この前提に基づき加藤氏はまず、「日本国憲法9条」の条文を検討している。「日本国憲法9条」は、2項に分かれており、その第一項においてその目的として「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とし、第二項においては、「その目的を達するため、軍事力を持たない」と明記されていることを指摘した。その上で、氏は、日本国憲法9条第一項における戦争放棄への誓いに関し、このような条文は、国連憲章、フランス憲法にも明記されているとし、第二項の軍事力放棄の項目に関しては、世界中の憲法を見ても、小国コスタリカ憲法に同様な条文をあることを除き、他にはない条文であることを指摘した。


9条の拡大解釈

 しかしながら、日本国憲法制定以来、歴代の政権は憲法の解釈を通して、既成事実を積み上げていく、「解釈/改憲」を行ってきたと批判する。

 本来、憲法においては、解釈を柔軟にできるようにするために、細かい事項についての規定は設けていないが、日本の歴代政権は、憲法9条では、「自衛のための戦争までは、否定していないため、自衛のための軍事力を保持することは否定していない」とする9条の拡大解釈を元に、警察予備隊、保安隊、そして今日ある自衛隊という組織を創出・維持し、現在では世界第3位の軍事力を持つ自衛隊という組織ができているとする事実を指摘した。

しかしながら、歴史を振り返ってみると、第二次大戦勃発の契機となった、ヒットラードイツのポーランド侵攻でさえ、ヒットラーは、その侵攻の理由を「自衛のための侵攻」と言ったように、多くの国際紛争の契機は「自衛のための戦争」を理由としており、このような拡大解釈は許されるものではないと批判した。また、昨今の足早な改憲論議が起きている理由として、このような憲法の「解釈/改憲」だけでは現実に起きている問題に対処できなくなっており、憲法を解釈だけで無限に変えることができないからだと指摘した。

 その例として氏は、自衛隊のイラク派遣をあげ、政府がいくら人道支援を目的とした派遣だと主張しても、国際社会においては自衛隊のイラク派遣は、米国の圧力により成された米軍への軍事協力以外の何物でもないと認識されていることがあげられるとしている。

 このような社会的状況下、日本では、議会の80%以上の議員が改憲に賛成している現状に対して危機感を持っているとし、仮にも憲法9条が改正された場合に、国際社会における日本の位置がどのように変化するかを指摘した。


改正の波紋

 憲法9条が改正されると、日本における軍事力増大の流れに歯止めが利かなくなり、今でも強い日米の軍事的アライアンスが更に強まる傾向になり、この事は同時に日本が北東アジアにおいて孤立を深める結果をもたらすと指摘した。すなわち、アジア各国は潜在的に日本の軍事力増大に危機感を持っており、9条改正はその危機感を更に深刻化させる要因になると考えられること、同時に北東アジアにおいて、強大な軍事力を持つ、中国との間に緊張感を生む要因になると指摘する。

 米国と中国の関係は表面上の穏やかな関係とは裏腹に、水面下の緊張関係は否定できず、日本は対中国、米国との3国関係の中で非常に微妙な立場におかれている。一方、中国は対米国において、その軍事力が米国と同等になるためには、少なくとも 年以上かかることを承知しており、現状の中国アジア外交の目標は、周辺諸国に友邦国を作り、米国のアジアにおける軍事的プレゼンスに対抗することにある。

中国のこのような外交目標は、従前まで緊張関係にあった、対インド、対ベトナム、対ロシアなど中国が国境を接する国との間で急速に緊張緩和を図っていることからも明らかだとした。このようなアジア情勢の中で日本は、対中国、対米国、更には対アジア各国とも友好な関係を維持することを目標に国連外交を標榜し、中国、米国との間で微妙な位置関係を維持してきたが、仮に9条を改正すれば、その結果は米国を取るか、中国を取るかの二者択一を迫られることになると指摘した。


9条の活用

 このように将来的に起こり得る可能性を分析した上で、加藤氏は、現状の9条を更に活用した方が良いと主張する。すなわち、過去の歴史を検証してみても、朝鮮戦争、ベトナム戦争、フォークランド紛争、湾岸戦争と戦争により問題解決が図れた事例はないと指摘する一方、現在、国際社会で問題となっている「南北問題」「環境問題」「エイズなどの健康問題」「教育の問題」などいずれも軍事力で解決できる問題ではなく、国際社会でおきている問題の80%は、軍事力を使用しないで解決できる問題であるからこそ、軍事力保有、戦争放棄を明言する日本国憲法9条の内容を声高に主張し国際社会における日本のプレゼンスを明確にすべきだと主張する。


靖国神社問題

 さらに、氏は現在、日本および周辺アジア諸国において議論になっている「靖国神社問題」を取り上げ、日本の歴史教育問題にまで言及する。先の大戦は唯一、侵略的覇権国家を国際社会が軍事力を通して問題解決を図った戦争であったにも拘らず、そのA級戦犯である人達を一般の戦没者と共に合祀していることは、A級戦犯者を愛国的英雄として祭ることであり、先の大戦を全く意味の無い戦争であったと否定することにもなると述べた。


歴史的教育問題への警鐘

 同時に氏は、大戦後のドイツと日本の歴史検証の差異にも言及し歴史教育問題への警鐘を鳴らした。すなわち、戦後ドイツにおいては、先の大戦時にヒットラー政権が行った戦争行為およびそれに付随する数々の非人道的行為に対して真摯な検証と否定、反省を行い、それを周辺各国並びに民族に対して表明し謝罪をし、更には、歴史教育の中で自国の若者にきちんと教育してきた。

しかしながら、日本においては、このドイツで見られた真摯な検証と否定、反省という行為は残念ながら見られず、唯一、天皇陛下および首相が戦後10数年を経てから非常にあいまいな、ゆるやかな表現で先の大戦に対しての反省を述べるに留まっている。これを背景とする歴史教育においても若者にドイツで見られるような明確な歴史教育は行われておらず、その事に対しても憤りを憶えると述べた。


「九条の会」の願い

 最後に、加藤氏は、自分達が期待しているのは、自分達が社会にアピールすることにより、一般市民、特に若い世代や、女性が声をあげ、憲法9条改正反対の声をあげて貰うことを期待しているとした。憲法の改正に国会議員の8割が賛成しているという現状を打破できるのは、日本の一般市民、また海外に在住する日本国民だけであり、このように「九条の会」として海外で講演会をもったのは、このバンクーバーが初めてだが、今後も日本各地や海外で主張していきたいと講演を締めくくった。 

(取材 京谷昌美)

加藤周一氏
 医学博士・1919年、東京生まれ。1980年、『日本文学史序説』で大仏次郎賞を受賞。そのほか自伝『羊の歌』など著作多数。旧制一高から東京帝国大学医学部在学中を通じて、堀田善衞、福永武彦、中村真一郎らと交流を深める。
 
九条の会
 九条の会は、2004年6月10日、日本国憲法改正への社会の大きな動き(特に憲法九条)に対して危機感を持った下記の9人が発起人となって結成された。

発起人は、井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子の9人でいずれも、日本の言論界では著名な人達。「九条の会」は、発足以来、各地での講演会を通して憲法改正への意見表明を行っている。

九条の会オフィシャルサイトの
アドレス:http://www.9-jo.jp/