SPECIAL 2005
2005年3月10日 第11号 掲載
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前任の法眼健作氏に替わり、昨年12月から在カナダ日本国大使館の特命全権大使としてオタワの大使館へ赴任してこられた沼田貞昭氏は、3月4日、バンクーバーで開催されたカナダ郵便公社「愛・地球博(愛知万博)記念切手」発行式典に出席するために当地を訪れた。過密なスケジュールの合間、バンクーバー総領事館で、日加関係、外交、また趣味などについてお話をうかがった。
◆新聞などを見ますと、沼田大使の正式な肩書きは「駐カナダ兼国際民間航空機関代表部大使」となっていますが、分かりやすく具体的に任務、役割などを説明していただけますか。
いろいろな要素があるので、分けて説明いたします。まず、外国に駐在する日本の特命全権大使は、日本を代表して相手国政府とのいろいろな折衝に当たることが、大きな役割のひとつです。また、相手国の報道機関、経済界、文化団体、地方公共団体などに、日本を正しく知っていただくための広報文化活動、かつ自分の派遣されている国の状況を本国に報告して、日本とその国のさまざまな関係での橋渡しをしていくことが、主な仕事になります。
カナダの場合には、バンクーバーに総領事館があって、多賀敏行在バンクーバー日本国総領事がおり、カルガリー、トロント、モントリオールにも総領事館があり、それぞれの地方との関係は総領事の方々が日頃直接当たっているわけですが、カナダ全体として取りまとめる立場にあるのが私となります。95パーセント、あるいは97パーセントぐらいまでは、この駐カナダ大使としての仕事です。
残りの数パーセントに、国際民間航空機関代表部大使の役割がカナダ全権特命大使には課せられています。国際民間航空の安全面、保安(セキュリティ)、最近のテロなどの問題も含めて活動しているのが、国際民間航空機関、ICAO(International
Civil Aviation Organization)で、本部はモントリオールにあるのですが、日本は1953年に加盟しています。国土交通省から出向し、私どものカナダ大使館に属する参事官が実際にはモントリオールに常勤していて、ICAOの会議に出席していますが、私は大使として最終責任者の立場にあります。
◆日加関係はすでに75年以上になりましたが、現状と今後の展望についてお聞かせいただけますか。
日加関係は良好な関係にあることは間違いがないと思います。1月にマーティン・カナダ首相が日本を訪問した際に、小泉首相との間で共同声明を出していますが、その中で両首脳は、民主主義、自由および市場経済の促進といった共通の基本的価値観を持って、長年にわたる信頼関係と友情からなる二国間のパートナーシップは強固であると言っているわけですね。それと同時に日加関係にはまだまだ潜在的な可能性が秘められていることを掲げ、今後、その潜在力を最大限に活かしていくために両国ともいっそうの努力をしていきたいと表明しています。
75周年を記念して一昨年から、さまざまな文化行事などがカナダ各地で行われてきましたが、カナダ大使館だけではなく、各地の総領事館、各地の在留邦人の方々にご協力をいただいて大盛況でした。今回カナダに赴任する前に外務省などで日加関係についていろいろ話を聞きましたところ、狂牛病の問題はまだ解決されておりませんが、そのほかにおいては問題が少ないということを聞きました。ただ、問題が少ないという状況に甘んじて、お互いにあまり注意を払わないというのではなく、今年2005年は、日加関係をより〈活性化〉していく、両国の潜在的な可能性をフルに活かしていく年にしたいと考えています。
両国間において、貿易、投資など経済関係は、もちろん重要な部分でありますが、1月の共同声明の中にカナダ、日本、両首脳が合意したひとつに、創造的な日加の経済枠組みの形成があります。どういうことかと申しますと、今まで日本はカナダから木材、穀物、菜種などといった資源を輸入し、自動車や電気機械類を輸出するといった二国間の流れがありましたが、現在、カナダは航空産業、燃料電池産業など、ハイテクも進歩しており、そういった面での可能性もあるわけです。日加間の貿易構造もさらに高度化していくこともありうるのではないかと思われます。
また、二国間の問題だけではなくて、地球的な規模の問題に関しても、日本とカナダが協力できることは積極的に取り組んでいく姿勢であります。
◆ 外務省北米局北米第一課にいらした1974年、田中角栄総理がトロント大学から名誉学位を授与された際に随行された沼田大使は田中総理のスピーチを起案、通訳されたとうかがっています。そして、10年後には北米局北米第一課長に就任され、北米とは縁が深いようですが、当時と比べてどんなところが特に変わったのでしょうか。
今回来てみて感じましたのは、カナダは本当に多文化な国になったなということですね。例えば、ここバンクーバー、そして、トロントも国際色豊かです。2、30年前はやはり白人が多かったように思います。それから、オタワでもバイリンガルの率が非常に大きくなって、フランス語を話す人が増えてきたようです。マーティン首相をはじめ、連邦の閣僚なども記者会見で必ず英語とフランス語を使うことが定着してきているようです。
また、日本との関係でいいますと、日加関係の裾野がずいぶん広がったのではないでしょうか。20年くらい前ですと、日加関係というとやはり経済関係、貿易関係といったことが主でありましたが、最近は文化の面でも両国に深いつながりがあるように思われます。例えば、日本語を学ぶカナダ人が相当増えてきているようですね。絶対数でいいますと、カナダで日本語を学んでいる人の数は世界で9番目。
カナダの人口は決して多い方ではないので、その割合からいいますと、9番目というのはカナダ人が日本や日本人にいかに関心が高いかを示していることになるのではないでしょうか。そして、興味深いことに、日本語を学ぶ年代が若くなってきているということですね。私が世の中はずいぶん変わったなと思いましたのは、そういった若い人の日本語を学び始めた動機ですね。アニメ、マンガが契機となって日本語に関心を持った人たちも多いようです。(笑)
◆最後に個人的なことを少しうかがいたいのですが、沼田大使は東大の法学部を卒業でいらっしゃいますが、検事や弁護士など法律に関与する職業に将来は就こうと思われていたのでしょうか。また、趣味などについてちょっとお聞かせ願えますでしょうか。
私の世代は法学部を卒業して官僚になる人は非常に多かったんです。実は17歳の時にアメリカに1年間留学したんですが、当時横浜から氷川丸に乗ってシアトルに行く前にバンクーバーに寄ったんです。生まれて初めて外国の土を踏んだのがここバンクーバーです。留学したのはそもそも英語に興味を持っていたからですが、実際にアメリカに1年住んでみて将来は外交官になって国際的な仕事をしたいという気持ちを強くしました。
趣味はフォークソング、ギターの弾き語りです。60年代のピーター・ポール&マリーとかボブ・ディランが好きですね。カナダに赴任する前に沖縄に2年いたんですが、三線(サンシン/三味線に似た沖縄の楽器)も覚えました。沖縄の民謡も歌います。あと、パキスタン大使だった4年前からゴルフを始めましたが、すごくヘタなのでシーズンが始まる前になんとかしなくてはならない、さあ、困ったなあといったところでしょうか。(笑)
(取材 ミネ内田ビイラー)
●沼田 貞昭 在カナダ特命全権大使 プロフィール●
1943:兵庫県に生まれる
1966:東京大学法学部第三類卒業後、外務省入省
1972〜1976:北米局北米第一課
1984:北米局安全保障課長
1985:北米局北米第一課長
1989:在オーストラリア日本国大使館・公使
1994:在英国日本国大使館・特命全権公使
1998:外務報道官
2000:在パキスタン特命全権大使
2003:沖縄担当大使
2004・12月〜:在カナダ特命全権大使