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MAPLE 2005 2005年10月13日 第42号 掲載 |
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| 広域バンクーバー 『乗りつぶし』顛末記 |
トランスリンク社のバスに乗りまくって3ヵ月。
9月19日、ついに「完全乗車」を達成した筆者が、 旅の顛末とその舞台裏について語ります。
(文・写真 Kiyo Uzawa) |
ついに完全乗車達成。BCTVの取材後、ささやかな昼食会にて
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| オタク道のきっかけ |
「完全乗車」を達成してはや3週間。夏の熱病は身体からは抜けた感じだが、心はまだリハビリ中である。とにかく今年の夏は長かった。灼熱の太陽に顔を焼かれ、ときに空腹と渇きに耐え、バスマップの間違いに地団太を踏む。そうしてひと夏、僕はバスとともに生きた。
4月下旬に過激な試験期間が終わり、夏休みに突入。TV局でのインターンシップがスタートした。しかし特別な日々が待っていたわけではない。週4日の「お勤め」以外に別段することもなし。旅行に行くにも金がない。バンクーバーの脳天気な青い空のように、時間だけがむなしく過ぎていくのであった。
せっかくカナダにいるのだから、少しでも生産的なことを始めてみよう。学生用のバスパスである「Uパス」は夏の間も有効だから、これで広域バンクーバーをくまなく見聞してやろうじゃないか…。そう思いついて、2ドルのバスマップを買ったのが6月11日のこと。熱病が始まったのはまさにこの日である。広域バンクーバーの全バス路線を「乗りつぶす」旅がスタートしたのだ。
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8月18日、バスマップにない709「Maple Ridge East」をゲット。
ついに「メープルリッジ&ピットメドウズ」エリアが陥落
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| 赤い線で繋がれた因縁 |
ルールはそれほど難しくない。
(1)バスマップの路線(2005春版では赤い線)をすべて乗る。もちろん、西はボーエンアイランドから東はメープルリッジまで、すべての路線だ。
(2)マップ上に一本で書かれている部分は両方向(往路・復路)に乗る必要はない。しかし、他はすべてのループ、ジャンクション、限定便路線も含めて乗りつぶすこと。
(3)バスマップが間違えている、ないし正確でない場合は、正しく直した上で乗りつぶすこと。
(4)安全面を考慮し、ナイトバス(1〜4時ころ運行)は除外する。
(5) 原則として陽が出ている間に乗る。これは車窓を観察したり写真を撮るため。
このような「乗りつぶし」は、日本ではマニアックな旅のスタイルとして、主に若い鉄道ファンの間で人気がある。1978年に刊行されベストセラーとなった故・宮脇俊三先生の著作『時刻表2万キロ』が火付け役と言える。
実は東京で編集者をしていた頃、偶然にも先生のご自宅近くに住んでいたこともあって、何度か取材にご一緒させていただいた。他にも、「乗りつぶし」に関連して鉄道旅行の企画を多数作ったことがある。まさかバンクーバーで、それもバスで自分がそれをやるとは思わなかったけれど、浅からぬ因縁はあるのだ。カルマと言ってもいい。
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| ミッション
時間の日 |
旅の前半はあてずっぽう。始めのうちは、バスマップ片手にいざ「未開の地」へ出発! というノリであった。時刻表を持たず、ホームページで最終便を確認することもしなかった。無鉄砲である。記録を遡ると、インターンシップの8時間労働の後に5〜6時間のバス乗車は当たり前。ときには7時間もバスに揺られている。そして、週末は「上さん」と一緒にボーエンアイランドやホワイトロックなどに遠征していた。
未知の土地には発見や驚きがあるものだ。バスマップを見ながら「さぁ、今日はどのエリアを攻めようかな?」と考えるのはなかなか楽しかった。そして家に帰れば、その日に乗った路線を黒く塗りつぶしていく。多く塗りつぶした日はビールもうまい。
7月に入るとインターンシップを一旦中断し、本格的に乗りつぶしにかかる。もはや「職業的乗客」である。7月13日に僕は最長のミッションに挑んでいる。朝の5時過ぎにダウンタウンの自宅を出発、ラドナーとツワッセン地域をほぼ制覇して家にたどり着いたのが21時。何と16時間もの行程だった。しかもこの日、17時58分バウンダリーベイ発の601限定・最終便は時刻表より早く出発。唖然とする僕を国境の町に置き去りにしている。
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ボーエンアイランドのC11。週末は「隠し路線」が運行。
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| ノースバンの「隠しループ」 |
旅も後半に入ってくると、段々とパズル感覚が増してくる。残っている路線は難易度の高いルートだったり、謎のループだったりする。そのうち最も謎めいていたのがノースバンクーバーの「隠しループ」。ライオンズゲート・ブリッジ北方のジャンクション部分だ。バスマップ上では3ミリほどの長さしかないこのループは、いったい何だ?調べていくと、どうやら247をはじめとするダウンタウン行きの路線が、朝のラッシュ時に渋滞を避けるため、このバス専用線を使うのだ(地図を参照)。
そこで、早朝からノースバンクーバーに出撃しバスに乗ってみる。しかし、5、6回ほど試してみてもジャンクションは渋滞してくれず、バスがこの「隠しループ」を通ることもなかった。
諦めかけていたある日の夕方、ここより東の橋を渡っていたときに僕は気がついた。夕方にバンクーバー方面行きが渋滞しているのだ。理論上、ここは朝に渋滞してしかるべきなのに。これは何かある。急いで西に進路を変え、ライオンズゲート・ブリッジの手前から最後のトライに賭けた。すると…。
ジャンクション部分が大渋滞! バスはその渋滞を横目に一般車のループ部分を通り抜け、バス専用の「隠しループ」からショートカットして橋の上に乗ったのだった。
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ライオンズゲート・ブリッジ
北方にある「隠しループ」
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| 最後の難関「321大作戦」 |
9月になって学校が始まると、旅も最終局面である。しかしここで大難関が待ち構えていた。321スーパー限定便。これは日曜日の早朝、6時33分サレーセントラル駅発(往路)、6時55分ニューウエストミンスター駅発(復路)の一往復しかない。そしてスカイトレインは日曜日には7時50分まで運行を開始しないのだ。どうやってサレーまで行けというのか!向こうで泊まるか、早朝からタクシーか?しかしここは企画に命を捧げる覚悟で、早朝朝5時から自転車を漕いでサレーセントラル駅を目指すことにした。距離は約20キロといったところ。
9月11日、決行の日。ダウンタウンから暗闇の中を出発したが、道のりは地図上の計算とは異なってあまりに遠かった。アップダウンもきつい。だんだんと夜が明けてくる。大汗をかいてニューウエストミンスター駅に到着したのが6時36分。時間切れで復路にしか乗れなかった。しかし往路と復路でルートが若干異なるのだ…。
諦めきれずに橋(パトゥッロ・ブリッジ)を実況見分すると、何とこの橋は自転車では渡れないことが判明。時間があっても往路には乗れなかったことになる。考えあぐねたが、2日後の深夜(日付上は14日)、12
時44分発サレー発のナイトバスで往路の部分をクリア。若干ルール違反だが、これもいたしかたない。不完全をひとつ残すのが日本美のルールである、としておこう。
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スカイトレインの始発を待つ。 8月11日バラード駅構内にて
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最後の路線は 番のスタンレーパーク・ループ。緑がきれいなので、TV取材を勝手に予期してここを最後に残しておいたのである。その甲斐あってか、話を聞きつけたBCTVが「完全乗車」達成の模様を取材することになった(20日放送)。また、バンクーバー・サンにも取り上げられた(21日トップ面に掲載)。
レポーターにカメラマン、そしてクラスメートのジェニファーが見物に加わり、4人の大所帯で最後のバスに乗り込む。車内の視線をもろに受けてしまい、気恥ずかしくてならない。公園に入り、美しい花壇の脇を通るとなんだか死後に天国に行くような感覚で、ニタニタと笑いが出る。
終点の「東屋ループ」にバスが到着すると、延べ400時間にも及ぶ真夏の闘争も終結である。そのまま車内でインタビューに答えているうちに、回送車のままバスはループを回りきっていた。普通なら乗客は乗れない部分だから、トランスリンクから最後に小さなプレゼントをもらったようで嬉しかった。
「乗りつぶし」は一見、無意味な暇つぶしでしかない。しかしこの旅を通じて僕は広域バンクーバーのほとんどの地域に出没し、乗客や運転手らと話し、また車窓からカナダ社会を観察した。長い夏ならではの得がたい経験ができたと思う。そしてニュースを見たカナダ人たちの驚きの顔!ニッポン発の新しい旅のスタイルを彼らが知ってくれたなら、「企画屋」としては大変嬉しい。最後に、この旅を故・宮脇俊三先生に捧げる。
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夏の間しか走らないC26限定便「バンツェン・レイク」行き |
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| ◆プロフィール◆ |
Kiyo Uzawa
東京都出身。一橋大卒、筑波大博士課程満期退学。
JTB「旅」編集部、(株)イーブックジャパンを経てUBC大学院 School of Journalismに在学。
現在、「インターネット時代の自殺報道」について論文を執筆中。 |
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