MAPLE 2005

2005年7月28日 第31号 掲載
 
最高のエアで世界に挑む
若者たちのテイクオフ
 6月27日から7月10日にかけて、ウィスラーで全日本モーグルチームの合宿が行われた。選手陣はトリノ五輪出場の決まった上村愛子選手を含む7名の精鋭。モーグルとはノルウェー語で「コブ」を意味し、その名の通りコブのある24〜32度の急斜面を約250メートル滑り降りるターンテクニックと途中2回のエア(ジャンプ)の完成度、そしてタイムを競う競技だ。今回はトリノ五輪出場のほぼ決定した上野修選手と高野ヘッドコーチにお話を伺った。
 
 
フリースタイルスキーの歴史
 モーグルはフリースタイルスキーの中の種目の1つであり、フリースタイルスキーはノルディック、アルペンに次ぐ第三のスキーである。1960年代にアメリカで行われていたプロスキーヤーによるアトラクションとして観衆の目を楽しませていたデモンストレーションがルーツであると言われている。アメリカではベトナム戦争が泥沼化してヒッピーが登場し、こうした時代だからこそ、既成の枠にとらわれない、従来とは違う自分を表現する手段としてのフリースタイルスキー「ホットドッグ」(目立ちたがり屋、華麗なアクロバティックな技を見せるという俗語)が生まれたのである。

 1970年代に入って、カナダを中心に本格的な競技会が開催されたのをはじめ、1979年、FIS(国際スキー連盟)はフリースタイルスキーを正式種目として承認し、1986年にワールドカップが開催された。モーグルの他にはジャンプ台を使って3回転3回ひねりや3回転4回ひねりなどの高度な空中演技を行う「エアリアル」、音楽に合わせて流れるように雪上を舞い踊り、ステップやスピンなどの芸術的な要素と、フリップやジャンプのような力強いテクニックを組み合わせ、フィギュアスケートのような優雅な競技の「アクロ」(旧バレエ)などがある。モーグルは1988年のカルガリー五輪で公開種目となり、アルベールビルオリンピックでは正式種目として採用された。

 また、福島県猪苗代町が2009年開催のフリースタイル世界選手権大会の開催地としても決定している。現時点でFISで認定されている正式な種目は、モーグル(デュアルモーグル)、エアリアル、スキークロス、ハーフパイプの4種目だ。
フリースタイルスキーの魅力
 歴史的な背景から見てもモーグルは観客を楽しませるための競技、つまりいかにカッコ良く滑るか?に重点が置かれている。その精神は既成概念を取り払って自由に楽しむこと。競技では音楽が流れ、選手が音楽と調和した滑りを見せてくれる。モーグルは力と技だけのスポーツの次元からさらに一歩進んだ、「魅せるスポーツあるいは芸術的なスポーツ」と言えるだろう。また2人同時に滑って勝ち負けを決めて勝ち進んで勝者を決めるデュアルモーグルは、雪上の格闘技とも言われるほど、滑っている本人たちだけではなく観客をも熱くさせる種目である。

 競技は、ターン、エア、スピードの30点満点で争う採点競技。5人のジャッジが5点満点で採点する。ターンが15点と全体の50%を占める重要なポイントで、最低点と最高点を除外した3人の合計で計算する。フォールライン(自分の立っている所から下に向かう最短距離)を外さずに滑ることとターンの完成度。攻撃的であるか、安定性があるか、コブを常に捉えたカービングターンを行っているか、直線的に滑っているかなどが採点対象になる。エアは7.5点で、平均点で採点する。エアは2回行い、シングル技からダブル、トリプル、クォード、クイントなどのアップライト系(宙返りを行わない)や、最近では3D系と呼ばれる宙返り技など異なる組み合わせ、難易度で飛ばなければならない。タイムが同じく7.5点。競技前に選ばれた選手が滑り、そのタイムをペースセットタイムとして一定の算式に当てはめ、タイム点を計算する。
 
 選手によって様々な個性が表れるのもモーグルの魅力の1つだ。例えば初代金メダリスト、フランスのエドガー・グロスピロンはハイスピードでパワフルな滑りと豪快なエアで圧倒的な強さを見せ、数多くの人々を魅了した。1994年のリレハンメル五輪金メダリスト、カナダのジャン・リュック・ブラッサールはエドガーとは対照的に柔らかく膝を使った華麗なターンと柔軟な体を生かしたエアを得意とし、その滑りは人々に驚きと感動を与えモーグルは世界中で広く認識されるようになった。95年のW杯で28・80という史上最高得点を出し、世界チャンピオンのまま事故により25才の若さで夭逝したロシアの天才モーグラー、セルゲイ・シュプレツォフの滑りは超高速ターンとビッグエア、ミスの無い完璧な滑りで現在のモーグルテクニックの土台を築いたとも言える。

 1998年、長野五輪で里谷多英選手が金メダルを獲得したことで日本でもモーグルが大きく注目されるようになり、近年は上村愛子選手や附田雄剛選手がワールドカップや世界選手権大会で表彰台に上がるなど、日本人選手の大活躍が続いている。
最近のモーグル事情
 1998年の長野五輪で、アメリカのジョニー・モズレーによるアイアンクロスグラブヘリというエアが脚光を浴び、これまでの型にはまったアップライト系の技に革命を起こした。911同時多発テロ直後のソルトレーク五輪でも、二大会連続となるメダルを逃すリスクを冒しても敢えてディナーロールという3D系と呼ばれるエアを披露することにより、争いごとや勝ち負けがいかに愚かなことなのかを母国アメリカから全世界にアピールし、改めて原点であるフリースタイル精神を世に問うたのである。そしてこれまで規則で禁止されていた宙返りが2003年からいよいよ解禁となり、1960年代からの潮流が改めて大きく姿を現したのである。

 モーグルは、感覚と知力と思想と環境と歴史と・・・すなわちその人のすべてが織り込まれる統合的な自己表現である。今後も時代にもまれ、国境を越えてモーグルは進化し続けていくものの、相反すると思われる茶道の「和敬清寂」に通ずるフリースタイル精神は決して変わることはないであろう。

 3Dエアとは、タテ回転でもなくヨコ回転でもないその両方の要素を持つことから3ディメンション=3と呼ばれる技。体の回転数により360(1回転)、720(2回転)、 1080(3回転)となる。

 今回お話を伺った上野選手に関しては、3Dプラス720(2回転)という世界最高難度を所有している。これは現在のワールドカップ参加選手の中では最高位に当たり、ターンの技術およびスピードにおいても上野選手は世界トップクラスとなる。
日本チーム、ウィスラーでの合宿
ーウィスラーを選んだのは何故ですか?また、何回目ですか?

高野コーチ 
このチームになってからは3回目です。以前も含めると6回ほどになります。この時期ウォータージャンプ(プールに設置されたジャンプ台からスキーを履いてエアを行う夏季トレーニング)も飛べて雪の上も滑れるのはウィスラーだけ。そういう意味では最高のトレーニング環境だと思います。

ーウィスラーの良いところはどこだと感じましたか?

上野選手 
午前中はウォータージャンプを飛んで午後スキーが出来るところなどです。山上は雪ですが、降りて来ると夏の雰囲気で気分がリフレッシュ出来ます。ウォータージャンプは雪上との違いが大きいので意識を変えやすいのですが、今回は雪上だけなので難しい。しかし、それでもいい方向へ向かっていると思います。

ー今回は何名の選手で合宿が行われているのですか?

高野コーチ 
選手が7名、コーチ・スタッフ4名の合計11名です。その中にトリノ出場の内定した上村愛子、出場がほぼ確定の上野修がいます。

ーどのようなトレーニングプログラムになっていますか?

高野コーチ 
とにかくジャンプ、ジャンプです。オリンピックでやるジャンプ、猪苗代のウォータージャンプで練習したジャンプをここでやる。

ー合宿所での生活はどのような感じですか?

上野選手 
宿泊施設はとても良いところで、文句無し!よりよい身体作りのために自分たちで食事を作っているのですが、うまく作れていると思います。トレーニングはジャンプに集中しているのでフィジカル的なことの比重を減らすようにしていますが、ジムでのトレーニングも欠かさずしています。

ー今回の合宿の目標はどういったものですか?

高野コーチ 
今回は徹底的にジャンプを強化することが目標なので、まずジャンプの精度を高めること、そして新しいジャンプをやることです。ここでできないということはオリンピックでもできないということ。オリンピックでやることをここでできるようにするのが最大の目標です。

ー今の選手の状態はどうですか?

高野コーチ 
いいと思います。多少の怪我や痛い所もあり、できる日もありできない日もありますが、選手それぞれの課題は間違いなくクリアしていますし、ここへ来ただけの成果は上がっています。
上野選手とモーグル
 今年の2月5日、猪苗代で開催されたモーグルW杯で3位を獲得し日本チームとして2年ぶり、男子としては3年ぶりに表彰台に登った上野修選手ですが、そんな上野選手にとってのモーグルとは。

ー初めてモーグルをしたときのことは覚えていますか?

単純に楽しかったです。本当に楽しくてしょうがなくて、昼食も食べずに一日中やっていた記憶があります(笑) それで、モーグルを続けようと思いました。

ーモーグルに関わるようになってからどのくらいの年月が経ちますか?
今年で9年目になります。

ーどのような思いを込めるのですか?

カッコ良く滑って、観て下さる人に感動を与える!ということです。

ーターンに対する思いをお聞かせください。
ターンは大好きで、それぞれのコブに応じて自分が今できる最高のターンを選んでいます。そういう意味では(ジャッジの)評価というよりも自分の考える理想の滑りを追求しているという感じです。

ーエア(ジャンプ)への思いは。

客観的なエア・ポイントの評価と自分が観客に見せたい技と、半々ですね。正直言って試合の時にはジャッジに対する意識はあります。

ー目標とする具体的なタイムはありますか。

スピードには自信がありますので、もう1段、2段早いスピードでエアも飛べて・・・という方向で考えています。余裕の持てるスピードで滑ったとしても周りと同じくらいである、最低でもそのくらいのレベルで滑りたいと思います。
トリノ五輪へ向けて
ートリノ五輪の参加選手決定の手順と予測についてお聞かせください。

高野コーチ 
フリースタイルでは前回のソルトレークと同じ9人という枠が決まっており、その中でエアリアルとモーグルの分け合いになります。年内のワールドカップの予選を含めた成績、それからここまでの選手それぞれの成績から総合的に判断します。

ーこの冬に選手の選考があると聞きましたが?


高野コーチ 
候補の選手はもう決まっており、ここに来ている選手は全員オリンピック強化選手です。それから今回の合宿には参加していませんが附田雄剛選手が加わり、この中から間違いなく出場選手が選ばれます。

ー上村愛子選手は出場が内定しましたが、ご家族や周りからの反応は?


高野コーチ 
決まったのが公になったことで本人も安心しています。具体的にオリンピックという目標に向けて周りの人が応援できる、またそのための準備が今からできるということは有利ですし、力を貸してくれる人がより多くなります。

ーオリンピックが近くなり、周囲が騒がしくなってきていると思いますが、惑わされることやプレッシャーなどは?

上野選手 
TVカメラや雑誌の取材が来て、慣れないので戸惑うことはありますがオリンピックでメダルを取るという目標があり、自分で楽しんでやっていることですのであまりプレッシャーは感じていません。

ー本番コースの印象は。

高野コーチ 
急でもなく平らでもない、難しくも簡単でもない普通の感じです。あまり特徴のないコースなので、ジャンプを飛んでミスをしなかった選手の勝ちといったところでしょうね。

ー当日のスタート時間までの具体的な準備は。

高野コーチ 
決勝が6時半からのナイターなので、ピークを午後から夜に持っていくことです。

ートリノへの抱負は。

高野コーチ 
やることは全てやってオリンピックにたどり着き、とにかく選手たちが悔いを残さずトリノのスタートに立つことです。そのためには、絶対に怪我をして欲しくない。

上野選手 
目標はもちろん金メダル。失敗せず結果を出すことが自分にとっての「悔いのない滑り」ですので、自分の持っている力を全て出し、ベストの滑りをすることです。たとえ失敗したとしても胸を張って帰れるくらいのことをしておけば、メダルは取れると思います。

ー上野選手に伺いますが、本番コースを滑っている自分を想像できますか?

上野選手 
(目を閉じて)はい。最高の滑りをしています。皆さんの応援が大きな力になり、自分自身の力を最大限に発揮できています。

 トリノでは上野修選手は世界最高難度のD-spin720、上村愛子選手は女性最高難度といわれるCork Screw720という3Dエアを予定している(各図参照)。世界の舞台で、両選手を始めとする日本選手陣がどんな華麗な技を見せてくれるのか。来年2月、表彰台の上の笑顔が見れるに違いないと信じている。
高野弥寸志 たかのやすし 上野修 うえのおさむ 
 1962年3月2日、長野県生まれ。リステル猪苗代。'98年より全日本スキー連盟フリースタイルヘッドコーチ、'05年度日本オリンピック協会強化コーチングスタッフを勤める。  1983年6月22日、長野県生まれ。飯山北高校を経てリステル猪苗代へ。チームリステル所属。'03年1月から日本代表としてW杯に出場し各地を転戦、'04/'05シーズンで3季目。今年2月5日、W杯猪苗代大会シングルモーグルで3位に。翌日のデュアルモーグルでも6位。
 
上野修選手が所有する世界最高難度の
D-Spin720
上村愛子選手が所有する女性最高難度の
Corkscrew720
(監修 上遠野和彦 森徹に捧ぐ)
(取材 菊池友理)(写真提供 千安英彦)