MAPLE 2005
2005年2月24日 第9号 掲載
カナダ大平原の冬。バッファローの民を訪ねる旅
ロッキー山脈の東、カナダの中央部にはどこまでも地平線が続く、大平原地帯が広がっている。北極から吹いてくる風を止める山はどこにもない。だから冬になると大地を這うようにして冷たい風が吹き荒れる。しかし、巨大な太陽が地平線から昇ると、見たこともないような深い青の空が広がるのも冬ならでは。厳しいカナダの自然に正面から向き合うなら、あえてこの時期を選んで旅してみるのも良い思い出になるだろう。
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●大地の王者バッファロー
現在アルバータ州と呼ばれている一帯に人間の歴史が刻まれ始めたのは、およそ1万年前と考えられている。ブラックフットやナコダ、クリー族などのファースト・ネーション(先住民)の人々は、バッファローの狩猟を中心に暮らしていた。主食はバッファローの肉。毛皮や革はティーピーと呼ばれるテントや衣料、様々な道具に加工された。骨や爪などまで、ほとんど捨てるところがないほど工夫をこらして使われていたという。もちろん祭祀の道具もバッファローから作られた。
バッファローの群を追う暮らしは厳しい自然環境との戦いだった。しかし、神々は十分にバッファローを与えてくれたので、人々は争いも少なく平和に暮らしていたという。その生活に劇的な変化をもたらしたのは、17世紀末から始まったヨーロッパ人との出会いだ。スペイン人の残した馬、そして英国やフランス系の人々が持ち込んだ銃が、ファースト・ネーションの人々の狩猟方法を根本から変えてしまった。際限の無い乱獲、銃や交易の利権を求めての部族間争いが始まったのだ。
1830年代には4000万頭以上いたと推定されるバッファローは50年もたたないうちに、ほぼ全滅しかけた。バッファローの消滅は、大平原に住むファースト・ネーションの人々の生活文化の破壊に他ならなかった。
ヘッド・スマッシュド・イン・バッファロー・ジャンプ
19世紀末には絶滅の危機にさらされたバッファローだが、カナダ政府とファースト・ネーションの人々の努力で、現在は絶滅の心配はなくなった。同じように、ファースト・ネーションの人々の文化や暮らしの伝統も大切に守られ、独自の発展を続けている。最近は、大自然と調和して生きる先住民の知恵に学び、さまざまな癒しを体験しようとする人々も増えている。
そうした人々がまず訪れるのがヘッド・スマッシュド・イン・バッファロー・ジャンプだ。ここは6000年以上前から、ファースト・ネーションの人々が狩猟に使っていた場所。
バッファローの群を追い込み、崖から墜落させて狩るという独特の方法だった。ここでは2000年近く前に作られたと思われる鏃(やじり)など、貴重な考古学的資料がたくさん見つかっており、ユネスコの世界遺産にも指定されている。
この崖を利用して、大平原地帯に生きるファースト・ネーションの人々の歴史や文化を伝える博物館も作られている。この博物館の特徴は、「過去の歴史」を展示するだけではなく、現在のファースト・ネーションの人々の文化を育成する場でもあるということだろう。日によっては、ダンスや音楽の演奏、工芸作品の製作実演などを見ることができるが、これはけして「見世物」ではなく、演じる人々が自分たちの暮らしの一部として楽しみ、技を磨いているところに「立ち会う」という雰囲気だ。
博物館で基礎知識を得てから、崖を見渡す展望台から周辺を眺めたり、崖下の遊歩道を散策したりすれば、ファースト・ネーションの人々にとって、ここが今でも「聖なる場所」であることを肌で感じるだろう。「不思議なパワーが体に満ちてくる」という人も多い。
宇宙からのメッセンジャー マニトー・ストーン
大平原地帯のファースト・ネーションの人々の歴史や文化に触れてみたいなら、ぜひ訪れたいのが、カルガリーにあるグレンボウ博物館とエドモントンにあるアルバータ州立博物館だ。
グレンボウ博物館には、大平原地帯に住む各部族の代表者が集まり、自分たちで企画している展示エリアがある。考古学的資料から優れた工芸品、現代のライフスタイルまで、独自の視点から分かりやすく説明されている。特に、野草やハーブなど「癒しの伝統」に興味のある人には興味深いコーナーもある。
一方、州立博物館の方はより学術的な立場からの展示。ここで見落とせないのは「マニトー・ストーン」と呼ばれる不思議な石だ。まるで人間の脳のような形で表面の光沢も神秘的。アルバータ州中央部からサスカチュワン州にかけての地域に住むファースト・ネーションの人々にとっては、この石は「偉大なマニトー神が平和を守る石として授けてくれたもの」だった。1866年にメソジスト教会の牧師がこの石をアイロン・クリークの丘から掘り出してビクトリアへ持って行ってしまったとき、部族の長老たちは「飢饉や争い、病気などが蔓延するだろう」と終末的予言をしたという。不幸なことにその予言は当たり、ヨーロッパ人が持ち込んだ伝染病で多くの人々が死に、部族間の戦争も起こってしまった。
実はこの石は宇宙から飛んできた隕石だ。展示を見る人々は必ずと言ってよいほど、この石の前で足を止める。まるで宇宙からのパワーに引き付けられるかのようだ。博物館ではなく、もとの丘に返されたら、もっと強力な「平和のパワー」を発揮するのかもしれない。
冬の旅は安全運転最優先で
さて、大平原の旅は車なしではほとんど難しい。真冬でも幹線道路はこまめに除雪が行われるが、急に吹雪になったりするので無理は禁物だ。運転に自信がないなら、グレイハウンドのバスを利用したり、VIA鉄道の車窓から冬の大平原を見渡すのもおすすめ。本当の自分と出会う忘れられない旅になる可能性も大きい。
(取材・文 宮田麻未/写真 神尾明朗)