SPECIAL 2004
2004年10月 40号 掲載
廣末さん |
― ノミネートおめでとうございます。上映、満席でしたね。高橋監督も劇中に出ていたそうですね。
高橋 「ええ、彼(廣末)といっしょにこう、手をかざしていました(笑)。でも役者はあくまでもメインでなく、脚本がメインなんです、僕は」
― 主人公はパニック障害を患っていますが、ご自身もパニック障害をお持ちだとか。
高橋 「そうなんです。僕の場合は軽症で、詳しくはネットなどで調べました」
― 廣末さんの監督作品『さよなら さようなら』は、ネット上の匿名の世界という、身近でなおかつ近年社会問題にもなっている題材ですが、廣末さんご自身もネットやチャットをされるんですか。
廣末「いえ、僕はまったくやらないです。あのストーリーを考えたのは高橋さんなんです」
高橋「脚本は僕が書きました」
― 新興宗教、パニック障害、ネット問題など題材的には共通項がありますが、おふたりの作品テイストは違いますか。
高・廣「ぜんぜん違います(笑)」
高橋「根本は一緒なんですが、カットのバランスとかぜんぜん違いますね」
― 『さよなら〜』の方は非常に暗いテーマでもありますが。
廣末 「けど何か爽快感みたいなものがあるのではないかと思います。人の熱、みたいなのが全編うねっているような感じなので、何かしら動かされるものがあるかなと思います」
― この映画にも高橋監督は出演なさっているそうですね。
高橋 「はい。3年前の集団自殺で死んだ妹の兄で、ヨハネ役の廣末君をずっと見張ってるという役柄です」
― 監督(廣末)が主演(ヨハネ)なんですね。やりにくくないんですか。
廣末 「ぜんぜん(笑)。高橋さんがカメラの前にいるので、おかしいかなって思ったら『どうだった?』って聞いて。顔を見て『あ、ダメだったんだ』って(笑)」
― ほんとうに二人三脚なんですね。お互いの作品はすべて関わりあっていると。
高・廣 「そうです」
― 今までお互い何本ずつくらい作られたんですか。
廣末 「2本ずつかな、長いのは」
高橋 「今回のを入れて3本ですね」
― 『ある朝〜』の製作期間は。
高橋 「2ヵ月弱ですけど、週末しかやらないので実質的には8日間とか。桜のシーンだけは春を待って撮りましたけど」
― 何人くらいのスタッフで制作するものなんですか。
高橋 「役者を入れて多いときで5人くらいですね」
― 構想はいつ頃立てられたのですか。
高橋 「2003年の10月にはだいたい固まっていたんですが、そのときはまだ男女の役が逆だったんです。女性がパニック障害で宗教にはまっていって、男性が助けるという。でも腕力的に強い男性が女性を上から抑えるというのは、男性的すぎるかなと。それで女性が引き止める形にしたんですけど。それが11月くらいですね」
― 女性がダメな男に対し固執して母性で救おうとするあたり、女性としては何だか身に覚えがあるなあって感じです(笑)。ご経験あったんですか。
高橋 「いえいえ、ないです(笑)」
― 映画を撮るようになったきっかけは。
高橋 「脚本はずっと書いてたんですけど、だんだん自分でも撮ってみたいなって思うようになって。その頃にたまたま廣末君と出会って、やりたいことも一緒だったので、じゃあ一緒にやろうかと」
― どんな出会いだったんですか。
廣末 「雑誌に『自主映画を一緒に作りませんか』『友達になりませんか』っていう広告があって。映画雑誌とかじゃなくて、情報誌かなんかだったと思います。そういうの僕見たことなかったんですけど、たまたま見て。興味あるし、やってみようかなあと。お互いが違う町で違う雑誌を開いて、その広告を見て、集合場所に行ったら彼がいた」
― じゃあ廣末さんはそれまでは映画には何も関わっていなかった。
廣末 「芝居をやってました、舞台を」
― それでしっかりなさった演技なんですね。高橋監督の演技もお上手でしたが。
高橋 「僕の場合は演技じゃないんです。素で出てる(笑)」
― ふたりで組むようになってどれくらいになりますか。
高・廣 「もう4年くらいですね」
― 今回はすごく身近に見聞きする題材でしたが、今までどのような作品を作ってこられたのですか。
高橋 「日常の中で何かに囚われている人とか、何かに囚われていてそれが気掛かりじゃない人とか。人間の距離感とか。そういったものをやっています」
― 影響を受けた映画や監督は。
高橋 「シーンとしてこうしたいな、というのはありますが、特にこの監督から、というのはないです。どちらかというと小説が好きで。太宰治とか。人間のコンプレックスをさらけ出すような感じとか、画面に影響してますね」
廣末 「生きてて見るもの、衝撃を受けるものが力になっている感じで、特にはこの映画とは言えないところがあります」
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上映後の本紙インタビューで。高橋さん |
― 昔から映画や演劇はお好きだったんですか。
高橋 「中学校の頃とかはジャッキー・チェンばっかり観てましたね。香港映画が世界で1番おもしろい映画だと思ってたんで(笑)」
― ぜんぜん違いますね、現在の作風と(笑)。
高橋「違いますねえ(笑)。小説を読み始めてからですね、考え方が変わってきたのは」
― 廣末さんは元々演劇に興味があったんですか。
廣末 「10代の頃に全国をブラブラしてたことがあるんですけど、そのときにある旅公演一座の演劇を観て、ああ僕もできるなあって思って」
― 今後はどのような作品を作っていきたいですか。
高橋 「たぶん、変わんないと思います。人間の熱みたいなものとか、葛藤とか、痛みとか。そういうものを含んでいない人間を描く気はないので」
― 何かバンクーバーの日本人へのメッセージはありますか。
高橋 「僕たちがグランプリ・準グランプリをとったぴあフィルムフェスティバル(PFF)は、インディーズを育てることを目的とした大きなコンペで、海外からも応募できます。ぜひ挑戦してみてください。DV(デジタルビデオカメラ)で誰でも作れますから」
まだ緊張が隠せない、非常に礼儀正しい青年という印象のおふたり。それとは対照的に、映画を語るときの彼らは何かポリシー的な信念を持っていて芸術家を感じさせられた。言葉少なの彼らだが、作品を観る限り、表現者としてのビジョンはとめどないようだ。
(注:記事は受賞前々日、9月30日にホテルジョージアVIFFオフィスで取材したときのもの)