SPECIAL 2004
2004年9月 36号 掲載
対談中の富田岩芳氏(左)と山縣洋三氏 |
監査法人界の重鎮として知られる、デロイト・トウシュ・トーマツ(現日本はトーマツ)の創始者で同元最高顧問の富田岩芳氏が1年ぶりにバンクーバー入りをした。今年80歳とは思えぬ澱みない語り口は現役を凌ぐ切れ味。
年間250日は海外訪問、各滞在先では何冊も本を読み、毎朝英字新聞数紙に目を通す。移動はいつも介添えなしの一人旅だという。そのスケールの大きさと強靭な精神力で日本経済界を主導した軌跡を、元丸紅バンクーバー支店長でデロイト・トウシュLLP特別顧問の山縣洋三氏が問う。
山縣 10ヵ国以上に亘る長旅、お疲れ様でした。今年80 歳とは思えないほどお元気ですが、その秘訣は。
富田 毎日忙しいことかな。のんびりしている時間はほとんどない。それと仕事が順調に伸びているので。現段階では完全にトーマツが単独ウィナー。なぜか。うちは国際的なサービスができるから、海外投資する日系の会社の大半はうちの顧客。投資が増加しているので仕事はどんどん増える。だから日々エキサイティング(笑)。
山縣 よく勉強をなさる。本も読まれるし、ご自分でも書かれる。旅行先でも毎朝何紙も英字新聞に目を通し、重要な部分を切り抜いて駐在員に渡したり。
正に動く司令塔ですが、そのお仕事である監査法人についてご説明願います。
富田 証券取引法と公認会計士法は、戦後マッカーサーの占領行政のひとつとして48 年にできた制度です。その後商法が変わり、資本金5億円、借入金200億以上の会社は公認会計士の監査が必須となった。
そういった監査をするためにはプロの公認会計士が必要となり、大蔵省(現金融庁)が難しい公認会計士試験を作ったが、顧客の経理部長に「これを何とか認めなさい」と言われるとあまり抵抗せず承認する習慣ができ、結果
65年に山一證券や山陽特殊鋼とかの大型な倒産が起きた。それで「個人の会計事務所じゃダメだから法人にしよう」と。
で、大蔵省の行政指導で上場会社はなるべく監査法人が監査をするということになり、現在は4大監査法人(*1)に2〜3千ある上場会社の監査が集中しています。
山縣 特に近年、不良債権問題が非常に多く、監査法人の仕事が世間の注目を浴びています。
富田 終戦後から今まで、銀行が経済再建の中心となり重要産業に融資していたから、大企業の倒産はないと思っていた。会社が倒産寸前になっても追貸して経営者を入れ替えて。大蔵省が銀行を潰すということは考えられないし。日銀を特例で助けたでしょ。だからそれができると思っていたのに銀行自体も潰れちゃった。
山一證券、長銀、日債銀とか。それだけ世の中が変わってきたんだね。
それを会計士は予測すべきなのに「潰れるはずはない」と適正意見を出す。適正じゃないから倒産して訴訟になる。
そこで現在金融庁が大銀行に巨額の資金を注入してサポートしている。当然不良債権をレポートしろというわけだけど、銀行と金融庁の見積もりが相当違う。で、やり直してくれというのが去年のリソナ銀行。トーマツの意見に基づいて資金を2兆円注入した。今は東京三菱を除く銀行が金融庁から直接監督を受けている状態です。
山縣 監査制度には会計基準というのがあり、その制度が非常に厳しいのが米国ですが、トーマツの強みはどういう点でしょうか。
富田 東京三菱銀行、三井物産、トヨタ、ホンダ、ソニーなどは米国の証券取引所にSEC基準(*2)に従って上場していますが、日本の条件とはだいぶ違う。だからトーマツでは最初から米国基準を中心にやる。前出の企業にも米国基準で財務諸表(*3)や監査をお手伝いしています。金融庁も承知。国際基準ですから。
記者 米国基準が国際基準ということですか。
富田 そうです。いい悪いではなく、お金の量の違い。米国は桁違いに(市場が)大きい。
山縣 米国で資金調達(上場)しようと思ったら、米国基準を要求される。その手法を用いた財務諸表が作成できるかできないかで、監査法人の質が問われます。
富田 トーマツの場合、会計士を社内で訓練し直す。日本の監査法人は会計士試験を通った連中を採用するけど、米国基準は教えてない。
山縣 外資が日本で株や会社を買う場合も米国基準で、という要求が出る。時代の方向性ですね。 30%くらいの外資が日本に入ってきていますから。
富田 倒産した長銀は新生銀行という名称になって米国リップルウッドのファンドが入っていて、トーマツはそれも米国基準で株主に報告している。同じく日債銀は今あおぞら銀行で、株主は米国だから当然米国基準。日産はルノーが
46%の株主になって、すでに他社が日本基準でやったのをトーマツがやり直した。やはり外資が入ってくると米国基準で、となる。
記者 そうなると、トーマツ以外では扱えないと。
富田 残念ながらそうです。
山縣 日本の商社・銀行のかなりの会社がトーマツの顧客なのでは。
富田 商社・銀行は世界規模でネットワークを持っているので「(トーマツの)駐在員を出して欲しい」との要望があり、70 年頃から世界中に派遣しています。世界中の支店・子会社・親会社を単一の財務諸表に統合した連結財務諸表(*4)を作り、それをNY
へ上場して SECに報告する。東京三菱は全てうちで担当した。商社は4社がうちでやっていて、物産は米国へ、三菱商事はロンドンへ上場。伊藤忠と住友は米国基準を作成して上場準備中。トーマツが担当してないのは丸紅と双日だけ。
山縣 申し訳ありません(笑)。でも丸紅は世界中に関連会社がたくさんありますから、そちらはずいぶん顧客になっていますよ。
ところで富田さんは海軍経理学校を卒業後、経理学校の教官もされたとか。
富田 43 年9月に卒業、連合艦隊勤務を経て転勤、護衛艦の主計長をしていたけど翌年10 月にはもう連合艦隊全滅で乗る船がない。あとはもう本土決戦ということで、水上特攻や人間魚雷の基地に配置されて。海軍経理学校は東京から神戸の垂水へ疎開し、そこで教官を務めた。同級ではふたりが教官になりましたね。
山縣 非常に優秀な卒業生でないと教官にはなれないんですよ。
富田 後輩の養成ですね。連合艦隊が全滅したあとに養成してもしようがないんだけど(笑)。その頃海軍兵学校に入った人は、日立の会長金井務さん、新日鉄会長今井敬さんとか。彼らは米軍が上陸してきた際に備えて、海岸で迎え撃つ陸戦隊のような訓練を受けていた。
山縣 今でも海軍時代の方々とお会いになりますか。
富田 みんな引退して暇になったからよく集まります(笑)。
山縣 富田さんの頑健な肉体、不撓不屈の精神はやはり海軍時代が影響していますか。
富田 大いにあるね。毎朝6時からボート漕ぎや駆け足の運動。7時に朝食。8時から勉強。昼食後はまた運動。それを3年間(笑)。それに士官と兵隊は違うというプライドがある。兵隊の模範になる立ち居振る舞い、教養がなければいかん。
山縣 日本の公認会計士試験は合格率が 10%未満と非常に難しく、10 年かかっても受からない人もいると聞いています。米国は比較的試験がやさしく、50
は合格するとか。だから日本は絶対数が足りないと。
富田 金融庁が試験を管轄していますが、もう少し受かるようにしてくれよ、という感じです(笑)。
山縣 公認会計士になられた後、いくつかの会社創業に参加、その間フルブライト(*5)の試験も受けられた。
富田 フルブライトの試験があるから受けてみないかという話があって、じゃ、受けてみようかと。
山縣 それで受けたら通った。これも難しい試験なんですよ。海軍経理学校も東京府立六中(現新宿高校)4年のときに受かっていますね。
記者 4年生からの合格は初めてだったそうですね。
山縣 そう。そしてフルブライトも受けたら受かって米国留学、ペンシルバニア大学ウォートン校というハーバードと肩を並べる名門ビジネス校を卒業された。そういった経緯を経て、その後監査法人を創設された。
現在トーマツの役員・従業員数はどれくらいですか。
富田 コンサルティンググループを含めると6千人、全世界のデロイト・トウシュグループでは13 万人ですね。
山縣 大変大規模な組織ですが。
富田 時代の要請もあるね。他の監査法人との違いは国際性を付けさせるための教育。海外駐在へ数年出す。国内でも米国基準を教える。反対意見もあったけど、半ば強行。コンセンサスでやってたらできない。
山縣 何十年も前にそれを始めたというのはすごいことです。
富田 62 年に日本の代表的な企業の資金調達を ADR(*6)を出して米国でやろうということになったが、それには米国基準で連結財務諸表を作らなきゃいかん。で、米国の会計士が来日して教えた。監査をやったのがビッグ8(*7)のプライス・ウォーターハウス、ピート・マーウィック、デロイト・ハスキンズの3社。
その後大蔵省から「外国の会計士に任せっきりにしないで日本の監査法人がそれをやらないか」と、いわばミッションを与えられて。私はNY のアーサー・ヤングで実務を積んでるから。それで始めたわけです。
山縣 その当時米国のMBA (経営学修士)を取って日本へ帰国したひとは他にいたのですか。
富田 いなかったね、ひとりも(笑)。ファイナンスやるひとは大勢いたけど。私も別に会計やろうとは思わなかったけど、留学の助言をする教授から「せっかく日本の公認会計士の資格があるんだから会計学専攻でやってくれ」と頼まれて。
山縣 富田氏はトーマツ以外にも油科学工業という絶縁油の会社や、日本瓦斯化学工業(現三菱ガス科学)というメタノール合成の化学会社を創設された。これも海軍関連ですか。
富田 戦時中、石油がないので海軍燃料廠が人造石油としてメタノールを作り上げた。今でも(その会社が)サウジとベネズエラで世界のメタノールの6割くらいを供給しています。
山縣 そんな大きな会社を創られたという企業家の顔もある。
富田 雇われたことはないね。新規に創り上げたのばっかりで。サラリーはもらうけどサラリーマン根性はない(笑)。
山縣 最後に世界を回られ、日本を外から見た印象を。
富田 日本は経済大国だから、一番国際性がないと。海外投資するばかりでなく。日本のビジネスマンは内向きでなかなかインターナショナルにならない。それを何とかしなきゃいかん。まあ若い人に期待するしかないね。古い人はもう教育できないから(笑)。
山縣 今後もまだまだお忙しいと思いますが、どうぞお元気で。
(対談中の注釈)
*1 : 4大監査法人
トーマツ(デロイト・トウシュ・トーマツ)、新日本(アーンスト&ヤング)、中央青山(プライス・ウォーターハウス・クーパーズ)、あずさ(KPMG )
*2 : SEC
Securities and Exchange Commission 米国証券取引委員会。日本では現在金融庁の所管。
*3 : 財務諸表
貸借対照表(B /S )、損益計算書(P /L )、キャッシュフロー計算書( C/F )のこと。
B/S は企業の財務状態を表したもの。C/F は現金の動向のみを対象とした計算書。
*4 : 連結財務諸表
企業集団を一つの組織とみなし、親会社がその企業集団の財政状態や経営成績を報告するもの。
*5 : フルブライト
米国上院議員フルブライトが戦後設立した奨学金。同窓生は「フルブライター」と呼ばれ、日本の中枢的分野で活躍する。かつて日本で唯一の公募による米国留学であった。
*6 : ADR(預託証券)
American Depositary Receipts 米国で外国株を流通させる制度で、言語・システムの違いを調整し、円滑に取引が行われるようにした有価証券。
*7 : ビッグ8
フォーチュン誌が報じた米国8大会計事務所。富田氏が勤めたアーサー・ヤングもこのひとつ。現在は合併統合が進み、ビッグ4(*1参照)となっている
(取材 藍智子)
(両氏経歴など)
富田 岩芳
とみた いわお
‘24年、神奈川県生まれ。43年、海軍経理学校卒。43〜45年、戦艦伊勢庶務主任、海防艦屋代主計長、海軍経理学校教官、海軍主計大尉など歴任。47年、油科学工業(現ユカ・インダストリーズ)創業参加。50年、公認会計士資格取得(登録番号292)。
51年、日本瓦斯化学工業(現三菱ガス化学)創業に参加。58年、フルブライト奨学生として米国ペンシルバニア大学ウォートン校へ留学。63年同校にてMBA取得。63年、アーサー・ヤング東京事務所設立。68年、等松・青木監査法人創立。74〜81年、同包括代表社員。74年、トウシュ・ロス・インターナショナル日本代表。89〜00年、デロイト・トウシュ・トーマツ最高顧問。三女の父で孫が8人、趣味は読書と書き物。
山縣 洋三
やまがた ようぞう
ヤマガタ・コンサルティング社代表、デロイト&トウシュ社特別顧問。
‘34年、中国上海市生まれ。東京大学法学部卒。58年、丸紅入社。60〜62年、米国留学、ペンシルバニア大ウォートン校にてMBA取得。78年、丸紅ドイツ副社長としてデュッセルドルフ駐在。86年、丸紅カナダ・バンクーバー支店長。
86〜88年、懇話会会長、バンクーバー日本人補習校運営委員長。92年、バンクーバーにてヤマガタ・コンサルティング社設立。94〜01年、企友会会長、ICAS理事。現在、企友会、懇話会、日加協会各会員、日本カナダ商工会理事など。UBC・SFUで講師経験有り。妻と二女。趣味はゴルフ、映画、読書。バンクーバー在住。